ふとした瞬間に蘇る記憶。
例えば、頭を撫でられたり、くしゃくしゃになるくらいに笑っている顔を見たり
、並んで歩いてみたり。
どうということのない日常の中に、記憶の影を見つけることがある。その時に、懐かしくなったり、笑えてきたり、恥ずかしくなったり、悲しくなったり。
私は今、何となく切ない。
大好きな人だった。一言で言うと変人。でも、とても優しい人だった。
自分で言うのも何なんだけれど、彼は私にべた惚れで。馬鹿なんじゃないかと何度か笑った記憶がある。
彼は柴犬に似ていた。人懐こくて、やかましくて、実は甘えたがり。変なことばっかりしていたけれど、理数とサッカーが得意だった。私は理数がからきし駄目で、よく馬鹿にされた。うんざりしている私の顔を見て、彼は笑った。
サッカーの試合も見に行った。私が見ている事に気付いた彼は、こっちにばかり気を取られていた。次期キャプテンもっと気張れよ、と笑った。
二人で居る時、私たちは笑ってばかりいた。私たちが共に過ごした二年間は、かけがえのないものだった。会う度に、彼を愛しいと思う気持ちが強くなった。この先もずっと彼と一緒に居るのだと信じて疑わなかった。
いつしか二人の手は離れてしまったけれど、あの頃の彼を好きだった気持ちはまだ私の中に残っている。それは、まだ彼のことが好きだとか、そんなものではない。ただ、懐かしくて、少し切ないものだ。それが私の胸を締め付けるのだ。
「泣いてるの?」
ふと現実に引き戻される。頬に流れるものを感じて、ああ、自分は泣いていたのかと思った。視線を自分を覗き込んでいる彼にやると、彼は優しく私の頬に流れる涙を指で掬い取った。
二人の視線が交差する。彼が私の頭を撫でながら、そっと私にキスをした。
例えばそれは、頭を撫でられた時。脳裏に浮かぶ彼と目の前に居る彼の姿が一瞬だけ重なる。でもそれはすぐに掻き消えて、優しく笑う彼だけが私の目に映っている。
「ごめん。すごく愛してる」
何でごめんなの、と笑いながら彼が私を抱き締めた。剥きだしの肌が彼の温もりを直に伝えてきて、心が温まる。
彼と似ているところはあるんだろう。けど、同じところなんてひとつもないんだ。
あなたを愛しいと思う。あなたを大切に思う。願わくば、この先も共に。
2010年3月30日 沢村 詠
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