その黒髪を見たとき本能的に思った。
その黒髪もふっくらとした唇も少し垂れ目な瞳も全てが欲しい、と。
ただ、彼女は人一倍警戒心が強く兄代りのエルヴィンにしか心を開かなかった。
それは彼女を何とか自分の班に入れた時でも変わりは無かった。
誰から見ても彼女には甘くしていたつもりだ。自分の潔癖すぎる性格の所為で他人に触れるなんて気持ち悪い以外無いと思っていたが、彼女は違った。自分から彼女に触れたいと思ったのだ。
思い切って彼女に触れた時、女とはこんなにも柔らかくて小さいものなのかと思った。
その時向けられた怯えた目にまたゾクリとしたのだ。ーーやはり、欲しい。ーー
「おい、エルヴィン前言ってた陣形だが…」
そう言ってエルヴィンの部屋に入れば椅子に座るエルヴィンの膝に座り、安心しきった顔でエルヴィンの胸に顔を埋めて眠るミラの姿がそこにあった。
「悪いね、リヴァイ。…ミラも最近疲れてるみたいだからね。」
「いくらなんでも甘やかし過ぎやないか?」
「この子は甘えられる人には甘えさせたいんだよ。いまいち周りに馴染めないからね。」
「それでもエルヴィンだけってのは…」
そう言って書類をそっと机に置くと眠るミラを見た。安心しきった、とても愛らしい寝顔だ。
「そもそもミラは何でエルヴィンだけなんだ?」
「あぁ、まぁ、リヴァイも知るべきか…。
この子はね、両親に捨てられたんだよ。そのトラウマで他人が信用出来ないんだ。」
「……なら、エルヴィンは…」
そう言いかけるとエルヴィンはゆっくりとミラの頭を撫でた。その目はまるで我が子を見守る親のようだと思った。
「この子が売られそうになった所を私が買ったんだよ。だから、この子は私の娘同然だ。
」
「…そうか。」
「人並み幸せをと思っていたんだがね。この子が私の手伝いがしたいと言い出したんだよ。私の助けになりたいと。健気で可愛らしいじゃないか。」
「エルヴィンがいなけりゃこいつは息も出来ないだろうな。」
「そんな事はない。」
あまりにもキッパリと言うのでリヴァイは驚いた。てっきりエルヴィンなら肯定すると思ったのに。
「リヴァイ、君がいる。」
「……は?」
「君にならミラを任せても…」
「いや、ミラが嫌がるだろうが。」
生憎自分は好かれてるとは言い難い。悲しいが事実そうなのだ。しかし目の前の男は首を横に振った。
「いいや、この子は君を信じようと。君に甘えようとしているよ。まだこの子が踏み出さないだけだ。」
そう言ってエルヴィンはゆるゆるとミラの背中を撫でた。まぁ、父親として兄代りとして寂しいがね。と笑った。
あの後少しだけ話をしてリヴァイは部屋を後にした。『ミラを頼むよ。』そう言ったエルヴィンの声が耳から離れない。
いやしかし彼女は確かに怯えた目を自分に向けていたのだ。あれはどう説明するのか。思わず溜め息が出た。
初めて見た時はこんな子供が、と思ったが年を聞いて驚いた。これで成人していたなんて。
それから彼女を見るたびに目に映る黒髪が気になった。以前彼女の同期が彼女の髪に触れたのを見た。その時彼女はなんとボロボロと泣いてしまったのだ。「エルヴィンさん、エルヴィンさん」と泣いてしきりにエルヴィンを呼んでいた。その時はたまたま近くにエルヴィンが居たためエルヴィンがミラを宥めて事なきを得たがそれから周りの彼女への態度は腫れ物を扱うような態度だった。
それを見てから思い切ってリヴァイが彼女の髪に触れた時は彼女は怯えた目でこちらを見ただけで決して泣きはしなかった。そんな自分達を見る彼女の同期達へリヴァイはとてつもない優越感を得た。
それからだ。少しずつ彼女に触れて、甘い言葉をかけて。じわりじわりと彼女を落とそうとしていた矢先のあの光景。…溜め息もつきたくなる。
しかし、それでも自分は彼女が欲しいのだ。
あの怯えた目も悪くなかった。誰にも懐かない猫を自分だけの物にする。それは途轍もない快感だ。
「………ぁ、」
小さな小さな声。だが、その声を聞き間違える事はない。だってそれは今まさに考えていた彼女の声なのだから。
「……ミラ、」
そう呼べば少し距離を開けて彼女は立ち止まった。
いつものように軽く頭を撫でてその横を通り過ぎようとした時、ふとエルヴィンの声が頭に響いた。
『この子は君を信じようと。君に甘えようとしているよ。まだこの子が踏み出さないだけだ。』
本当にそうだろうか。
ふと彼女を見ればまたあの怯えた目。
しかし、エルヴィンの言う事が本当で本当は彼女が怯えた目ではなくて不安に揺れているだけだとしたら?
