「むぅ、どうしよう…」
手に取って時計を見て、溜息。
何回繰り返したのかは分からない。
ミラが手に持つのはリヴァイが着古したシャツ。襟元と袖が伸びているから捨てておけと今朝渡されたものの、ミラは未だに捨てきれずにいた。
いや、確かに着古したのだから捨てるべきだ。雑巾にしようにもワイシャツだから雑巾にも出来ない。
穴の空いた靴下やよれたハンカチは直ぐに捨てられるのにこのシャツだけは気軽に捨てられない。
チラリと時計を見ればもうすぐリヴァイの帰宅時間だ。愛しい旦那様のために夕飯の準備もお風呂の用意もバッチリだ。
後はリヴァイの帰りを待つだけ。
それにしても、とミラは手元のシャツを見た。
リヴァイは確かに小柄な部類に入るが確かに男の人なのだ、とシャツを見てまざまざと思い知らされた。
やはり肩幅は広いし、丈だって自分が着たら長くなりそうだ。
チラリ、と時計を見ればまだ7時前。
「少し、だけならいいよね?」
どうせ捨てられてしまうのなら、一度だけ。とミラは着ていた衣服を脱ぎ去るとするりとリヴァイのシャツに袖を通した。
「え?やだ、リヴァイさんって腕こんなに長いの?」
腕を通してびっくり。袖から手が出ない。肩だってブカブカだし。
恐る恐ると姿見の前に立ち、自身の姿を見れば何とも言えない自分の姿。
やはり、丈も長い。ギリギリ太腿が隠れるくらいまでだが、パジャマとしては申し分ないだろう。
「一度、やってみたかったんだよね。彼シャツ」
潔癖性の彼を思えば彼シャツなんてしたいと言えなくて、今まで出来なかったのだ。それがこんな形でだが、念願叶っての彼シャツ。なるほど、確かにこれはいい…かも。
「なんか、リヴァイさんに抱き締められてるみたい…」
ふわりと香る彼の香りに思わずニヤニヤとしてしまう。すん、と袖の香りを嗅げばだらしなく笑ってしまう。
「やっぱり捨てないでおこうかな。コレあれば残業あっても我慢できるかも」
多忙な彼が残業するのは仕方ないこと。
生活の為に働いてくれている彼に寂しいなんて言えやしない。
だからこそ、そんな夜のためにもこれはいいかもしれない。
「えへへ、なんか愛されたあとみたいー」
そう言って時計を見ればもう7時を過ぎている。あぁ、確か7時には帰って来ると言っていたからもう着替えなくては。
確かメールも着ていた。そう思いボタンに手をかければ後ろからバサバサと何かが落ちる音が聞こえ、何事かと振り返れば手に持っていただろう書類が床にばら撒かれ、珍しく目を見開いたリヴァイさんが扉に手をやったまま固まっていた。
「あ、お帰りなさい!リヴァイさんっ!」
「ミラ…それは…」
「ご飯出来てますよ。それともお風呂にしますか?」
「………、」
どちらにしますか?と首を傾げていればリヴァイさんはいきなり口元に手をやり、俯いたまま黙っている。
何かあったのかな?お仕事大変だったのかな?
「あ、そうだ!」
自分が今どんな格好をしているかなんてすっかり頭から抜け落ちていた私はリヴァイさんに近寄り、空いていた左手を取ってリヴァイさんを見上げてニッコリと笑いながら言った。
「それとも私にします?……なーんて。えへへ、じょうだ……ひゃああっ!」
ほんの冗談のつもりで言ったのだが、その瞬間ガバリと抱き締められ思いっきり首筋に吸い付かれた。
「な、なにを…っ!」
「あぁ?んな格好して…喰って下さいって事だろうが」
「はい?……あ!」
そう言われてハッとした。そうだ、まだ着替えていないんだった!
「いえ、これはですね!あのっ…!」
「ほう、まさか間違いでした…何て言って済むと思ってないよなぁ、ミラ」
「そ、れは…」
ガシリと抱き締められているせいで逃げる事は叶わずジリジリと迫るリヴァイから少しずつ後ずさりするミラ。
そんな可愛らしい抵抗もリヴァイの前では無意味となってしまう。
最近、残業ばかりで寂しい思いをさせているというのはリヴァイ自身気付いてはいた。しかし、聞き分けのいいミラに甘えズルズルと今になってしまっているのが現状。
そんな多忙な中でようやく落ち着きを見せた仕事。久しぶりの定時上がりに密かに喜んでいたのはミラだけではない。
幸い明日は土曜日。二日もミラとゆっくりと過ごせるのだ。さぁ、どう可愛がってやろうか。いや、その前に久しぶりにお土産でも買って行こう。確かミラのお気に入りのケーキ屋はまだ開いていた筈だ。
善は急げとケーキ屋に早足で入り、いつものケーキを二つ購入する。このケーキだって普通に食べる気はさらさらない。どう食べさせようか。どう食べさせて貰うか。やはり膝の上に乗せて恥じらいながらも笑うミラを楽しむか。そしてその後は一緒に風呂に入り、そのままじっくりがっつりミラを頂こう。よし、決まった。そう歩きながら決心し、何時もより早足で帰る。
何時もなら鳴らすインターホンも待つ時間がまどろっこしいと鞄から鍵を取り出し、ガチャリと解錠して中に入り、リビングへと向かう。さぁ、お帰りなさいのキスの一つでも先に貰うかと思いながらリビングを開けば今までの思いを吹っ飛ばす兵器がそこにあった。
ミラが纏うあのシャツには身に覚えがある。今朝、ミラに捨ててくれと渡したシャツなのだから。
自分が背の低い部類に入るのはわかっていた。だからシャツも自然と大きくはない。
だが、目の前のミラにはやはり大きかったようで。
肩からずり下がるシャツもブカブカで指先も見えない袖も。チラリと覗く白い太腿。
それだけでも充分リヴァイを煽る効果があるのに、何も気付かない彼女は更に追い打ちをかける。
「それとも私にします?……なーんて」
冗談で言っていい事と悪い事があるというのを知らないのか。
そんなの即決に決まっている。抱きしめた小さな身体から香る自分の香りと彼女の甘い香りにくらりときた。
「ならお望み通り美味しく頂いてやる、ミラ」
「え?…え?」
「今日寝れると思うなよ。……孕むまで抱いてやる」
「は、はら…む?」
目を白黒させる彼女なんてお構い無しにまずは浴室へ。
床に落ちたケーキをチラリと見たが見ない事にした。ケーキよりも美味いものがあるのだ。先に食べなくてどうする。
ようやく事態が飲み込めてきた彼女は必死にもがくがもう遅い。
浴室へと放り投げられ、にじり寄るは悪魔かはたまたはただの下心の塊か。
その後、浴室で二回。脱衣所で一回。廊下で一回。寝室に入る頃には意識朦朧。
翌日、ミラの腰が立たずそのまままた美味しく頂かれたのは言うまでもないだろう。
アンケであった「彼シャツ」からやらかしてみました。