雪がちらつく寒空の下、僕と彼女は別れた。
 別に、喧嘩をしたとか、飽きたという訳ではない。ただ、彼女が僕を近所の公園まで連れて来て、ベンチに座って、そこで別れを切り出された。ついさっきまで笑っていた彼女の表情は、夜闇に紛れて分からない。でも、声の調子は、いつもと変わらず穏やかで、優しい色をしていた。

「どうして、別れようと思ったの」
 少々野暮な質問かもしれないと思いつつも、訊かずにはいられなかった。僕の質問を受けた彼女は黙ってしまう。

 随分長い時間が経ったように思えた。膝の上で組んだ手は、外気に熱を奪われて冷たくなっている。しかし、隣りにいる彼女の手は、僕の手なんかよりもずっと冷たくなっているのだろう。いつもいつも、寒い時は僕の手を握ってきて、僕の手が自分よりもずっと暖かいことに驚いていたものだった。だから、寒い日は彼女と手を繋いで歩くのが常となっていた。

 今まで黙っていた彼女がゆっくりとベンチから立ち上がり、積もり始めた新雪の上に足跡を刻み付けていく。そして僕の目の前まで来て立ち止まった。

「これ以上、あなたと一緒に居られないと思ったの」
 気のせいか、彼女の声は先程よりも震えていた。まるで泣くことを堪えているかのように。
 そっと目を閉じて、彼女の言葉の続きを待つ。

「疲れちゃったよ、私…ねぇ、」
 もう隠し切れない程に彼女の声は震え、悲しい音色を醸し出している。それを聞いてゆっくりと目を開けると、頬に幾筋もの涙の跡をつけた彼女が目の前に居た。今にもくずおれそうなその愛しい人を、僕は慰めてあげることが出来ない。泣かせてしまったのは僕だというのに。
 何も言えないでいる僕に彼女は一歩、また一歩と近付き、ほんの数センチ、膝と膝が触れ合う位置まで来て立ち止まる。

「本当に、ごめんなさい。本当に……」

 最後の言葉を呟くようにして言って、彼女は屈んで僕に優しくキスをする。彼女の手は、思った通りの冷たい手で。――思ったよりも、優しいキスで。

そっと唇が離れたのを感じて、彼女を見やると、彼女は優しく、悲しげに微笑んでいた。

「さようなら」

 彼女が立ち去った後も、僕は公園のベンチに座っていた。ちらつく雪が僕の頬に流れる涙に触れて、ひやりと冷たい感触を残して淡く消えてゆく。彼女の最後の言葉を反芻しながら、僕は流れるままに涙を零した。


『本当に、愛しているよ』


2010年1月31日 沢村 詠





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