この蒸し暑い季節は潔癖性のリヴァイにとってかなり嫌いな時期でもあった。出来れば暇さえ見つけたらその都度シャワーを浴びたいが、それは叶うわけもなく朝と夜だけだった。それでも充分だと周りが言うがこのベタつく感覚が気持ち悪いのだ。
だから夜も寝る間際になってからシャワーを浴びて少し風にあたってから寝るのがこの時期のリヴァイのお決まりになっていた。
今日も例に漏れず寝る前にしっかりとシャワーを浴びて部屋へと戻れば先に風呂を済ませたらしいミラがぼんやりと空を見上げていた。
その手に何か握られているが、リヴァイからは見えない。
年甲斐もなく年下の恋人を毎夜連れ込んでいる自分はきっと兵長として示しがつかないだろう。しかし、今では彼女無しの夜は中々に応えるのだ。
リヴァイが入ってきた事にも気付かず、ただ空を見上げているミラにリヴァイは小さく溜め息をついて扉を態と音を立てて閉めればゆっくりとこちらを見る灰色の瞳。
「あ、おかえりなさい、リヴァイさん…。」
「今日は随分早いな」
「ん、…ちょっと、」
「体調でも悪いのか?」
「それは、平気です」
そう言ってへにゃりと笑うミラにリヴァイは顔を顰めた。
何時だってミラという女は笑っていた。そのミラが泣きそうに笑ったのだ。何かあったと思わない方がおかしいだろう。
「…何があった」
「ほんと、何でもないんですよ?」
「なら、なんでんな顔してる」
「…そんな酷い顔してます?」
そう言ってぺちぺちと自分の頬を叩く恋人に溜め息しか出なかった。
全く、自分に無頓着なのもここまで来れば才能かも知れない。そう思いツカツカとミラに近付き抱き寄せればたいした力を込めるでもなく寄りかかる華奢な身体。
ゆっくりと頭を撫でてやれば目を細めていた。
「リヴァイさんに頭撫でられるの…私、好きです」
「そうか」
「なんだか安心するんです。この手で沢山の巨人を殺してても、この手で沢山の仲間を守った手でもあるから」
「………」
「守るだけの手なんてないから。だから私、リヴァイさんの手が好きです。嘘も偽りもないから」
そう言ってミラは頭を撫でる手を取ると、ゆっくりと指を絡めて頬に寄せた。
それをリヴァイが咎める事はない。ただ、ミラの好きなようにさせていた。
これを他の兵士が見たら驚いて腰を抜かすだろう。リヴァイの潔癖性は有名で、ほんの少し指が触れるだけでも凄く嫌そうな顔をするのだ。そんな彼が嫌がる素振りも顔を顰めることなくミラの好きなようにさせている。それだけでもリヴァイのミラへの気持ちを示していた。
「ねえ、リヴァイさんなら書きますか?短冊に、願い事」
そう言ってミラが差し出した紙にリヴァイが目を落とした。
赤と白の短冊。どちらも白紙な事とミラの口振りからミラも書いていないのだろう。
「団長が折角だからやらないかって。私とリヴァイさんの分らしいですよ」
「エルヴィンか…。新しもの好きだからな。」
「ふふ、けど書く内容が浮かばなくて」
そう言ってミラは窓へと振り返り、また空を見上げた。
「七夕のお話知ってます?ほら、天の川のお話です」
「ああ、織姫と彦星か」
「はい。今日はその二人が会える唯一の日らしいですよ」
「お伽話だろうが」
「けど、その日に他人の願いまで叶えてくれるなんて。…なんか、願い事書く気になれなくて」
「そもそもあの二人は自業自得だろうが」
「そう言われたら何も言えないじゃないですか」
そう言ってミラは笑った。
織姫と彦星。年に一度しか会えない二人はこの一年に一度の日に他人の願いまで叶えてくれる。しかし、本来は互いにやる事をやっていればこんな離れ離れになる事はなかったのだ。だからこそリヴァイは二人は自業自得だと思うのだ。それを可哀想等と言うつもりはない。
「なら、リヴァイさんならどうします?」
「あぁ?」
「もしも私がリヴァイさんに壁外調査に行かないでって言ったら。…もしも私が仕事なんて放って私だけを見てって言ったら」
「………」
