君の声を
君の体温を
君の笑顔を
まだ、はっきりと覚えているのに
「…朔?」
「そう、朔。女の子らしくない名前でしょう」
そう言って彼女は笑った。不覚にも、その笑顔に見惚れてしまった僕が居た。それを気取られないように、わざとそっぽを向いて、興味無さそうに返事をする。
「確かに、男っぽい名前だね」
本当は、こんな風にしか彼女と接する事が出来ない自分が、嫌なのだけれど。
「齋藤さん、そんなにはっきりと言わなくたって良いでしょう」
少し怒ったように言い返す彼女を、とても可愛いと思う。まさか、一目惚れをしたとは口が裂けても言えないのだが。
――その優しい笑顔も、綺麗な声も、長くて真っ直ぐな髪も、全部好きだった。
******
透き通るような白い肌を撫でながら、もう二度と開かない瞳を覗き込む。 長い睫毛に縁取られた双鉾には何も映ってはいない。愛しい人は、二度と目を覚まさない。
「……朔」
彼女の名前を紡いでみても、彼女からの返事は無い。微笑みを浮かべて、静かに眠り続けている。
「朔、朔」
涙が音もなく頬を滑り落ちて行く。徐々に冷たくなっていく彼女の手を握りしめながら、僕は泣いた。
2010年1月9日 沢村 詠
←|→