知らぬは本人だけ
軽い舌打ちと共に久しく触れていなかった箱の感触に、思わず眉間に皺を寄せた。
慣れた手付きでそこから一本取り出し、マッチで火を付けて煙を吸い込む。そうすれば幾らか苛立ちが収まるかと思ったが、そうはならなかった。



「珍しいな、リヴァイ。煙草はやめたんじゃなかったか?」



そう言って正面に座るエルヴィンにリヴァイは隠す事なく嫌そうな顔をした。



「たまには、だ。普段は吸わねえよ。こんな馬鹿高い嗜好品」


「まぁ、確かに貴族の嗜みとも言われるくらいだからね。無駄に高いのは本当だ」



そう言って慣れた手付きでエルヴィンもまた懐から煙草を取り出すのを見てリヴァイは鼻で笑った。



「フン、無駄に高い嗜好品を好むのか、エルヴィン」


「私もたまには吸いたい気分になるさ。寂しい独り身だ。こういう嗜みはあっていいだろう?」


「そうやって貴族の女を誑かす、と」


「言葉が悪いな。私は彼女達に何も言っていないよ。ただ、世辞を並べているだけだ」


「それがタチ悪いんだよ。期待させるだけさせるんだからよ」


「本当に、なんでだか」



そう言って惚けるエルヴィンにリヴァイは狸爺めと笑った。



「そういうリヴァイだって一体どうしたんだ」



煙草を持ち直したエルヴィンはリヴァイを見てそう言うとフイとリヴァイは目を逸らした。



「別に…」


「普段吸わない煙草なんて吸って」


「………」



「あぁ、ミラか。確かナイルに声をかけられていたからな」


「知ってて聞いただろう」


「さあ?私は声をかけられているとしか知らないよ」


「胡散臭えんだよ」



そう言えばエルヴィンはただ笑うだけだった。つまりは知っていて聞いたのだ。なんて趣味の悪い。



「……調査兵団なんていないで安全な憲兵団でその実力を活かせと言われたらしい」


「いかにもナイルらしいな」


「毎回断っているらしいが今回もまた言われたらしい」


「ナイルは一度手に入れると決めたらとことんだからな」



エルヴィンはそう言うとくしゃりと煙草を灰皿に押し付けた。
リヴァイがここまで顔に出すほどの人物、ミラはリヴァイの補佐官であり壁外調査時のパートナーであり、恋人でもあった。
可愛らしい外見とは裏腹に一度敵とみなしたらとことんやるとこまでやる。それこそ敵なら容赦はしない。ミラとはそういう人だ。


「そのミラは今は何処に行ったんだ?」



「クソメガネに資料預けに行ってる」




そう言ってまだ長さの残る煙草を灰皿に押し付け、窓を開けた。
そのリヴァイの動きにエルヴィンは首を傾げた。



「随分もったいない吸い方をするな」



「あんまり吸うとうるさいからな。苦くて嫌いなんだと」



そう溜め息交じりに言うリヴァイにエルヴィンはただ目を見開いた。
何が苦くて嫌いなのか、言わなくても分かる。だが、あのリヴァイが年下の恋人のためにまさかこんな馬鹿高い嗜好品をアッサリと捨て、恋人のためにその臭いすらも残さないようにしてるなんて誰が想像できようか。
エルヴィンはその灰皿に押し付けられた煙草を見て、笑うとゆっくりと席を立った。



「まさかリヴァイが口付け一つのために動く男になるなんてな」


「……エルヴィン、」


「いやいや、お熱い二人を邪魔したりしないよ。邪魔者は去るとするか」



そう言ってヒラヒラと手を振り去って行くエルヴィンにリヴァイは隠す事なく舌打ちした。
そんなエルヴィンと入れ違いに入って来たミラの肩をエルヴィンはポンと叩いた。



「君は最高の恋人を持てて幸せだね」




そう言うエルヴィンにただただミラは首を傾げ、変に笑いながら去って行くエルヴィンをポカンとしながら見るしかなかった。


エルヴィンの姿が見えなくなり、部屋の主を見ればあからさまに嫌そうな顔をしながらコーヒーを啜るリヴァイ。ミラはただただ首を傾げるしかなかった。













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