あなたに触れる
「ほらほら、横になってくださいよ」


ぽんぽんと自身の膝を叩いてそう言うミラにリヴァイは溜め息をつくしかない。どうしてこうなったのか。ふわりと笑う恋人は可愛い以外の何物でもない。その恋人が指し示すのがベッドなら喜んで飛び込んだだろう。しかし、恋人が指し示したのは彼女の膝だ。


「さすがに俺が乗ったら足が痛くなるんじゃないか?」

「もう!リヴァイさんの頭一つくらい平気ですから!」

「だが、さすがにこれは…」



愛しい恋人に膝枕をしてもらう。普通ならば男としてはとても魅力的な誘いであるし、それを断る理由もない。
しかし、明らかに自分より小さく華奢な彼女の足を見て思ってしまうのだ。本当に自分の頭を乗せても大丈夫なのかと。


「もう、リヴァイさんは心配しすぎなんですよ」

「頭だけならまだしも首の重さも入るんだ。軽いもんじゃねえだろうが」

「なんで膝枕一つで足の心配されるんですか…」



はぁ、とミラは溜め息をついた。
最近疲れ気味のリヴァイを見ていて何か疲れを癒す方法はないだろうかと考え閃いた膝枕。
たまには素直に甘えて欲しいと。恋人らしくしてみようと言えば最初は乗り気だったリヴァイなのに、いざ膝を出してみればその膝を見てリヴァイはやらないと言い出したのだ。
男の頭が乗ったら足が痛むだろうと。


「ほらほら、早くして下さいよぉ」

「それが違う内容なら喜んでやるんだがな」

「……リヴァイさんのエッチ!」

「何が悪い。ただの上司と部下なら仕方ねえがそうじゃないだろうが。恋人に突っ込むことの何が悪い」

「……堂々としてますけど、言ってることがエッチです」


ムッとしながらそう言えば意地悪く笑うリヴァイ。しかし、彼は未だに膝に乗る気はないようだ。
そんなリヴァイにどうしたものかと考えるミラだが、ふと過った考えにふわりと笑った。


「…なら、いいです。リヴァイさんが乗ってくれないならエレンを膝枕しますから」

「オイ、ミラ…」

「素直に甘えてくれないリヴァイさんなんて知りませーん」


恋人だからこそ甘えたい。甘えられたい。そんな細やかな気持ちが何故この聡い兵士長は分からないのか。
何時もなら嫌なとこまで察するのに、とミラはた溜め息をついて立ち上がる。
こんな安い売り言葉に反応してくれるのに、肝心な言葉はくれやしない。

しかしここまで来たらミラも後には引けない。仕方ない。ハンジの所で紅茶でも飲むかと思い、クルリと向きを変えればガタリと後ろから物音がしたと思えば思い切り腕を引かれ、きつく抱き締められる。



「え?ちょ、…え?」

「堂々と浮気宣言とは偉くなったもんだなぁ?ミラよ」

「え?ええ?浮気…?」

「…ッチ。座れ」

「はい?」

「いいから座れ」


有無を言わさないその目にミラは黙り込んだ。
おずおずとソファに座れば不本意そうに隣に座り、そのまま迷うことなくその頭をミラの膝の上に乗せた。


「え?どういう心境の変化ですか?」

「ああ?しろしろ言ったのはミラだろうが」

「いやいや、確かにそうですけどそんな超不本意そうにするなら無理しなくていいんですよ?」



そう言えばリヴァイさ更に眉間に皺を寄せ、舌打ちをした。


「それにするならちゃんと頭乗せて下さいよ。首、浮かせてたら辛いでしょう?」

「…知らん。大体テメエの膝は…」

そう言って頭を乗せようとしないリヴァイにミラは溜め息をついた。全く、素直なんだか素直じゃないんだか。


「ほらほら、こうしてー」

「オイッ!」


いつ迄も首を若干浮かせているリヴァイの頭をぐいっと押してその頭を膝に無理矢理乗せると珍しく焦った表情のリヴァイに少しだけミラは悲しげな顔をした。


「…そんなに嫌?」


いくら心配性だからといえここまで拒絶されればさすがにミラだって傷付く。
ゆっくりと膝に乗ったリヴァイの頭を撫でれば何も言わないのでそのまま撫で続けるとやがて諦めたような溜め息を一つ吐いてリヴァイはゆっくりとミラの膝に頭を預けた。


先程とは違い、暖かくそれでいて確かな重みが膝に乗るとミラはゆっくりと笑いながらリヴァイの頭を撫でた。


「…痛くねえか」

「大丈夫ですよ。あなた一人くらい平気です」

「だが、重いだろうが」

「心配しすぎですよ。…たまにはいいじゃないですか。こんなのも」



恋人っぽくて。と笑えばまたもやムッとした表情をするリヴァイにミラは首を傾げた。


「っぽいじゃなくてそうだろうが」

「けど普段こんなことしてくれないじゃないですか」

「馬鹿言え。こんな所他の野郎に見られたら示しがつかねえだろうが」

「私と二人の時くらい、いいじゃないですか」

「……考えておく」

「ふふ、お願いしますね」


ふわりと笑うミラの手を取れば抵抗なくするりと指を絡めて緩い力で握られる。
この柔らかな膝も細い指もあんな巨人に立ち向かう姿からは考えられないくらいに細く、そして今にも壊れてしまいそうだとリヴァイは思った。

この細い指で剣を握り、この頼りない足で木々を駆けるなんて誰が思えようか。
そんなことを考えているとは露知らず、ミラはただ愛おしげにリヴァイの頭を撫でゆるゆると手を握っていた。


「ふふ、なんだかいいですね」

「ああ?」

「次はリヴァイさんが膝枕してくださいね」

「男の膝なんて硬くて肩凝るだけだろうが」

「リヴァイさんの膝枕がいいんですもん。私肩凝りとか大丈夫ですから」

「ったく、知らねえぞ」


そう言いつつも仕方ないと諦めたリヴァイの表情にミラは笑う。
どうか自分と居る時くらいは安らいで欲しいとそう願いながらゆっくりと閉じる瞼を見て、そっと手を握り締めた。













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