最近、おかしい。
「あの、これ…頼まれてた報告書ですけど…」
「そこにおいておけ。」
「あの、そこといわれましても…」
「そ、そこと言ったらそこだ。」
「すみません、兵長。離れすぎてそこがどこかわかりません。」
そう言ったミラは少し困ったようにそう言った。 それもそうだろう。ミラがいるのはもはや入り口と言って構わない。だが、リヴァイがいるのは部屋の片隅だ。 今までは普通だった上司と部下。なのにある日突然リヴァイがミラを避け始めたのだ。 何かを報告する際も何でか一m以上離れなくてはならないし、密室での仕事も却下。同じ部屋で仕事をするなら扉全開でやらなくてはならない。 以前ならそんなことする必要すら無かったのに、なぜ。ミラの最近の悩みは何でリヴァイがそうなってしまったのか。まさか嫌われたのか。そんな事ばかりがグルグルと頭を巡っていた。 以前、悪友でもあるハンジに相談したら彼女はゲラゲラ笑って
「嫌われてはいないよ。むしろ逆!ププ、リヴァイがねぇ…。」
と言うだけで余り参考にはならなかった。
「(何でかしら……。それに兵長目も合わせてくれないのよね。)」
そう思い、ミラはチラリとリヴァイを見た。 こちらをあまり気にしないようにするためか、背中を向けている。
「(やっぱり嫌われたのかも…。)」
リヴァイの懐刀として汚い事も、まぁ色々して来た。審議に通すために裏で少し弄くったくらいだが。 腐った憲兵団にほんの少し探りを入れたり、裏を取ったりするのは私の役目だ。 仕方ない。来週の審議の件で少し近づいてみようか。別にこれは明日でもいい話だが、この際だ聞いてみようとミラはそっとリヴァイに近づき、肩を叩いた。
「兵長、あの…来週の審議ですけど…」
「…っ、ミラ…、」
「このままじゃ、憲兵団と駐屯兵団に負けてしまいます。明日、私憲兵団の…」
「いい、この件はペトラに任せる。」
「……え?」
「だから、ミラはもういい。この件から手を引け。」
そう言われ、ミラは頭が真っ白になった。 今、何て言った…? 彼のためだけに自ら裏で工作したことも、売りたくもない媚も売ったというのに。
「それは、私は用済みだと…?」
「それは、違う。だが、この件からは手を引け。お前には危険すぎる。」
「今更です。それに、ノールにももう約束を取り付けましたし…」
「だったらペトラに引き継げ。あと、これからも…」
「……っ、失礼しますっ!」
「オイ、ミラっ!」
思わず勢い良く部屋を飛び出した。 それ以上、彼の言葉を聞けなかった。 今まで彼のためだけにこの身を捧げて来たのに。上官としても、男性としても尊敬していたし、好意だって寄せていたのに。
あの言葉の続きは何だったのか。 部屋を飛び出した今では聞くのも嫌だ。 自然と流れる涙も、きっと嘘じゃない。 だってあれは遠回しに用済みと言われたも同然なのだから。
「ミラじゃないか。」
「…ノール、」
がむしゃらに走っていた私は気付いたら中庭まで来ていたらしい。目の前のノールは目を見開いていた。
「泣いているね。何かあったのかな。」
そう言って触れられた頬が気持ち悪い。
「大丈夫よ、ノール。」
そう言っても目の前の男は納得しなかった。 ノール・バレンタイン。憲兵団上層部に所属し、あのナイルの腹心の一人と言われている男。顔立ちが良く女性受けがいいノールはとても女性に優しい男と言われている。 サラリと金髪が風で揺れるのも様になってはいるが、私の好みでは無かった。 ノールは私のいい情報源であり、いい餌だった。 ノールが私に好意を寄せてくれているのは分かっていた。だが、私には思う人がいるからお付き合いは出来ないとやんわり断ってもノールは諦めてくれなかった。むしろ悪化した。思っているだけで恋人でないなら自分にもチャンスはあると言って諦めるどころかアプローチは激しくなったのだ。 だから私もそんなノールを利用しているのだから私も性格が悪い。 しかし、人間に完璧などいない。それはノールにも言えるのだ。
「それでも泣いているよ、ミラ…。」
「ほんと、平気だから…」
「私なら、君を泣かせないよ。…君の好きな人に泣かされたのかい?」
「ちが、私が…勝手に…」
「だけど、泣かされたんだね。…私なら君を泣かせない。君を幸せにするのに。」
「……っ、ノール、やめてっ、」
そう言って私を抱き寄せるノールは更に腕に力を入れた。 離さない。さぁ、私を選んで。と甘く囁いた。
よく言うこの道化師が。と頭の片隅で毒付いた。 ノールはその外見の良さから女遊びが激しく、黒い噂が絶えない人物だった。 落ちない女ほど楽しい玩具はないというのがノールの持論らしく、落とすまでの過程をゲーム感覚で楽しみ、落としたら直ぐに捨てるのだ。その捨て方が酷く、女友達にイジメさせるか、友人にその恋人を強姦させたりするらしい。己の手を汚さずに、そう仕向け「君には失望したよ」そう言って捨てるのが常套手段だという。