そう思えば確かに自分が触れてもあまり彼女は大袈裟に嫌がらない。ごく稀に甘えても来る(まぁあれが甘えかは考え物だが)
ならば、とリヴァイはゆっくりと優しく頭を撫でてミラを見た。
「今日の夜、時間が空き次第俺の部屋に来い。」
「……ぇ、?」
「何時でもいい。…待ってる。」
くしゃりと撫でて行けばやはりあの目は不安に揺れていた。
「……、兵長、ミラです…。」
控えめなノックに控えめな声。チラリと時計を見れば眠るのに程よい時間だ。
「入れ。」
そう言って入ってきたミラにリヴァイは目を見開いた。
「そんな格好で来たのか?!」
「……っ!」
ビクリと肩を震わせ、涙目になるミラ。
いきなり大声を出したのだ。ミラならば仕方ない。
だが、ミラもミラだ。ポタリポタリと彼女の髪から雫が流れる。明らかに風呂上がりの様子のミラは薄手のロングシャツ一枚という無防備過ぎる格好だ。そのシャツに雫が垂れ、シャツが透けている。申し訳程度にはタオルを肩にかけているが髪が長くとても庇いきれていない。
「…はぁ、いや、すまん。いきなり大声を出して。…怒っていないからこっちに来て座れ。」
「は、はい。」
そう言ってビクビクとしながらもミラはベッドに座るリヴァイの隣にちょこんと座った。
「痛かったら言えよ。」
そう言ってリヴァイは優しくミラの髪をタオルで包み、水気を取って行った。
初めこそビクビクとしていたがリヴァイの指の動きが優しいせいか次第にミラはウトウトし始めた。
「オイ、寝るんじゃねえぞ。」
「ん、…んぅ、…」
「大体、俺が苦手なんだろう。だったら寝るなよ。」
「へいちょうは、…きらいじゃ、…ないです。」
ウトウト。半分夢心地のミラはぽすんとリヴァイの胸に寄りかかった。
「へいちょうは、……やさ、しいから…すきです。」
「……エルヴィンはどうした。」
「エルヴィンさんも…すき。…へいちょうも…すき。」
「っ!…なら、俺とエルヴィンどっちだ?」
なんでそんな質問をしたのか。言って直ぐにリヴァイは後悔した。そんなの答えは決まっているのに。
「んー。………どっちも、すき。」
そう言って夢の世界に行ったミラに対しリヴァイは言葉を失った。
エルヴィンのが好きではなくてどっちも?
「…ッハ。こんなガキに、か。」
こんな年下の小娘に、とリヴァイは笑った。
「だが、…」
すっかり安心しきった顔で眠るミラ。
その安らかな寝顔はとても愛らしい。
「悪くない。」
そう言ってそのふっくらとした頬にそっと唇を寄せた。
初めは好奇心。だが、今ではすっかりこの小娘に夢中なのだ。
「起きたらまぁ、手から始めるか。」
なんせこの眠り姫は恥ずかしがり屋だ。
起きたら手を握ってみようか。
「生憎、俺は父親にも兄貴になるつもりもねえよ。」
俺はお前の隣に立つ。そう言ってミラを布団に寝かせ、ミラを抱きしめて自分もベッドに入った。
「予約、しとくか。」
そう言って触れた唇は柔らかく、甘かった。
朝起きたらビックリするだろうな。そう思いリヴァイは笑った。
だが、きっと明日からは少しは甘えてくれるだろう。そう思い、リヴァイはそっと目を閉じた。
たまには真面目に落としにかかる兵長を。