一万打記念 | ナノ







滑らかで艶のある黒髪も、その薄っすら色付いた頬もふっくらとした小さな唇も。
その可愛らしい唇で小さく「兵長、兵長、待ってくださいっ。」と言われるのが今のリヴァイには堪らなくツボだった。

そんなミラもあの日以来、少しずつではあるが素直にリヴァイに甘えて来るようになり、晴れて先日はなんとミラの方から手を繋ごうとしたのだ。
それに密かに歓喜しつつも、ミラの手を握ればなんと柔らかい手なのだろうかと思ったくらいだ。

そんな嬉しさを噛み締めつつ、さてそろそろ彼女に次の段階へと進ませるか等と考えながら書類を纏めていればゴロゴロと外から音が聞こえ、カーテンを開けて見れば外は豪雨で今にも雷が鳴りそうだ。


「……雷か。」


ここ最近では雷など久しく聞いていない。
ゴロゴロと雷雲が近づいて来る。
こうなってはおとが煩い上に明日は城内の廊下が泥に塗れるではないかとリヴァイは舌打ちをした。
恵みの雨とはよく言ったもので、リヴァイにとっては恵みでも何でも無い。地面は雨でぬかるみ、その足で敷地に入る馬鹿共の所為で廊下は泥に塗れる。リヴァイにとっては悪循環でしかない。しかも雷が近いということはこれから雨足も加速し、土砂降りになるのだろう。
あぁ、明日は班員総出で床掃除をしなくては。いや、むしろ調査兵団総出でやるべきかも知れない。あぁ、やっぱりそうしよう。ついでに土砂で汚れた外壁も洗い流し、窓も磨くか。等と考えてリヴァイは灯りを消そうとした。その時、控え目なノックがした。
誰だ、全くこんな時間に面倒臭せえなオイ。
そう思い、ガチャリと扉を開ければそこには今にも泣きそうな目で此方を見るミラがいた。


「……ミラ?」


「お願い、兵長……一緒に、寝て欲しいです。」


ぎゅう、と抱き締めたのは自分の枕だろう。その目からは今にも涙が零れ落ちそうになっている。


「ミラ、それは……」


自分もミラももう子供ではないし、なによりリヴァイがミラを子供に見れない。


「か、かみなり、が……こわく、て……っ、」



フルフルと震えながらそう言うミラのなんと愛らしいことか。仕方ないな。今日だけだぞ。そう言ってやりたいが、リヴァイの部屋にはベッドは一つしかない。いや、ミラの大きさなら問題は無いかも知れない。だが、一緒寝て果たしてそこで留まれるか、だ。折角築いた信頼をアッサリ今日で崩してしまいかねない。
リヴァイは心を鬼に……



「おねがいっ、……兵長しか、頼れな……っ、ふぇぇ…」


「…仕方ねえな。ほら、入れ。」



出来るわけ無かった。駄目押しだ。女の涙は武器だと聞いていたがまさかここまでの破壊力があったとは。
部屋に入ればミラはリヴァイの袖を握り締め、カタカタと震えている。余程雷が怖いのだろう。
しかし、そんなミラの行動にリヴァイはただ困惑する事しか出来ない。
普通の女ならば肩を抱き寄せ、少し甘い言葉を吐いてやればコロリと落ちるがミラは違う。一つ選択肢を間違うだけでバッドエンドだ。それだけは避けなくてはならない。今後のためにも。ミラを本当の意味で手に入れるまでは。


仕方ない。頼られただけでもかなりの進展ではないか。リヴァイはそう思うと部屋の施錠をし、ミラの背中を優しく押しながらベッドへと誘導する。時間的にも寝る時間だ。


「エルヴィンは起きなかったのか?」

「エルヴィンさんは、王都に……」

「あぁ、だからか。…いつもはエルヴィンがいてくれるのか?」


そう聞けばコクリと頷くミラにリヴァイは複雑な気持ちになった。
ならば自分はエルヴィンの代わりでしかないのか、と。エルヴィンがいればここに来ることはないということなのか。


