花瓶に差された一輪の花。その花が意味することも彼の意図も分からない。
学も無ければ才も無い私はその意味を汲み取ることは出来ないのだ。
ぼんやりと花瓶に差された一輪花を見つめ、溜め息をついた。どれだけ見たって答えは出ないし、意味も理解出来ない。ただ私に出来ることはこの花を枯らさないことと、今日を生きていくことだけ。
街外れにあるこの家はお世話にも綺麗とは言えない。所々は壊れ、屋根は穴が空き壁だって脆い。それでも地下に比べたら完璧とは言えないけれど雨風を凌げるし、寒さを凌ぐための毛布もあるし少し固いベッドだってある。
全ては彼、リヴァイと居たい為だった。
リヴァイと居る為に今まであった地下での生活を捨てて地上に来たのだ。
何年もかけて守った寝ぐらも秘密の水のありかも全て捨てて、全く当てのないここに来るのはとても勇気がいることだったし、とても不安だった。けれどリヴァイはそんな私にどこまでも優しくしてくれた。
「今の俺に出来るのはこの家で精一杯だ。…暫く、辛抱してくれ」
そう言って私に手を差し伸べるリヴァイに文句なんて無かった。
確かに家は古びていて綺麗ではないけれどそんな事はどうだって良かった。ただ、リヴァイとの繋がりがあれば。
「…なんて花なのかな。…きれい」
そっと指で花に触れればふわりと香る甘い香り。キツくもなく、しつこくもないこの香りはミラの好みだった。
「何のお祝いなんだろう。…誕生日はまだまだだし…特におめでたい事も無いし…」
「リヴァイは意味もなく贈り物したりする柄じゃないし……なんでだろ?」
考えてもわからないのは仕方ないのかも知れないが疑問に残る。
昨日、ただ渡されただけで「やる」とも「飾っておけ」とも言われていない。ただ無言で渡され、「後でまた来る」と言って休むこと無くリヴァイは去って行った。
「特に意味なんてないのかな?…それはそれで珍しいけど」
そう言って立ち上がれば控え目なノック。
リヴァイならば一回ノックしただけで勝手に入るから何回もノックしているあたりリヴァイではないのだろう。こんな古びた家にどんな人物が来るのだろうとミラは首を傾げながらゆっくりとドアを開けた。
「…久しぶり、ミラ!」
「え?ハンビさん?」
「ハンジだからねミラ」
「ああ!巨人大好きなハンジさん!」
「ミラ…あながち間違いではないけどそれは……まぁ、いいか」
そう言ってハンジは「お土産だよ」と言ってバスケットをミラに手渡す。かけられていたハンカチを取れば中には沢山のパン。
「わあ、ありがとうございます!」
「こんな所じゃパン買いに行くのも大変だろう?」
「そうなんですよー。それに最近パンも高くて…」
「最近物価も上がっているからね。それは痛みにくいらしいから少しは日持ちするらしいよ」
「高かったんじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫!全部リヴァイにツケといたから!」
「それ、ヤバくないですか?」
「ミラにあげたって言えばリヴァイって結構ちょろいから大丈夫だよ」
「……ハンジさんが黒い」
ガタリと音を立ててハンジは椅子に座ればミラはバスケットを置いて火を起した。
そんなミラの後ろ姿を見ながらハンジはぐるりと家を見回した。屋根は穴が空き隙間風は容赦無く入ってくるのは前と変わりないのに何処かこの家には暖かさを感じる。
この暖かさが癖になってしまうからか、リヴァイに何て言われようが睨まれようがついつい来てしまうのだ。もちろん、手土産を忘れずに。聞いた所によればハンジだけでなく最近ではエルヴィンも来ているらしい。
そう思い、ふと視線をテーブルにやれば古びた家に似つかわしくない一輪の花。
最近生けられたのだろう。花びらも茎も葉もみずみずしく、香りもいい。
「ねえ、ミラ。この花どうしたんだい?」
「リヴァイが昨日くれたの。ハンジさんその花知ってる?」
「知ってるって名前かい?」
「はい」
そう言ってミラはハンジに紅茶を渡せばありがと、と言ってずずっと飲んだ。
そんなハンジを見ながらミラはハンジの向かいに座り、ハンジを見た。
「これはね、昇り藤って言うんだよ」
「ノボリフジ?」
「そう。昇り藤。ルピナスとも言うね。もしかしたらルピナスの方が名前として知られているかな?名前の語源はギリシャ語でオオカミを意味するらしいよ」
「へえ、詳しいんですね」
「まあ、ね。それで、花言葉がね…」
「花言葉?」
「そう、花言葉。花にはね、それぞれ花言葉ってのがあるんだよ。隠された意味って言えばいいのかな?その花が意味する言葉だよ」
「隠された…意味?」
「そう!口下手な人とか無駄に気障な奴とかが得意なんだよねー。リヴァイは知ってて渡したのかなぁ?」
「…………?」
「いや、だってこれの花言葉ってさ……」
「………?」
「『私はいつも幸せ』だよ?あと確か『あなたは私の心にやすらぎを与える』だったかな?……ミラ?おーいミラー?」
ひらひらとミラの目の前で手を振るもミラは固まってしまっている。
不器用なのは知っていた。けれど、彼はどういう思いの元にこの花を自分に送ったのか。
互いに何か言葉にしたわけではない。しかし花の意味を知り、何かが変わるのかもしれない。そう思うと段々と赤らんでいく顔を隠すように俯き、そっと花を見た。
きっと彼が帰るまで顔は赤いままだろう。
リハビリその1