一万打記念 | ナノ







「ね、ね、兵長お願いです!一回でいいんです!デートに行きたいです!」


そう言ってお願いします!と両手を合わせてこのとーり!と兵長に頭を下げると明らかにヒクヒクと口元を引きつらせた兵長が私の肩に乗せていた手にあからさまに力を入れた。


「…部屋でデートじゃ不満か?」

「い、いえ、兵長のお部屋も好きなんですけど、やっぱり恋人同士らしく内地でデートしてみたいなぁ、なんて…。」

「……外じゃ気軽にヤれないだろうが。」

「外でヤル気なんですか?!」

「やめろ。反吐が出る。風呂もない所では絶対ヤラねぇ。」

「で、ですよねぇ。」

「って言うかデートと言ってもな…」

「ホント、一回きりでいいですから!何でもしますから!」


だからお願いします!と頼めば乗り気ではなかった兵長が突然ギラリと目を光らせた。


「ほう、何でも、な。」

「はい!私に出来る事なら何でも!」

「よし、いいだろう。」

「やったぁ!兵長大好き!」


私は浮かれて浮かれてつい兵長に抱き付いてそう言うと兵長は仕方ないなと笑った。
よく晴れた今日。何とか休日をもぎ取った私達は二人仲良く内地でも比較的に商業が盛んな地区に来ていた。
何時もは隊服ばかりで女の子らしさなんて見せないから何時もより頑張った服にした。
白いふわふわのスカートに可愛らしいリボンがあしらわれたシャツに薄手のカーディガン。髪だって今日はクリスタに手伝ってもらって巻いたのだ。慣れない髪型にちょっと違和感があるが、兵長に可愛いと言われたくて頑張った。
今回のデートの場所が調査兵団から遠いのもあり、待ち合わせはせず兵長が私の部屋まで迎えに来てくれたのだ。
そこで開口一番に「可愛い…」と言われて私が舞い上がらない訳もなく、デートに行く前からもうテンションは上がりっ放しだ。
しかも兵長はいつになく優しくてその服では馬は無理だろうとなんとあの兵長の馬に相乗りさせてくれた上に今日はどこに行きたいとかあそこを見たいとか。それはそれは恋人らしいまさに私が望んだデートだった。

現地に到着し、馬を預けなんと兵長から手を繋いでもらい(しかも恋人繋ぎ!)雑貨屋を始めとするお店を回りお前にはコレが似合うとか兵長に眼鏡って凶器ですねとか楽しんだ後近場の喫茶店でお茶にしようかとなったが生憎の満員。


「仕方ない。そこのベンチで飲むか。」

「え?兵長大丈夫ですか?」


言わずもがな兵長は潔癖性だ。外のベンチなんて兵長には汚物以外の何物でもないだろう。


「大丈夫な訳あるか。いいか、俺が買ってくるまでにコレでベンチを綺麗にしてろ。」


そう言って渡されたのは大量の除菌シートと新品の雑巾とミネラルウオーター。


「水道水は死んでも使うな。水ならミネラルウオーターを使え。いいな、俺が座れるくらいには綺麗にしてろ。」

「……ですよねー。」


兵長はやっぱり兵長でした。だけどまだ買って来てくれるし確かにベンチはちょっと汚いから仕方ないだろう。そう思い兵長から一式を預かると兵長の指したベンチへと向かった。


「まずは除菌シートですねー。」

幸いハンカチもあるので掃除してからハンカチを敷けば流石の兵長も座れるだろう。
キュッキュッと気持ちのいい音がする。雑巾掛けも終わり、もう一度除菌シートでベンチを拭いて終わりだ。
その時だ。トントンと肩を叩かれつい兵長が戻って来たのかと思い振り返った。


「あれ?兵長早かったで…す、ね?」


「やっぱり可愛いじゃん!ね、ね君さぁベンチなんて拭いてないで俺と遊ばない?」

「い、いえ…。連れがいますから。」

「それはないっしょー?だってずっとベンチ拭いてたじゃん!」


俺いいとこ知ってるよ?と私の手を取る男は明らかにチャラチャラしていて若い男だ。
…え、これが俗に言うナンパって奴ですか?!


「あ、ホント彼がもう来るんでお構いなく…。」


「恥ずかしいの?大丈夫!即ホテルとかしないから!」


後からなら行くのかよ!と突っ込みたいが思わずわたしは息を呑んだ。
男は私の手首をつかみ上げてまさか私の指を舐めたのだ。


「ひっ!な、…なめっ…」


「君の指美味しーね。やっぱり即ホテル行かない?」


俺結構上手いよ?と笑う男に嫌悪感しか感じない。
せっかく兵長と楽しくデートをしていたのに、なのにこんなっ…!