「……、すみません、下らない事聞いて…」
そう言ってミラはまた空を見上げた。
顔を見なくても彼女が少ししょげているのはリヴァイに分かった。
ふと、真下にある頭を見た。自分よりも小さく、自分よりも遥かに弱い存在である彼女。
そんな彼女がそんな事を言ったら。それはリヴァイにとってどちらかを捨てなくてはならない事になる。仕事か恋人か。果たして自分はどちらを選ぶのか、それはやはりその場にならなければ分からないし、正しい判断をしたと思ってもそれが正しいとは限らない。
「さ、もう寝ちゃいますか?あんまり夜風に当たっても冷えちゃいますよ?」
夏風邪なんてハンジさんに笑われますよ?と言ってミラは窓を閉めようと手を伸ばすとその手首をリヴァイが掴んだ。
「…リヴァイさん?」
そう言ってリヴァイを見上げれば真剣な表情のリヴァイに思わずミラは言葉を失った。
「……あの、?」
「もしもどちらかを選ばなきゃならん状況なら俺はどちらも取る。ミラが行くなと言ったらミラを連れて壁外へ行ってやる。仕事をするなと言ったらお前が寝ている間にやる。それだけの事だろうが」
「……っ、」
「どっちか、なんて選択肢はねえ。どちらも欲しいなら取る。そうだろうが」
「…そうでしたね。リヴァイさんはそういう人でしたね」
「分かったらんな下らない事聞くな」
「女の子は下らない事と知ってても聞きたいんですよ」
「女は面倒な生き物だな」
「わたしだってリヴァイさんから聞きたいですもん」
「…全く、」
そう言ってリヴァイはミラの肩を掴むと向きを窓から自分へと変え、その滑らかな頬へと手を伸ばした。
それを嫌がる事もなく、その手に頬を摺り寄せるミラ。その顔は安心したような、嬉しいような顔だ。
「ね、願い事書いてみますか?」
「書く気になれないんじゃなかったのか?」
「なんかリヴァイさんと書いたら何だって叶えられそうだから」
「おめでたい頭してんな」
「気持ちって大事ですよ?」
「そもそも何書くんだ?今さら世界の平和とか言うんじゃねえよな」
「まさか!…もっともっと、私が一番欲しい物を書きます」
そう言ってミラはリヴァイを見上げてにこりと笑った。
「明日もあなたと一緒にいられますようにって。これくらいなら叶えてもらえそうじゃないですか?」
「………っ!」
「…リヴァイさん?」
急に黙ったリヴァイにミラはこてん、と首を傾げれば盛大な舌打ちと共に横抱きにされた。
「きゃあっ!り、リヴァイさんっ?!」
「うるせえ、黙ってろ」
「ど、どうしたんですか?!」
「ああ?…わからねえのか?」
「わからないですから!」
そう言えばドサリと落とされたのは言わずもがなリヴァイのベッド。
突然の事に目を白黒させていると迷う事なくリヴァイは荒々しくその柔らかな唇を重ねた。
「…っ、ん、…ぁ、…」
「………っは、」
荒々しく唇を重ねてもミラは必死にそれについていこうとリヴァイの背に腕を回し、控え目に彼のシャツを掴めば音を立ててリヴァイは唇を離した。
「…リヴァイ、さん?」
「……んな事、願うまでもねえ。嫌って言っても、死んでも一緒にいてやる」
「やだ、最高の口説き文句じゃないですか…」
「口説いてんじゃねえ、誘ってんのに気付け馬鹿」
「…馬鹿だからもっと言ってくれなきゃわかりません」
「…ほう、いい度胸だな。ミラよ。」
「ふふ、優しくしてくださいね」
「それはお前の態度次第だろうが」
「むぅ、そんなことばっかり言うんだから」
「いいから黙って抱かれてろ。先に煽ったのはお前だ」
「え?…いつ、って……ぁ、…ぁっ!」
そう言ってリヴァイは脱がすのも面倒とミラのキャミソールをたくし上げてその豊満な胸へと手を伸ばすと、ハラリとミラの手から落ちた短冊が目に入る。
しかし、それを拾うことなくリヴァイはその胸へと手を伸ばした。
星に願うまでもない。目の前のミラの願いだけは何が何でも自分が叶えてやる。そう思い、リヴァイはその小さな身体を何度も貪った。