『あなたがエレン?私はミラ。よろしくね』
そう言ってふわりと笑う彼女にコロリと恋をしてしまった。
彼女、ミラと初めて会ったあの日。兵長に手酷い演技をされ、ボコボコにされたあの日。母のような優しい手つきで傷を手当てしてもらったあの日。妹のような存在であり、幼馴染であるミカサにはない『何か』を確かに感じたのだ。
その日からだ。兵団内であの人がいないかと探してしまうようになったのは。以前のエレンならば何故ライナーがあんなに「クリスタ可愛い!可愛い!」と叫んでいるのか理解出来なかったが、今なら出来る。ああ、叫びたくもなるさ。
噂に聞けばミラさんはとても優秀な兵士らしい。そしてあのハンジの目付け役兼兵士長補佐も務める実力派。調査兵団の母とも言われてるらしく、彼女の存在に皆心癒されているらしい。そんな彼女を飢えた野犬…もとい、兵団の男共が放って置くわけが…と思いきや、皆彼女には一切手を出さないのだ。
優しくて可愛くて抱きしめたくなってしまうと言われているあの人に誰も指一本触れようとしない。何故だろうとエレンは思いつつも敵は一人でも少ないに限ると思い、気にしないようにしていた。
「あ、ミラさん!」
「あら、エレン?どうしたの?」
窓の外に見えた銀色に思わず声を上げた。
ふわふわと揺れる銀色の髪は思わず触れたくなるような髪だ。ミカサのような黒髪とは違う綺麗さに思わず顔を赤らめた。
「あらあら、そんな走ったら転ぶわよ?」
「いえ!俺、男なんで!」
どんな理由だよ。と思いながらも彼女に近付くとふわりと甘い香りが漂った。
「荷物持ちましょうか?」
「ううん、大丈夫よ。これ重そうに見えるけれどそんなに重くないから」
そう言ってにこりと笑いながらミラは両手に抱えた段ボールを軽々と持ち上げて見せるが、エレンはふるふると首を振った。
「いえ、ミラさんは直ぐに無茶をするから駄目です。こういう時こそ頼って下さいよ」
「けど…やっぱり悪いわ」
そう言って申し訳なさそうに笑うミラは「じゃあ、またね」と言って立ち去ろうとし、エレンは慌ててミラの前に回り込んだ。
「やっぱり女性に荷物を持たせたままなんて出来ません!それに俺は部下なんですから使っていいんですよ?」
「けど…。それにこれは……」
「テメエら何通路の真ん中に突っ立ってやがる」
「あ…へ、兵長……」
「あら…」
恐る恐る振り向けば眉間に皺を寄せ、余りよろしくないご機嫌のリヴァイがそこに立っていた。
「ミラ、いつまで待たせる気だ」
「ごめんなさいね、ハンジが中々仕上げてくれなくて」
「出来たのか」
「もちろんよ。しっかり(脅して)書かせたから」
「ならいい。早くしろ」
「はいはい、今行きます」
そう言って笑うミラからさりげなく段ボールを取り上げ、リヴァイはスタスタと歩いていく。そんなリヴァイに小走りでついて行くミラに今までポカンとしていたエレンがハッとしたように声を上げた。
「あの、俺は……っ!」
「ごめんね、あの人寂しがり屋さんだから。またね、エレン」
そう言ってヒラヒラと手を振ってリヴァイを追うミラにエレンは何も言えずその場に立ち尽くすしか無かった。
「エレンって可愛いわね。ちょこちょこ付いてきて…犬みたいで可愛いわ」
「いい加減教えねえのか、ミラ」
「教えるって何を?」
「知ってんだろうが。エレンがテメエに懐いてる理由なんて」
「ふふ、可愛らしいわね。それに何か可哀想になっちゃって」
「可哀想?」
「まさかこんな顔面凶器の人類最強様の恋人だなんて、言えないじゃない。何だが私を凄い偶像崇拝してるみたいだし」
くすくすと笑う姿は確かに可愛らしいと言えるだろう。しかし、リヴァイは知っている。その笑顔の裏に隠された恐ろしい素顔を。
笑顔で巨人を切り刻み、ハンジを脅し、有無を言わせない。そんなミラと知らずに恋い慕うエレンに対しリヴァイは最早同情すら覚えている。
「あら、あなたもまさか後悔しているの?」
にこりと笑いながらリヴァイを見上げるミラにリヴァイは鼻で笑った。
「ハッ。テメエの性格なんざ百も承知だ」
「あらあら、まるで私が性悪みたいな言い方ね」
「テメエ以上に腹の据わった女はいねえよ」
そう言ってくしゃりとミラの頭を撫でればミラは更に笑みを浮かべた。