大会が近付いてくると、部内の雰囲気が自然とぴりぴりと張りつめたものになってくる。
 引退するかもしれないというプレッシャーを抱えた3年生の練習には熱が入り、指示を飛ばす顧問の声は怒鳴り声に近いものが多くなる。たいていの1年生は、この雰囲気に気圧されて真面目に練習するようになる。
 今日のメニューは一段と厳しいものだった。全身の筋肉が疲労のために悲鳴を上げている。

 ダウンを終えた亜紀は更衣室に入ると、汗を拭い、携帯を開いた。すると、淳平から"観客席!"とだけ書かれたメールが入っていた。

 …観客席に来いってこと?
 亜紀は急いで着替えを済ませて更衣室の外に出ると、ばったり麻美と出くわした。

「あ、お疲れ、亜紀ちゃん。もう帰るの?」
「うん。ちょっと行かなきゃなんないとこあって。先帰ってて」
「了解ー。お疲れ」
「お疲れ」
 亜紀が走って更衣室を出て行くのを、麻美が笑顔で見送った。

******

 観客席は競技場を上から見下ろせるようにスタンド状になっている。亜紀が観客席に続く階段を駆け上がると、そこには誰も居なかった。

――人を呼んでおいて、先に帰ったのか?

 なんて奴だ、と思いながら亜紀はふてくされてスタンドの真ん中あたりに位置する観客席に座り込んだ。
 部活後で疲れているのに、走ってきた意味がないじゃないか。その場に淳平の姿が見当たらないことで、亜紀はどっと疲労に襲われた。

「おーい、何諦めてんだよ」
 亜紀ががっくりとうなだれていると、上から声が降ってきた。その声の持ち主は見なくても分かる。亜紀がそれに返事をせずにいると、淳平がするりと手すりを滑って地面に着地した。横目でそれを見ていた亜紀は、子どものようだとぼんやり思った。

「ねえ、亜紀って彼氏居る?」
「何それ喧嘩売ってんの?三べんくらい死んどけば?」
「ひっど、そこまで言う?俺ガラスのハートだからすっげー傷つくんだけど」
「そんな脆いハート粉々に砕いてやるわ」
「おうおう、言いますねえ」
 まさかこんな話をする為にわざわざ呼び出したわけではないだろう。しかし、隣でへらへらと笑う淳平はいつも通り(ムカつく)顔で、何か変わったことを思わせるような雰囲気は微塵も感じられなかった。

「ていうかさ、佐倉は部活大丈夫なの?もうそろそろ総体だって近いんだし、練習メニューもキツいでしょ」
 亜紀がこう切り出すと、淳平の(ムカつく)笑顔に一瞬翳りが生じたように思った。

「あー、今ね、ちょっと部内でごたごたがあってさ、そのごたごたにちょっと俺が三枚ぐらい噛んでてさ」
「つまり首謀者ってわけだ」
「その言い方やめてよ」
 淳平は笑っていた。笑ってはいたが、その笑顔には先ほどよりも余程濃く翳りがあった。いつも笑っている淳平だからこそ、その変化は顕著なものに思えた。

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