小さな身体に少し垂れ気味な目。ふっくらとした頬に艶やかな唇。その小鳥のように可愛らしい声で呼ぶのだ。
「お兄ちゃん、大好き」
と。だから私も……
「エルヴィン、てめえ何時までやっているつもりだ」
ガンッとエルヴィンの座る椅子に蹴りを入れれば、エルヴィンは涙目になりながらリヴァイを見た。
「何をするんだ!リヴァイ!折角のミラとの幸せな日常を…っ!」
「ただの妄想だろうが」
「妄想な訳があるか!あの子は何時だってあの天使の微笑みをだな…っ!」
「『最近お兄ちゃん頭可笑しい』って言ってたぞ」
「………なんて可愛い照れ隠しなんだ」
「本当に頭イってんな」
ウットリとそう言う長身の四十代は気持ち悪い以外の何物でもない。エルヴィンのただ一人の妹、ミラはエルヴィンが大学生の時に生まれた妹であり、多忙な両親に代わり一人でミラを育てたのだ。それこそオムツを変えたのだってエルヴィンであるし、箸の持ち方から勉強までしっかりとエルヴィンに仕込まれたと言っても過言ではない。教えたのではない。仕込まれたのだ。それこそ礼儀作法から言葉使いまでも。このままならエルヴィンの理想とする女性になるまであと一息。そこまで行った時にミラはある人と出会い、今までより大きく変わることとなる。それがリヴァイであり、ミラの恋人でもある人だ。
始めリヴァイとミラが付き合うとエルヴィンが聞いた時、それはそれは物凄い剣幕で止めた。止めろ、私の可愛いミラが泣くハメになる。それにミラは私の嫁にくる予定なのだからリヴァイとの交際は認めないと言って珍しく声を荒げ、まさかのちゃぶ台返しをしたのだからミラはその時確信したらしい。「あぁ、自分の兄は可笑しい」と。
「それにこれはミラの素直になれない本心を私が丁寧に書き上げたんだぞ!」
そう言って自慢気にパソコン画面を見せるエルヴィンにリヴァイは頭が痛くなった。
そこにはエルヴィンとミラの未来予想小説がつらつらと並べられていた。ちなみにパソコンのホーム画面はミラだ。当然らしい。
一体どうすればここまでおかしくなれるのか。そう思い頭を抱えていると、スッと伸ばされる細い手首。それは迷う事なくマウスを握り左クリックをして削除のカーソルにまた迷う事なく右クリックをした。もちろんごみ箱をカラにするのも忘れずに。
「全く、お兄ちゃんったらまたこんなの書いて…」
そう言って溜め息をついてカタリと冷えた麦茶を置くのは噂のミラだ。
エルヴィンは消された画面を見て肩を震わせている。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、ミラどう見てもアレは消されたショックだろう」
「だって、将来お兄ちゃんと結婚なんて考えられないもの」
そう言ってむう、と唇を尖らせるミラの頭をリヴァイは軽く撫でてやると未だに肩を震わせているエルヴィンを見た。
「エルヴィン、まあそんな気を…」
落とすな。そう、言いかければ徐にパソコンから抜き出したのは…
「大丈夫だ、ミラ。キチンとバックアップは取ってあるぞ!」
そう言ってエルヴィンは笑顔で振り向くと片手にはUSBメモリが。
「可愛いな、ミラ。全く、小悪魔か?いや、ツンデレか?ミラはどちらでも可愛いがたまにはデレないとお兄ちゃんも悲しいぞ?」
「…お兄ちゃん、コレでツンデレって言えるの?」
「だがな、ミラ。いいかい?最後はちゃんとお兄ちゃんの所に帰るんだよ?そして結婚だ。」
「それは嫌」
キッパリとそう言うもエルヴィンの耳には入らない。ミラの肩をガシリと掴むエルヴィンの目な真剣そのものだ。
小さく溜め息をついたミラがグリグリと態とエルヴィンの足を踏んでも可愛い照れ隠しだなの一言で終わってしまう。一体いつ自分の兄は壊れてしまったのか。ミラはぼんやりとそう考えた。エルヴィンの中ではミラがある程度大人になったらエルヴィンと本当に結婚するという壮大な計画があるらしい。ちなみに今リヴァイと付き合っているのは一時の気の迷いと思い込んでいるのだからタチが悪い。
「ね、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんは好きだけど男の人としてはリヴァイさんが好きなの。わかる?」
そう言ってリヴァイを見れば仕方ねえなと言ってリヴァイは麦茶の入っていたコップを置くと未だにミラの肩を掴むエルヴィンの手を払い除ける。
「いいか、エルヴィン。ミラは俺と付き合って、ゆくゆくは結婚するんだ。てめえは兄貴でしかいれねえんだよ」
「リヴァイさん…っ!」
そう言ってリヴァイはミラを抱き寄せれば見る見るエルヴィンの顔が険しくなっていく。
「……リヴァイ、君は私に喧嘩を売っているのか?」
「あからさまに今喧嘩を売っているのはエルヴィンだろうが」
「私の可愛いミラを誑かして楽しいのか?!リヴァイ!」
「どっからどう見たら誑かしてるように見えるんだ…」
「何処からどう見てもそうだろうが!」
そう言ってエルヴィンはガシリとリヴァイの右腕を握り上げる。ギリギリと嫌な音がしているのは気のせいではない。エルヴィンとはいえ他人に腕を触られているという嫌悪感とエルヴィンの強い握力に眉を顰めればその間に入り込む小さな影に思わずリヴァイは目を見開いた。
「…ミラ?」
「やめてっ!お兄ちゃん!」
涙目になりながらミラはリヴァイとエルヴィンの間に入り、キッとエルヴィンを見上げる。
「…、ミラ…どうして…」
「リヴァイさんにこれ以上酷い事したら、私…私…っ!」
「ミラ、よせ…」
「お兄ちゃんなんて、嫌いになるんだからっ!」
そうミラが叫べばピタリと固まるエルヴィン。
徐々に力は抜け、リヴァイの手首をズルリと離すと未だに石化しているエルヴィンとそんなエルヴィンを見上げて身体を震わせるミラ。
「…ミラ、わた、しを…嫌いに…?」
「だから、だから…もうリヴァイさんに酷い事しないで…っ!」
「ミラが…私の可愛い天使が…」
そう言って石化するエルヴィンを尻目にリヴァイの手を掴みずんずんと反対方向へと歩くミラ。
一人、蚊帳の外のリヴァイはミラに手を引かれるまま後ろのエルヴィンをチラリと振り向くと呆然としていた。
妹を溺愛するあまり過ぎる愛情を注ぐ兄とそれを必死に跳ね除けようとする妹。もしかして自分はこれから先もこの二人に振り回され続けるのかと小さく溜め息をついた。