一万打記念 | ナノ







ギッと彼を睨みつければ何とも表情の読めない顔をした。ただ、眉間の皺が確実に怒りを表している。



「私なんてその程度だと、言いたいんですか?」


「そうは言っていない。好きにしろと言っただけだ。」


「……そう。好きにして好きに話を進めてしまえと。」


「だから、そうは言っていないと何度言えばわかるんだ。」


「だってそうじゃない!」


そう言って声を荒げれば彼はあからさまに眉間の皺を深くした 。
ミラの手に握られた書類がぐしゃりと音を立てて握り潰された。



「見ず知らずの男に嫁げと、言いたいんですか?私なんて、止めるに値しないと。」


「誰も嫁げと言ってない。ただ勝手にしろと言っただけだ。」


「…それでもあなたは引き止めてはくれないのですね。」


はらはらと流れる涙を拭う事無くミラはそう言ってリヴァイを見上げた。多少それにたじろぎながらもリヴァイはここまで来たら引き下がれる訳も無く、ただミラを冷めた目で見る事しか出来ない。

そんな二人を見てハラハラしているのは周りのリヴァイ班を始めとする調査兵団の兵士達。



「……っ、いいです。会って来ます。
……所詮私はその程度の価値しか無かったんですね。」


クルリと背を向けてミラはその場を後にした。
ミラが部屋から出たのを確認するとリヴァイははぁ、と大きな溜め息をついた。


「いいんですか?兵長……」


おずおずとペトラがそう言うとリヴァイは勝手にすればいい。としか言わない。


今回の騒動のキッカケは彼女、ミラに舞い込んだ見合いがキッカケだった。
中流貴族の出である彼女とリヴァイは公認の恋人同士であり、仕事においてもリヴァイの補佐官に任命される程の実力者だ。
中流とはいえ、貴族の彼女がなぜ調査兵団に属しているのか。簡単に言えば彼女もまた貴族の汚い権利争いに巻き込まれた被害者なのだ。
彼女の母親はれっきとした貴族の出ではあるが、下級貴族の出だった。
そんな彼女の母親に目をつけた彼女の父は中流貴族ではあるが、深くミラの母親を愛していた。
身分違いの恋。二人は周りの反対を押し切って結婚し、子供も授かった。それがミラだ。
しかし、ミラの母親は身体が弱く病に倒れミラがまだ小さい時に静かに息を引き取ったのだ。ミラもその父も悲しみ、父はその寂しさを埋めるように新しい母を連れて来たのだ。
新しい母にミラは上手く馴染めず、また新しい母もミラを愛さなかった。父との間に出来た子供を深く愛し、継母は思ったのだ。『なんとかこの前妻の子を消せないか』と。
だが、簡単に殺す訳にもいかない。 ミラの父はミラを大切にしていたのだから。
だから継母は考えたのだ。なら、自分から死んでもらおうと。
だからミラは調査兵団へと入れられ、兵士となった。
外で死ねばそれでよし。死ななくても手元に居なければそれでいい。継母はそう考えたのだ。

しかし、貴族とはなんと汚い事か。彼女がリヴァイの補佐官になるやコロリと態度を変え、自慢の娘だと言い始めたのだ。
そして舞い込んだ見合いの話。もちろん持ちかけたのは継母だ。

どうしようと泣きそうな顔をしたミラにリヴァイは言ってしまったのだ。
「勝手にしろ。俺は知らん。」と。
普段ミラはリヴァイの言った事には反発せず、黙って従う。だからリヴァイの懐刀とも言われていたのだ。そんな彼女が泣きながらリヴァイに刃向かったのだ。
周りはしん、と静まり二人の動向を見守っていた。
そしてこの結果である。

面倒そうにリヴァイはガシガシと頭を掻くとその場を後にしようとした。
そんな彼の背に声をかけたのは彼のよき理解者であり、悪友であるハンジだった。



「ねえ、リヴァイ。君はミラが大切じゃないの?」



静かな怒りを隠す事無くハンジはリヴァイに向き合った。


「誰もミラを大切にしてないと言ってないが。」

「あぁ、そうだね。リヴァイは言ってないよ。けど、ミラの生い立ちを知ってるなら何で言葉を選ばなかったのさ。」

「………。」


「あの子程誰かに愛されたい。誰かに必要とされたい。って気持ちが誰よりも強くて、誰よりも弱くて泣き虫なのか知ってるだろう。」

「あいつはもういい大人だ。言葉なんて…」


必要ない。そう言えば、ハンジは深々と溜め息をついた。


「その言葉なんかでミラを失うとしても?」

「……」

「あの子はきっとリヴァイの気持ちを聞きたかったんだよ。見合いして欲しくない。そんな話断れって。リヴァイに必要とされてるって、愛されてるって感じたかったんだよ。」

「……ったく、」

「面倒?なら別れなよ。ミラはそういう子だ。言葉にして、態度で示してあげなきゃあの子はわからない。特にあの継母には強い苦手意識があるし、何度も自分を殺そうとしてる。兵団に入れられたのも殺すためだ。」



