高校生の春が過ぎるのは早い。四月初めの浮かれた雰囲気はどこへやら、クラスの中は徐々に新しい環境に慣れて、和気藹々とした空気が流れていた。
 そんな中、運動部に属している生徒に差し迫ったものがあった。

「地区総体まであと一週間かぁ」
 この地区総体で、部活を引退する三年生がぽつぽつと出てくる。そのため、地区総体を終えた辺りから、部活の主導権が三年生から二年生に引導されるのが毎年恒例だった。陸上部は個人種目なので、それが他の部活よりも尚更顕著になる。

「何か、早いね」
「うん」
「次期部長は亜紀ちゃんに決定だね」
「うん…えっ、何故そうなる?」
 四月末の晴れ渡った空に、開け放たれた窓から飛び出した亜紀の素っ頓狂な声が響き渡る。それに対し、麻美はさも当然のような顔で亜紀の方を見やる。美紅はどうでもよさそうにパックジュースを飲んでいる。

「だって、亜紀ちゃん一番足速いしー」
「それ関係ないし、短距離での話でしょ?長距離の奴でもいいじゃん」
「あとー、真面目にメニューに取り組んでるしー」
「いやいや、他の皆も真面目にやってるし」
「それとね、亜紀ちゃんはすっごく頼りになる!」
「ちょっと私の話聞いてー…」
「ね、やってみる気ない?本当に亜紀ちゃんなら出来ると思うんだけど」
 美紅が自販機の脇のごみ箱に飲み終わったパックジュースをバスケのシュートの要領で放り投げると、それは綺麗な弧を描いてごみ箱に収まった。

「別に、いんでない?部長やってもやらんくても」
「ちょっと美紅ちゃん、他人事だと思ってそうやって適当なこと言っちゃ駄目!」
「適当じゃないって。亜紀がやる気無いなら部長なんか務まらんでしょ。自信無いだけなら今から自信つけとけばいいと思う」
 なるほど。目の前を歩いている美紅の背中を亜紀が感心したように見つめる。麻美は不服そうに口を尖らせていたが。

「おっはよー諸君」
 不意に背後から声を掛けられた三人が振り向くと、鞄を肩に引っ提げ、満面の笑みを浮かべた佐倉がこちらに歩み寄ってくるところだった。それを見た亜紀がげえっ、と顔を顰める。

「おそよう、佐倉。もう三限終わりましたけど」
「よきかな、よきかな。俺は今朝ちょっとした用事があって布団から離れられなかったのだ」
「要は寝坊したんでしょ」
 美紅が鋭く突っ込むと、佐倉の笑顔はぴしりと固まってしまった。

 分かりやすいなあ、こいつ。
 三人が呆れていると、ふと亜紀が誰かの視線を感じ、振り返ると、二人の少女がこちらをじっと見つめていた。見た感じは一年生のようだ。
 その少女達は、物陰に隠れるようにして、こちらを窺っているようだった。亜紀が不審げに廊下の一角を見ていることに気付いた佐倉も、少女に気が付いたようだった。

「あ、紗友莉ちゃーん」
 佐倉が人懐こそうな笑みで少女に手を振ると、途端に片方の少女が顔を真っ赤にして、無言で会釈をして走り去ってしまった。その少女の友達らしき子も、驚いたようにして少女を追いかけて行った。

「誰あれ?」
「あー、最初に走って行った子が俺の後輩。マネージャーやってんの」
 美紅が眉を顰めて佐倉に問いかけると、佐倉はそれにへらりと答えた。亜紀は、紗友莉と呼ばれた少女の表情を思い出して、心に黒い靄が掛かったように思った。

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