よく晴れた午後。あぁ、洗濯日和だなぁ等とリヴァイが思って何の気なしに外を見てみればその視界の端に映った人影に思わず立ち止まった。
兵団本部の裏でしゃがみ込む女。その女はある意味で調査兵団の中で有名な女だった。
調査兵団の兵士達は他の兵団に比べて仲間意識が強い。それは定期的に行なわれる壁外調査のために自然とそうなっているのかも知れないが、ミラという女は違った。
常に無表情でピクリとも笑いもしない。仲間内で飲み明かす事も無い。そもそもミラという女が誰かと一緒にいる姿をリヴァイは見たことが無い。常に一人でどこか寂し気な姿は兵団で浮いた存在となり、そして悪い噂だけが一人歩きしている。やれ、夜な夜な遊び歩いているだとか、壁外調査で一緒の班員をアッサリ見殺したとか。それのどれもが噂であり、リヴァイ自身気にもしていなかったが、そんなミラが建物の裏で蹲っている姿はとても不思議だった。
「…何してんだ?」
そう、それはただの興味。特別彼女に特別な思い入れがある訳でも無かったし、ましてや彼女は自分の班員でもない。
立ち止まり、じっとミラを見ているとミラの影からスルリと何かが出てくる。
少し薄汚い白い子犬。その犬に彼女は食べ残したであろうパンを与えていた。
「ほう…」
昔から、人付き合いは苦手だった。両親を早くに亡くし、親戚を転々としここという自分の居場所もなく過ごしてきた私が兵士になるのは自然な事だった。
初めに身を寄せた叔父の家では叔父に襲われそうになり、男の醜さを教えられた。その次の家では兄弟達と折が合わず人間の狡猾さを教えられた。その次の家では叔母に女の醜さを教えられた。この世界は何処までも醜くて、残酷な世界。けれどそんな世界でも一つだけ、醜くない存在があった。
「ふふ、美味しい?…ごめんね。食料難だからこれしかないのよ」
そう言って少しガサついた毛並みを撫でればパタパタと尻尾を振る子犬。
この子がここに住み着いたのは数ヶ月前だ。たまたま見かけた時、すっかり弱りきって憔悴していたこの子を見捨てられずたまたま持っていたパンを与え、毛布を与えたのがきっかけだった。
人が苦手な私がこの子に心を開いたのは自然な事で、いつしか毎日この子の元へ通い自分の残したパンや食料を持ち与えてやるのが日課になっていた。
「あなたはいいわね。……人間は面倒臭いわ」
「あぁ、確かにそうだな」
「………え、?」
ジャリ、と土を踏みしめる音に振り返ればミラはその穏やかにしていた表情を一変させた。
「リヴァイ、兵長…」
「なんだ、さっきみたいな顔できんならずっとそうしとけ」
「……それは命令ですか?」
「いや、お前に任せる」
そう言ったリヴァイが言うとぐるると唸る声がすると思い振り返れば、子犬が唸っている。
そんな子犬を制していればリヴァイはそんな事に構うことなくツカツカと近付いて来る。
「……兵長?」
「犬は悪くない。主人への恩を忘れないし、何より主従を理解出来る」
「だから、何ですか」
「この犬は素質がある」
「………」
「だが、主人が誰か教えねえとな」
そう言って子犬を睨むと子犬はすごすごと後退り、そのまま立ち去ってしまう。
「ぁ、……」
「…行ったか」
「………」
「さっきみてえな顔はもうしないのか」
「やれと言われてやれるほど器用な人間じゃないんです」
「…知ってたが、ここまでとはな」
「なら、………」
そう言ってミラがリヴァイを見上げればそこにあったのは今まで見たことのない、顔だった。そこには醜さも狡猾さもない、ミラの知らない人間の顔。
「なんだ、やっぱりただの女じゃねえか」
「……人を何だと思ったんですか」
「表情が無いとか噂があったが…そんな顔も出来るんじゃねえか」
「……、」
「そうやって困った顔してんのも悪くない」
そう言ってくしゃりとリヴァイはミラの頭を一撫でして一瞬だけ穏やかに笑うとそのまま背を向けてしまう。
「また明日、ここで」
「………ぇ、?」
「明日の約束をするのも悪くねえ。なぁ、ミラよ」
覚悟しとけ。そう言い残してリヴァイはスタスタと歩き出してしまい、リヴァイが立ち去るとミラはへにゃりとその場に座り込んでしまう。
「なん、だったの…?」
けれどあの顔は今まで見たことのない知らない顔。今日初めてまともに口を聞いた人間なのに、と。きゅうっと痛む胸を抑えてミラはリヴァイの立ち去った方をただただ見つめていた。