「仕事と私、どっちが大事なの?」
彼の忙しさは理解していたからこそ今までそれを口にはして来なかった。
一般市民の私と調査兵団兵士長の彼。忙しさは歴然だし、私なんてしがない服屋の売り子だ。私が彼に合わせるのなんて当然だし、私だって理解してる。むしろ彼の隣に立てるだけでも本当に嬉しくて、不器用に手を繋いで頭を撫でてくれて。それだけで初めは幸せだった。
けれど、最近はめっきり会える時間が減ってしまった。たとえ約束をしていてもドタキャンは当たり前になってしまったし、触れ合いも無い。…最後に、手を繋いだのはいつだったのか。そもそも私を本当に好きだったのかもわからない。だって、私なんて所詮平民でしかないし、まともな生い立ちじゃない。
私はウォールマリア北部の生まれだが、その家はとても貧しくて明日食べるのにも困る程に貧しかった。だから、なのだ。その村では幼い女の子の売買で生計を立てるのは当たり前。顔立ちがいいのは最高の親孝行という間違った認識もあるくらいだ。
女の子一人生まれるだけで家はかなり違う。私も例外無く売られたクチだ。
しかも売られた先が買春を生業にしてる店に売られてしまったのだ。
そこから逃げて、捕まりかけた時に私を助けてくれたのがリヴァイさんだった。
それから度々会って、お話をして時々デートをして。恋に落ちるのは自然な事だった。
彼は忙しい合間を縫っては会いに来てくれた。
だが、いつからか彼はめっきり会いに来なくなってしまったのだ。
そんな中でようやく会えた休日。
折角会えたのに彼は時計を気にしてはソワソワしていて明らかに時間を気にしてはどこか上の空だった。
だから、つい聞いてしまったのだ。
「仕事と私どっちが大事なの?」
って。俯きながらそう言えば、目の前を歩くリヴァイさんが立ち止まった。
「……何を言ってんだ?」
「私と、仕事。どちらが大切なんですか?」
ハッキリと一言一言噛み締めて言えば彼はあからさまに溜め息をついた。
ここで嘘でもいいから「ミラに決まってる。」と言ってくれたら私はきっと明日からまたちゃんと我慢出来る。ちゃんと我慢して、ちゃんと彼を理解してあげられる。そう思って彼を見ればそれはすぐに打ち砕かれた。
「んなどうでもいいだろうが。それよりも時間が無い。早くしろ。」
「……っ!」
「次の休みだっていつかわからないんだか……!」
「……もう、いいです!」
そう言ってクルリと踵を返して来た道を戻ると珍しく焦った声のリヴァイさん。
…空いた右手が、寒かった。
「おい、なんで拗ねる…っ、」
「拗ねてません。もういいです。私なんて放っておいて大丈夫ですから。」
「拗ねてんだろうがっ。」
「拗ねてません。……帰ります。」
「おいっ!」
そう言ってグッと私の手首を掴むリヴァイさんはあからさまに機嫌の悪い顔をしていた。
「…、離してっ。」
「なんで突然拗ねる。」
「拗ねてません。忙しいんでしょう?お仕事して構いませんから。」
「だから今日は休みだ。仕事なら明日からまたする。」
「嘘。だって時計ばかり気にしてました。」
「っ、それは、だな…」
そう言って言い淀むリヴァイさんを見てズキリと胸が痛んだ。
「私、分からないです。リヴァイさんには私なんて…いらないでしょう?」
「……っ、何を言ってやがる。」
「だってそうでしょう?…私の代わりなんてたくさんいらっしゃいますし、私以上の方なら沢山います。」
「今すぐ撤回しろ。今ならまだ許してやる。」
そう言ったリヴァイさんは明らかに怒気を含んでいてそれを隠そうとはしない。つまり、それだけ怒っているのだ。
「っ、だって、そうでしょう?」
「…誰に言われた。んなくだらない事…」
「くだらない?…寂しいって思う事も会いたいって思う事もくだらないっていうんですか?!」
「……ミラ?」
「だって、そうじゃないですか!最近は手も繋がないし。そもそもキス以上の事だってしないし!」
「…ミラ、待て…」
「遊びですらないなんて…、」
言い出したらキリが無くて。ジワリと浮かんだ涙も止まらなくて、右手にはリヴァイさん。左手には鞄。涙を拭く手段もなく、それはボロボロと流れ落ちて行った。
「ったく、話を聞け。」
そう言って力強く私の手首を引っ張るとぽすん、と彼の胸に抱き締められた。
「確かに仕事は忙しくてミラを構えなかったのは悪かった。だが、何もミラを蔑ろにはしていない。」
「………、時間ばかり気にしてたわ。」
「当たり前だろうが。夜になるまではミラを送り届けなきゃならんからな。」
「……え?」
「何だかんだで調査兵団はいい噂は無いからな。少しでも店主に誠意を見せんと後々ミラを貰えなくなる。」
「…え、リヴァイ、さん?」
そう言って頭を上げようとすれば、それはグッと頭を押さえる力をつよめられて叶わなかった。けれど、だからこそリヴァイさんの心臓の音が聞こえた。何時もより早い。
「それ、プロポーズみたいです。」
「次の壁外から帰ったらするつもりだったんだがな。そりゃ、俺だって緊張する。」
「なんか、夢を見てるみたいです…」
「まぁ、そのせいで忙しくなってミラを構えなかったからな。それで拗ね続けられたんでは敵わん。」
「……はい?」
言われた意味が分からなくてリヴァイさんを見れば困ったように笑う彼がいた。
「まだ、言わん。次の壁外は正直今まで以上の兵が死ぬのは予想されてる。それは俺だって可能性はある。そんな中でミラに待っていろと言える程無責任にはなれない。」
「……、」
「だから、信じてろ。」
「……どっちも、同じだわ。」
酷い人ですね。と言えば彼は今更と笑った。
「……さっきはごめんなさい。ちょっと寂しかったからつい…。だけど、もう大丈夫です。私、待ってます。あなたを信じて待ってます。」
「……、悪いな、また我慢させる。」
「待ってます、ずっと。…だから、帰って来て下さいね。」
スルリと私の頬に手を滑らせた彼の手を取れば、とても冷たかった。
「まぁ、寂しがり屋の兎にはこれくらいやらないとな。」
「…え?」
ふっと重なる影に顔が赤くなった。
ゆっくりとリヴァイさんが私の首筋に唇を寄せるとチリッとした痛みが走る。
「……リヴァイ、さん?」
「いい首輪になるな。…その痕が消えない内に帰るから大人しく待ってろ。」
「は、はい…。」
「帰ったらいろいろ忙しくなるからな。覚悟しとけ。」
「はいっ!」
涙ながらにそう言えば瞼にそっと唇が落ちた。
「好きな物は最後に食べる主義なんでな。」
そう言って重なった唇に涙が止まらなかった。
「ミラを貰うのも喰うのも壁外から帰ってからだ。だから、待ってろ。」
「はい…っ!」
そう言って抱きつけば、彼は優しく抱き締め返してくれた。
ここが外なんて忘れてただひたすら唇を重ねた。
通行人なんて気にならない程に。
「あのー、お二人さん?いい加減にしようねー。」
たまたま近くを通りかかったハンジさんにそう言われるまでわたしたちはそうしていた。
後から込み上げてくる恥ずかしさで死にたくなったけれど、繋いだ手が暖かくてそれだけでも心が満たされた。
一度やらせてみたかったネタw
仕事と私どっちは言わせただけで満足です\(^o^)/