ふたり
いつからか、なんて覚えてはいない。
昨夜も朝方までぐちゃぐちゃに甘やかされて、腰が砕けるくらいに愛されて。
あんなに情熱的なのに、起きたらいつも隣はもぬけの殻。そんな彼に溜め息をついてフラフラになりながらベッドを降りればいつも通りソファに綺麗に畳まれた昨夜私が着ていた服達。
そっと彼が寝ていただろう隣を触ればひやりとしてどのくらい前に彼が部屋を出たのかを物語っていた。


「……兵長…、」


仕方ないな。そう言って優しく肩を抱き寄せてくれる逞しい腕も頭を撫でてくれる肉刺だらけの手もここにはない。
溜め息をついて濡れたシーツを剥がし、そのままシーツを洗濯籠へ入れてシャワールームに入る。ドロリと中から流れてくる感覚に、泣きたくなった。無数に散らされた所有印も中から流れてくる感覚も全て愛しい彼のものなのに、どこか寂しい。











シャワーを浴びてそのままフラフラになりながら食堂へ行けば人で溢れ、ごった返していた。


「おーい!ミラー!」

「あ、ハンジ…」

「こっちこっちー!席とっておいたからー!」

ブンブンと右手を振り、声を上げるハンジにミラはふわりと笑って手を振る。



「いつもありがとう、ハンジ」

「いいって!いいって!ほら、座りなよ」

「ん。ありがとう」


そう言ってハンジの隣に座れば、ハンジの隣に座る兵長をチラリと見てまた、溜め息。
付き合えば、恋人同士になれば少しは近付くと思った。
憧れがいつ恋に変わったかなんてわからない。けれど、きっと関係が変われば追い掛けるだけの日は終わるって思ってた。隣を歩いて、同じ目線であれるって。けれど、現実は違くて。
ねえ、どうして私達はまだハンジを間に挟んで座っているの?





「じゃあ、これはこちらにまとめてしまいますね。あと、来月の壁外調査の陣形は少し見直しが必要ですね。ここに新兵ばかりでは厳しいのでは?」

「確かに、そうかも知れないな。しかし、陣形を変えるならリヴァイを呼ぼう。あとハンジもだな」

「わかりました、団長」

「いやいや、有能な補佐がいると助かるよ」

「団長ったら、もう。私は大した事はしていませんよ?」

「わざわざ私が引き抜いたんだ。君は実に有能な補佐だよ。もっと自信を持ちなさい」


そう言われ、優しく肩を叩かれる。
そう。私は元はハンジの無茶をモブリットと二人で止めては、毎回の壁外調査で「巨人の生け捕り」という無茶を叶えるために奔走する一介の兵士に過ぎなかった。よくてハンジの助手。悪くてハンジの生贄。そんなわたしに団長は声をかけてくれたのだ。


『どうか私の補佐役をしてくれないか。リヴァイから有能な子がいつかハンジの実験で殺されると聞いてね』



そう言われて差し伸べられた手に私は迷わず手を延ばした。
ずっと、憧れていた兵長が自分を見ていてくれたことに、兵長と少しでも長くいられると喜んだ。実際、団長の補佐は確かに多忙を極めていて、大変だけれどハンジ程の危険性はない。それに団長は絶対無理は言わない。体力ギリギリになれば必ず団長は休憩を挟むか次の日に回してくれたりしてくれた。だから団長の補佐は全然苦ではないし、やりがいもある。しかし、兵長に近付けると思ったのに近付くどころか少しずつ距離はあいてしまっている。


二人を呼ぶために部屋を出ようとドアに手をかけて、後ろの団長に問いかけた。



「団長、男女の仲って……難しいですよね」

「……ミラ?」

「なんでかな。前は、一緒に居れれば…目が合うだけで幸せだったのに…。私、我儘で…」

「ミラ、おいで」

「わ、わたし、どんどん…彼を知るたびに欲しくなって、欲張りになって…」

「いいから、おいで」



そう言われて振り向けば団長はただ穏やかに笑っていた。
そんな団長にゆっくりと近付けば、そっと頭を撫でられる。


「それは我儘ではないよ、ミラ。ありがとう、ミラ。リヴァイを愛してくれているんだね」

「……っ、…」

「リヴァイは不器用だからね。きっと君に伝わりきらないんだろう。だから、伝えてみなさい。手を繋ぎたいということも一緒に居たいと思う事は悪いことではないんだよ」

「ほ、…んと、ですか?」

「ああ、だから伝えてみなさい。きっとミラなら大丈夫だ。私が保証しよう」

「ふえええ、だんちょ、…っ!」

「よしよし。君はいい子だね、ミラ」


不安だった思いも寂しいと思う事も悪くないのだと、頭を撫でられながら泣き出してしまった私に団長はいつまでも優しく撫でていてくれた。









「ん、……っは、ぁ、…」

「……っ、は、」


ドサリと隣に倒れこむ兵長にそっと手を差し伸べれば拒まれる事無く手を握り、そっと頭を撫でられ腕枕された。
行為が終わった後独特の疲労感と香りにももう、慣れた。
兵長は言葉少なだが、行為が終わればこうして手を繋いで、額に張り付いた髪をどけてくれたりしてくれる。
とろん、と落ちてくる瞼になんとか堪えようとするが、毎日毎日遅くまでの行為は流石に応えるわけで。
ウトウトとしながらも必死に目を閉じまいとしている私に気付いた兵長は小さく溜め息をついて頭を撫でた。


「寝ていいんだぞ。さすがにキツかったか…」

「や、…や、です…」


ふるふると緩く首を振るが落ちてくる瞼に必死に抗う。


「どうした。いつもなら素直に寝るだろうが」

「や、…や、です。…だって、ね、たら…」

「……?」

「ね、たら、…へいちょ、…いなくなって…や、です」

「……っ!」

「や、です。…さび、し……、から、や、です」


「……ミラ、」

「へいちょ、…わがまま、ごめ、なさ、へいちょ、…」

「ったく、人の気も知らねえで」

「…ん、…ん」



こてん、と落ちてくる確かな重みと閉じられた瞼にリヴァイは深い溜め息をついた。


年甲斐もなく年下の恋人に骨抜きにされている。
漸く閉じられた瞼にそっと触れ、その柔らかな唇に触れればやはり抑えるなんて出来ない。


「クソが。可愛いすぎるだろうが」


返ってくるのは静かな寝息。
あどけない寝顔のミラを見てリヴァイは舌打ちした。
顔を見れば甘やかしたくなる。仕事で見かければエルヴィンから引き離したくなる。朝顔を見ればまた抱きたくなる。
常にどろどろに甘やかして、自分無しではいられないようにしたくなる。
そんな汚い大人だというのに、必死に縋り付いてくるミラを離したくても離せない。


「覚悟しとけよ。先に仕掛けたのはミラだからな」


そう言って何時もならミラが寝てすぐに出るベッドへと横になり、すやすやと眠るミラを引き寄せた。

珍しく素直に甘えてきた年下の可愛らしい恋人は朝、どんな反応をするのだろうか。
そう思い、リヴァイはゆっくりと目を閉じた。

きっと、朝になれば二人の関係はまた変わるのだろう。









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