(振られちゃった)

 公園のブランコに座りながら、一人ごちる。辺りは冬の日の短さのお陰で、まだ17時前だというのに茜色に染まっていた。一つ溜め息を吐き出し、ブランコを揺らす。

「溜め息を吐くと幸せが逃げますよ。チナツさん」

 不意に若い男の声が足元から聞こえ、その声の持ち主の気配が自分の隣のブランコへ移動するのがわかった。

「あら、クロさん、こんばんは。こんな所で何をしているのですか」
「夕方の散歩ですよ。貴女は、何だか落ち込んでいるようですね」

 私は驚いた。そんなに顔に出ていたのだろうか。

「振られたんです。好きだった人に」


 私が好きだった彼には、通学途中の電車の中で初めて会った。眼鏡をかけていて、背の高い優しそうな青年だった。彼と話をしたことは一度もなかった。しかし、日を追うごとに彼を目で追っている自分に気が付いた。所謂、一目惚れだった。

「今日、思い切って告白してみたのだけれどダメでした」

 初め、突然の私の告白に驚いていた彼だったが、すぐに目元が和らいで、ごめんなさいと私に頭を下げた。

「彼女が、居るそうです」

 無意識のうちにブランコを揺らしながら、隣の彼に胸の内をさらけ出す。彼は何も言わずに、静かに私の話を聞いている。

「ちょっとすっきりしました」

 潔く振られ、自分の想いをしっかりと聞いてもらえて。

「クロさんも、話を聞いてくれてありがとう」

 彼に微笑むと、彼はほんの少し目を見開き、やがて目を細めて優しく微笑んだ。

「では、私は行かなければ」

 ブランコの上から優雅に立ち上がり、ひらりと飛び降りると、彼がこちらを振り返る。

「では、また。チナツさん」
「はい。クロさん」

 彼は微笑みかけると、素早く公園から出て行った。



(本当は、知っているのです)

 貴女が泣いていたことや、彼のことが好きでたまらないこと。――ずっと、貴女だけを見てきたのだから。

 でも、そんな彼女に自分が出来ることは、己の腕で抱き締めてあげることではなく、彼女の話を聞いてあげることだけだった。自分は彼女を抱き締めてやりたかった。しかし、彼女が本当に抱き締めて欲しい相手は、私ではないだろうから。

「…同じですね」

 本当は、貴女を一目見た時から、ずっと貴女のことが好きだった。
 つんと目の奥が熱くなるのをやり過ごし、ついと空を見上げる。先程まで昇っていた太陽は沈みかけており、辺りに夜の帳を下ろしかけていた。

 せめて、彼女の傍にいつまでも。そう思うのは、贅沢だろうか。
 心を持った黒猫の姿が、夕闇の中に溶けていった。

******

2009年11月21日 沢村 詠

(2009年11月〜2010年7月 拍手文)




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