リヴァイは真っ直ぐに見るハンジを見た。
何時に無く真っ直ぐに見つめ、その目は笑っていない。


「あの子は人一倍愛情がわからなくて、人一倍愛情に飢えてる。あの子を支えられないならあの子を突き放すんだよ、リヴァイ。」

「なんでテメエにんな事指図される筋合いがあんだ。これは俺らの問題だ。」


「リヴァイ一人じゃ解決出来ないから私が口を出してるんだよ。」

「だいたい、テメエにミラの何がわかるんだ。」

「今のリヴァイよりはミラを分かってる。…どうするの、リヴァイ。」


それは疑問ではなく追求だ。
ハンジの目は答えろとしか書いていない。
リヴァイは盛大な舌打ちをした。
答えなんて決まってる。本当は見合いの話が来たと聞いた時からその手紙を燃やし、ミラを自分の部屋に閉じ込めようかと思った。
しかし、いい大人がんなこと出来るわけもなく。また、リヴァイは素直に自分の気持ちを言えない男だった。


「ミラが大切ならプライドも性格も関係無いよ。」



決してハンジの言葉に乗せられたわけじゃない。
ただ、そうきっとハンジに言われる前から腹は決めていたのだから。
そう思うとリヴァイはハンジに背を向けて歩き出した。
扉に手をかければハンジの声がした。


「何処いくの?」

「……散歩だ。」



そう。なら気を付けて。とハンジは嫌な笑みを浮かべて手を振っていた。
リヴァイの散歩先などお見通しと言わんばかりに。




















「……っ、く、」


グズグズと止まらない涙を拭う事無くミラは荷物を纏めていた。この見合いはいわば政略結婚への招待状だ。行けば絶対に帰れない。そんな事は継母の手紙から感じられた。
父が連れて来た継母はとても美しく残虐だった。
コッソリと毒を盛られた事もあるし、彼女の側近に何度も命の危機に晒されたか。だからこそミラは継母が苦手だった。父もそんな継母の行動を知っていながら止めなかった。死なない程度にやる継母。それに父が継母にいたく惚れ込んでいるのもあり、まだ絶対的に自分を殺そうとしていないことから父は何と見て見ぬ振りをしたのだ。
腐った貴族の風習。だからこそミラは継母が自分を兵団に入れた時も抵抗しなかった。こんな腐った両親といるよりは兵団にいた方がまだマシだと思ったのだ。


「やっぱり、誰かに愛されたいなんて我儘だったんだわ。」



そう言ってポタリポタリと落ちる涙に苦笑いを浮かべた。
確かにそうだとは分かっていた。これは自分の問題なのだから彼に止めてもらいたいなんて私の我儘で、彼の言う通り私の問題なのだから彼には関係無い。
断るなら私が断らなきゃいけないし、行くとしても私が行くしかない。結局、私の問題なんだ。

それでも、そうと分かっていても、



「せめて、行かないでくらいは…聞きたかった。」


「そう言えば満足するのか。」


「……え?」



そう言われ、振り向けばそこには腕を組んで扉に背を預けて佇むリヴァイがそこにいた。



「そう言えばミラは見合いもせず、何処にも行かないのか。」


「…っ、知りません。どうせハンジに謝れって言われたのでしょう?大丈夫です。一人で何とかしますから。」



あぁ、どうして素直に言えないのか。そうです。あなたに一言でもそう言って貰えたらいいのだとそう言えたらいいのに。



「誰かに謝れと言われて謝られても困ります。大丈夫です。私、夕方にはここを出て準備に入りますから。」



口を開けば素直じゃない言葉達。違う。本当はこんなこと、言いたくないのに。



「……そうか。わかった。」


「………っ、」



そう言われ、カツンカツンと足音がした。
あぁ、これで本当にさよならなのだと。そう思ってグッと目を瞑ればふわりと自分を包むぬくもりに目を見開いた。


「………え、…?」

「ミラがどうしようか関係ない。だが、行くならその足削いででも行かせねえ。それでも行くなら今度はその目を潰して見えなくしてやる。」


「リヴァイ、さん…?」



おずおずと首に回らせたその逞しい腕にそっと触れれば、頭の上で鼻で笑われたのがわかった。



「それでも行くか、ミラよ。」


「どうして今言うんですか。……素直に行かないでって言えないんですか。」


「素直に言えたら苦労しないだろうが。ったく、面倒な女を持つと苦労しかしねえ。」


だが、いい女でもあるがな。そう言ったリヴァイの声は柔らかく、ぶわりと涙か溢れた。


「好きだの愛してるだの、まぁたまには言葉にはしてやる。だから大人しく隣に立ってろ。」



じゃねえとクソメガネが煩くてたまらん。そう言っていたけれど、振り向かなくてもわかる。彼はきっと顔を赤くして、らしくない台詞を言ってくれたのだ。
だから涙は止まらなくて、嗚咽を零す事しか出来ない。


「…っ、狡いです。そんな事言うなんて…狡いです…っ、」


「………、」


「でも、そんな狡い人が好きで好きで堪らない私は、きっともうダメですね。」



貴方じゃなきゃダメなんですよ。ボロボロと涙を流しながらそう言えば、更に強まる腕の力にまた涙しそうになった。



「わかったらさっさと泣き止め。…流石に堪える。」


「ふふ、あなたでも泣かれるのは困りますか?」


「いや、そっちじゃねえよ。」


「……はい?」


「泣かれるのはちと堪えるが、啼かせるのは好きなんだがな。」


「………っ!ばかっ!」


そう言えば鼻で笑う彼に思わず笑みが浮かべた。


その後ニヤニヤと笑うハンジにからかわれて顔を真っ赤にしたミラと不機嫌になったリヴァイがハンジをめっためたに蹴ったのはまた別の話。














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