「牧野さんそれ取って」
「はぁーい」
 彼女は、地に足がついていないような表情でふにゃりと笑う。長い髪の毛も、彼女の声も、その笑顔と同じようにふわふわで、柔らかそうだった。
 最初に面接に来た時も、今と変わらず緊張感の欠片も無かった。突然店先に現れて自分の目の前に立つと、「働かせて下さい」と一言。ふにゃりと笑って言ったのだった。バイトが足りていなかった事もあって、採用を前提に話を進めていると、彼女が職を失い所謂ニートであること、19歳であることが分かった。

「てんちょおぉ〜」
「何?」
「棚に手が届きませぇん」
 小さい背で精一杯背伸びして、棚の上にある品物に手をかける彼女を見て、いとつ溜息をついた。

「脚立を使えば良いでしょう」
「あっ、そっかぁ〜」
 なるほどぉ〜、と間延びした独特の声でしきりに頷く彼女。本日何度目かの溜息を吐き、もう今日はいいからと彼女を帰らせる。そして、スタッフルームに行って着替えてきた彼女は、一点だけおかしな点があった。

「…牧野さん」
「はぁーい?」
「それ、制服だよね」
「あぁ〜、これ、趣味なんすよねぇ〜」
「…や、牧野さん、あなた本当に19歳ですか。ていうか牧野さんて名前本名ですか」
「本名ですよぉ〜。あと本当に19歳ですってば〜」
 またもやふにゃりと彼女は笑って、さようならぁーとこれまた間延びした挨拶を残して出て行ってしまった。後に残された自分は、狐につままれたかのような奇妙な感覚だけが残っていた。

2010年1月26日 沢村 詠





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