手放す覚悟は1
「おめでとうございます。三ヶ月ですね。」

「…え?」


頭が、真っ白になった。目の前の女医さんがなに言ってるか本気でわからなかった。
ううん、心当たりは大いにあったし別に不特定多数の男性と付き合っているわけではない。
ちゃんと、お付き合いしている人はいる。こど、こんな時に…。

ぎゅうっとスカートを握って俯いている私に女医さんは私の手を取った。いつまでも何も言わず、俯いているのに気付いて真剣な眼差しを向けていた。

「…あなたが望むならもう一つの選択もあるのよ?」

「そ、れは…。」

「よく考えてね。…次は彼氏さんと一緒にいらっしゃい。」

私を不安にさせない為か、女医さんは優しかった。
…私だって、産めるなら産みたい。大好きなあの人の…リヴァイさんとの子供なら尚更。
けど、今は…。

そう思ってフラフラとした足取りで病院を出た。

「(ここに、赤ちゃんが…)」

まだ膨らみの無いぺったんこなお腹に手を当てると凄く泣きたくなった。

「(私が…私がお母さん…)」

彼に言うべきだろうか。いや、言うべきなんだろうけど、時期が悪すぎる。だって、彼は…


「ミラ、終わったのか。」

「え…リヴァイ、さん?」

そこには病院の正面玄関に背中を預けてこちらを見るリヴァイさんがいた。

「あれ…、あそこのコンビニで待ち合わせじゃ…、」

「面倒くせえだろ。わざわざ道路向かいのコンビニで待ち合わせなんざ。」

「あ、ありがとうございます…。」

「…いくぞ。」

そう言ってリヴァイさんは私から鞄をさり気なく取ると歩き出した。あ、歩幅あわせてくれてる…。
車に着けば、必ず私がシートベルトを付けたのを確認してからエンジンをかけている。…こんな小さな優しさがじんっと胸にしみた。


「んで、なんか病気だったのか?」

「あ、…えっと、…ひ、貧血だそうです。大したこと無いみたいでした。」

「…そうか。」

言えなかった。だって、そう言ってリヴァイさんはあからさまにホッとした表情でガシガシと私の頭を撫でてくれたから。
ここ最近の体調不良が酷く、眩暈や貧血が酷くて同僚からも口々に病院へ行けと言われていたのだが、本当に最近は忙しくて定時に上がれるなんて事は無かった。
そうこうしている内に本当に気持ち悪くなって昨日、とうとう倒れてしまった。
今まではリヴァイさんは仕事に支障をきたさなないから黙っていてくれたけど今回はそうは行かないらしい。
有り余る有給を強引に使わせて今日だけ私の休みをもぎ取ってくれたのだ。
彼は流石にチーフとして一日は休めないので半休だが、それでもせめて病院からの送り迎えをと、わざわざ休んでくれたのだ。
今、とても忙しいのは凄く知っている。けれどそんな中私を優先してくれた恋人に私は泣きたくなった。
嫌な訳じゃない。嬉しくて、自分が情けなくて。
黙りな私を不審に思ったのか、リヴァイさんは近くのコンビニの駐車場に車を止めるとグイッと私の顎を掴み、じっとこちらを見た。

「言え。本当は何だった。」

「…え、?リヴァイさん?」

「何年一緒にいると思ってんだ。…ミラの嘘くらい直ぐにバレんだよ。言え。本当は何だったんだ。」

「……っ、」

最早疑問じゃない。確信だ。けど、私も簡単に言えなかった。
だって、せっかく本社への栄転が決まったのに。なのに、言える?子供が出来たなんて。
きっと優しいこの人のことだ。私を連れて行くか転勤を蹴るかはするだろう。前者は良くても後者は避けなくてはいけない。…私が、この人の妨げになってはいけない。

「あの、本当は…、」

「………。」

真っ直ぐな眼差しに言ってしまいそうになる。私一人でなんて子供を育てられる訳が無い。現実を見たら彼に相談するのが一番なのは分かっているのに。なのに私は皆まで言えなかった。最悪が過ってしまう。

「…早く言え。俺は気が長くないのは知ってる筈だ。なぁ、ミラよ。」

「ま、まって、ちゃんと、言うから少し時間が欲しいの。ちゃんと、リヴァイさんには言います…から。」

「…今言えねえのか。」

「出来れば…。二、三日中には言いますから。大丈夫。今すぐ死ぬような病気じゃないです。」

へラリと笑って言えばリヴァイさんは仕方ないと言った表情でため息をついた。

「…病気じゃないんだな?」

「はい。それだけは絶対です。」

「わかった。…二、三日だからな。」

「…はい。」

まったく、なんで待たせるんだと言ってリヴァイさんはゆっくりと唇を寄せてきた。
私はそれに逆らうわけも無く、そっとそれを受け入れた。
思わずぎゅうっとリヴァイさんの裾を握れば「そこじゃないだろうが。」と言って私の手を背中に回させた。


「…ん、ぁ、」

「……はっ、」

長い長いキスの後、ようやく解放され頭がぼぅっとした。
リヴァイさんは正直、キスが凄く上手いと思う。まぁ、私が彼しか経験がないというのもあるかも知れない。
ぽすん、と彼の胸に頭を預ければ不器用ながらにも撫でてくれた。

あぁ、この温もりを手放す覚悟は私にあるのかな。
そんなの、無い癖に考えてしまうのはまだまだ私が甘いから。
けど、まだ許されるよね?
そう思って目を閉じた。

その時気付かなかった。リヴァイさんが私の鞄から覗く母子手帳と妊婦バッチを見ていたなんて。















続きます。






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