「ひっ、やめ…っ!」

「ね、ホラ感じない?」


「…っ、気持ち悪いっ!」



そう言って腕を振りほどけば男の顔は一変して憎悪に満ちた表情になる。



「このアマ!いい気になりやがって!」


そう言われてガッと頬を殴られ、ついその場でよろけてしまった。


「……っ、」

「お高く止まりやがって!」


「……お前もだがな。」


そう言って兵長は男の足を綺麗に払い転げた男の顔に足を入れた。


「へ、兵長?!」

「よくもまあ俺の女を殴ってくれたな。こいつを殴っていいのは顔じゃねえ、尻だ。」


いや、場所の問題じゃないですから!そう言いたかったけど言葉にする前に気付いたら兵長が男をボコボコに蹴り始めた。


「……っ!兵長!マズイですよ!流石に憲兵団に言われますって!」

「ああ?先に手え出したのは此奴だろうが。」

「明らかに殴りすぎですって!」

「あ?……ッチ、伸びてやがる。」


いやいやあんだけ蹴られたら気も失うでしょうが。



「大丈夫か?」


そう言って兵長は自前の白いハンカチを取り出してそれをしっかりミネラルウオーターで濡らしてから私の頬にあててくれた。


「っ、…ちょっと切れたかもですね。」

「ったく、されるがままにしやがって。殴って伸しておけばよかったじゃねえか。」

「いやいや、私対人格闘術苦手…」

「んなことは理由として認めん。……帰るか。」


「えっ!」

「もうデートって気分じゃねえだろうが。」

「で、でも兵長…、」


こんな優しい兵長はレアだ。だけど私は今日をずっと楽しみにしてたのに、なのにこんな理由でデートがアッサリ切り上げられるのが凄く悲しかった。


「……っ、大丈夫、ですから、」

「大丈夫って顔じゃねえぞ。」

「大丈夫です!だから、だからまだ、…帰りたくないです。」



そう言って兵長の袖をちょこんと摘まんだ。
だって、兵長は忙しくてただでさえ構ってもらえないのが多いのに。今日の休みだって昨日まで仕事を詰めてくれてたからだって知ってる。しかも明日からも仕事が詰まってるらしい。だから、兵長に沢山甘えられるのは今日しか無いのだ。今日を逃せばまた暫くは我慢しなくちゃいけない。


そう思って下を向いていると兵長はそれはそれは大きな溜め息をついた。


「…そう言えばデートに行く前に言ったな。"何でもする"ってなぁ。」

「は、はい…?」


その時の兵長の顔は優しい表情なんかでは無くまるで肉食獣のような表情だった。


「よし、今から帰るぞ。」

「ええっ!」

「何でも言うこと聞くんだよなぁ?」

「は、はいい!」(ビックゥゥ!)

「ちなみに兵団には帰らねえぞ。」

「…え?」


そう言われて少し期待した私はきっと馬鹿なんだろう。よくよく考えたら兵長がこんな優しいなんて疑うべきなのに。


「隣の地区ってホテル街なの知ってるよなぁ?」

「は、はい。この前行きましたし…。」


もちろん仕事で、だ。ただあのホテル街はなかなか趣味がちょっとアレなホテルが多かったような…。

「実はな、昔からの馴染みがやってるホテルがあるんだが…」

「……(い、嫌な予感が…)」

「俺の部屋で出来ないような体位やるのに適してる場所でな…」


「……っ!!急に帰りたくなりましたああ!」


バッと立ち上がりその場から逃げようとするとガッシリと頭を掴まれた。


「"何でも"言うこと聞くんだよなぁ?」

「い、いやぁ、人には向き不向きがですね、」


「安心しろ。一日でそこで感じるように躾けてやるよ。」

「むむむむ無理!絶対無理!」

「よかったなぁ、俺の部屋でもう一つの穴開拓されなくて。」

「あ、穴とか言わないでぇぇ!」

「ああ?穴は穴だろうが。」

「やめてぇぇぇ!」

「ッチ、面倒臭えな。」


兵長はそう言うとヒョイっと私を肩に担ぐとズカズカと馬を預けた場所へと向かった。


「絶対嫌ぁぁぁ!」

「ああ?暴れると下着見えんぞ。見せたいなら話は別だがな。」

「……なっ、大体兵長潔癖性じゃないんですか?!」

「何言ってんだ。しっかりヤる前に洗うに決まってんだろうが。」

「あ、あら、う?」

「ああ、ちゃんと洗う方法あんだよ。……ちょっと苦しいがな。」

「苦しいっていったよね!今苦しいって!」


「ッチ、ピーピーうるせえ。……おい、」



兵長がそう言って私を一度地に降ろすと、すかさず私の唇を奪った。



「…んぅ?!」

「…俺はどんなミラでも愛せる自信はあるんだが…ミラは俺を信じていないのか?」

「…え?」

「そうか、なら仕方ねえな。…帰るか。」


そう言って私の手を掴んで前を歩く兵長の後ろ姿は何処か悲しげで。私の胸が思わずきゅんとなった。
やっぱり最初に私が何でもするって言ったから…だよね。何でも言うこと聞くとは言ってないけど。


「あ、あの!兵長!」

「…あ?」


くるりと振り向いた兵長はやっぱりちょっと落ち込んでいる。
そんな、私…そんなつもりなかったのに。



「あ、あの、ゆっくりで…ゆっくりやってくれるなら、大丈夫ですから…。」

「…さっきまで嫌がってたじゃねえか。」

「いや、あの、恥ずかしかったというかですね…」

「…初めてヤッた時より痛えぞ。」

「…兵長なら、大丈夫ですから。だから…」


だから、抱いてください。と小声で言えばクツクツと兵長が笑った。


「……だったらもう文句はねえな。」

「…はい?」


あの、さっきの悲し気な目は何だったんですか?と思うような、それはそれは意地の悪い笑みを浮かべていた。


「自分から言ったんだもんなぁ、ミラよ。」

「だ、騙したんですか?!」

「ああ?緩急付けただけだろうが。」

「兵長の意地悪!ドS!」

「褒められてるようにしか聞こえねえよ。」


そう言われてズルズルと引き摺られる私はさぞ滑稽だろう。
甘いデートに目が眩んだ報いなのか。いつもより優しい兵長なんて怪しいに決まっていたのに。

その日、私は大事な何かを失いました。
この時私は誓った。自分の発言と兵長の異常な優しさには気をつけようと。




甘いデートに…なりましたかね?
兵長は絶対外でデートとか嫌そうだからヒロインに二度とデートしたいと言わせないようにしそうと思ったので。









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