「…エルヴィンの代わり、か。」


「……ちが、ちがうっ!」


思わずそう呟けば、ミラはバッと顔を上げてしきりに首を振った。


「兵長、だから。だからっ、だから……っ!」

「ならどっちだ。」


「…え、?」


「エルヴィンと俺と。どっちがいいんだ?」


「……っ、」


酷な質問だろう。それはリヴァイ自身理解している。彼女がエルヴィン無しでは生きられないのは知っていたのに、なのにそれでも目の前のミラにそう問いかけてしまう。
選ばれるはずがないと分かっていても、それでも願わずにはいられない。


「なんのつもりで俺の部屋に来た、ミラよ。」


「わ、私は…、」


「この際だ、ハッキリしろ。」


「、……っ、エルヴィンさんは、お父さんであって、お兄さんでもあって、家族で…。」


フルフルと震えながらもそう伝えるミラのその柔らかな頬にリヴァイはそっと手をやり、そのまま上を向かせた。



「けど、兵長は、……家族じゃないのに、優しくて、…大切な人で、だから…えっと、」


「とにかく、だいすきな、人ですっ!」

「……っ!」


「駄目…ですか?」



本当に本心で言ったのだろう目は不安気に揺れている。
それが計算尽くならばなんとあざとい女だろうか。しかし、相手はミラである。計算なんて出来るはずもない。


「へいちょぉぉ…っ、」


これが計算なら本当に悪魔か何かだろう。
ボロボロと流す涙も、しっかりと自分に縋り付いて離さない手も。全てが計算ならこちらとて扱い易いというのに。


「…これからは、他の男には頼むな。」


「……え?」


「こういうことは気やすく頼んでいいことじゃねえんだよ。」

「エルヴィンさんは…?」

そう言ってリヴァイを見上げる目にリヴァイはザワリと心が波立つのがわかった。
そうだ。目の前の彼女はある意味無垢な女なのだ。何色にも染まる無色透明。


「エルヴィンがいても俺が居たら俺に何でも頼れ。」


「…どうしてですか?」


「いいか、ミラよ。大切に思い合う男女は何があってもまず互いを頼るんだ。育ての親や兄弟はその次だ。」


「兵長も、…私が大切?」


「当たり前だ。」



そう言えばそろりとリヴァイの手に自分の手を伸ばすミラ。
その小柄な身体からは考えられないゴツゴツした男の手に思わずミラは頬を染めた。



「…、はい。……兵長が、大切だから。」




リヴァイは心の中で歓喜した。そうだ。何を迷って居たのか。ミラはこんな夜中に来たのだそれは即ち、信頼を寄せているからだ。なら、その信頼を利用して上塗りすればいい。エルヴィンは家族でリヴァイは家族ではないと。家族への親愛とリヴァイへの好意は違うのだと暗に示して、擦りこめば良かったのだ。


「兵長…?」


「もう寝るか。ほら、来い。」


そう言ってベッドへと優しく入れてやれば、おずおずとミラはリヴァイの胸に顔を寄せた。


「兵長…あったかい。……安心、する、」


「ミラの方が温いな。」


そう言ってミラの頭を抱き込み、更に抱き寄せればふわりと香る彼女の甘い香り。



「へいちょ、……へいちょ、も、……」


「…?」


「…ずっ、と……いっしょ、」



うつらうつらとしながらもミラは言葉を続ける。


「どこにも、……いっちゃ、や、」


「……っ、当たり前だ。お前も迷子になんじゃねえぞ。」


「……ん、…」


そう言ってミラは次第に眠りに落ちていった。その安らかな寝顔にリヴァイは思わずその無防備な唇へと吸い寄せられるかのように口付けた。
甘く、柔らかいその唇はまるでタチの悪い麻薬のようだとそう思い、リヴァイも目を閉じた。

雨はまだ降り続けている。けれど、明日にはきっと晴れるだろう。




















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