「ねえ、ミラ。私は君みたいな可愛らしい人を泣かせないよ。大事に、大事にする。毎日君に愛を囁くよ。」
「や、やめ…っ、」
そう言って近付くノールの唇。 嫌なのに、気持ち悪いのに。 ノールの腕を振りほどく事が出来なくて顔を背ける事しか出来ない。
「ミラ、…私だけのミラ…。愛しているよ。」
私は愛してない!そう言いたくても言えず、ガシリとノールに顎を掴まれ、顔を固定されてしまう。 近付く唇。じわりと浮かぶ涙に、思わず叫んでしまう。
「や、…っ、!兵長っ、たすけっ……!」
そう言うや否や再び頬に加わる力。 そしてフワリと重ねられる唇に涙が止まらなかった。
「(兵長っ、……へいちょ、…)」
「なっ、リヴァイっ?!貴様っ!」
「……え?」
そう言った事により少し開いた唇にすかさず ヌルリと入ってくる舌に背中がゾワリとした。 思わず目を身開けばそこにはいるはずのない、兵長の姿に思わず目を見開いた。
「……、ん、…っ、んぅっ!」
「…っ、……!」
ノールの力が抜けたのを見逃さず、グイッと肩を掴まれ向きを変えられると頭をしっかりと掴まれ、深く口付けられる。
「……ぁ、へ、…いちょ、…」
「っ、……ミラ、…」
「君たち何時までそうしているんだっ!」
そう言ったノールの声に漸くリヴァイは唇を離し、ノールをジトリと見た。
「テメエ、ミラに手出そうとしやがったな。」
「君の知った事か!いいからミラを…っ!」
「生憎ミラはテメエみてえな奴に渡す義理もねえ。」
「なっ、リヴァイ!貴様っ!」
「…ッチ。ミラ、行くぞ。」
「へ、兵長…?」
「来週だ…。来週の審議で君を審議にかけてやる!」
「ほう、自分を棚上げにしてそう言うか。」
「なっ…んだと?」
「テメエを知らねえで情報引き出してると思っていたのか、ノールよ。ならテメエの頭はさぞ幸せだな。」
「兵長っ!それは…っ!」
言ったらこれからに影響しかねないのに、兵長の口を止める事は出来なかった。
「テメエの捨てた女と、俺と。勝つのはどちらだろうなぁ、ノールよ。」
そう言った兵長はニヤリと笑って私の手を掴むとずんずんと先へと進んで行く。
「リヴァイっ、貴様っ!覚えていろっ!」
ノールがそう言うもリヴァイは涼しい顔をして去って行く。
「へ、兵長っ!どこに……っ!」
「部屋に行く。」
「ええっ?!」
ずんずん先を歩く兵長に引き摺られるように歩く。その時、ふと先程の唇の感覚を思い出す。
「(私…兵長と、キス、したんだ……っ!)」
そう思い、思わず唇に触れると思い出す感覚に息がつまりそうになる。
そうこうしているうちに部屋に着き、入るなりリヴァイはミラを抱きしめた。
「へ、へへへ兵長?!」
「……っ、…ミラ…。」
「あ、あのっ、兵長…?」
ぎゅうぎゅう抱きしめられ、少し苦しいがそっと兵長の背中に腕を回せば更に抱き締める力が強くなる。
「よかった、ミラ…。」
「兵長…?あの、どうして、さっき…」
そう言って兵長の顔を見ようとすれば、グイッと頭を抑えられてしまい、顔を見る事は叶わなかった。
「お前を失うかと思った。」
「はい?…兵長、私を嫌いなんじゃ…?」
「っは?!」
そう言えば素っ頓狂な声を上げて私の肩を掴んで引き離した兵長は本当に間抜けな顔をしていた。
「私を避けているから私が嫌いなのかと…。しかもペトラに任せるって言うし…。」
「それはノールの動きが怪しかったからだ。……あのクソメガネっ!」
「へ、兵長…?」
兵長はそう言うと「あのクソメガネはいつか殺す。」なんて不吉な事を言っていたのは気のせいだと思いたい。
「ったく、嫌う理由があるか。むしろ逆にす……っ!」
「…っ!兵長、…?」
そう言って顔を赤らめる兵長に私はまた涙が溢れそうになった。 だって、嫌いじゃなくて、その逆ってことはつまり…。
「っ!…兵長っ!」
そう言って思わず兵長の首に腕を回して少し背伸びをして。自然と唇を重ねていた。
「…っ、ミラっ!」
「すき、ですっ!兵長、だけっ……好き、なんで……んぅっ!」
そう言えば言い切らない内に兵長に再び口付けられた。 さっきとは違う、優しいキス。
「……、ん、ぅ……ぁ、」
「…っ、…ミラっ、」
そっと耳元で囁かれる「好きだ。」その三文字に私は涙を止めることが出来なかった。 おそるおそると涙を拭いてくれる兵長が優しくて、嬉しくて。泣き止む事なんて出来ない。
「兵長っ、……へいちょおおっ、」
「ったく、何時まで泣いてんじゃねえ。」
「だって、だって、嬉しくてっ!」
「ったく、仕方ねえな。」
そう言って兵長は再びゆっくりと口付けてくれた。 嬉しくて嬉しくて。思わず兵長の背中に回した手に力を入れれば、更に抱き締める力を強めてくれる。
ああ、なんて幸せなのか。そう思いながらまた涙を流した。
後日、最近避けていた理由がまさかハンジの「押してダメなら引いてみろ☆だよ!」というアドバイスがあったからなんて笑えなかった。
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