忠犬ポチの日常
外は快晴。思わず布団を干したくなる様なお天気なのに対し、この部屋はジメジメとまるでキノコでも生えるのでは?と思う程、どんよりと暗く湿った空気に満ちていた。
部屋の主、ハンジ・ゾエは机に伏したまま微動だにせず、ただ一つ綺麗になった机を見ては溜め息ばかりをついていた。


「ミラ…どうして…リヴァイなんかに付いて行ったのー」

もはや書類に判子すら押す事もままならないハンジに部下達は溜め息しか出なかった。


ミラとは以前ハンジ班にいた女の子の事だ。それなりに経験を積み、壁外調査へも行きよくハンジの巨人捕獲に協力してくれた数少ない兵士だ。
剣を持てば忽ち変わるが、普段はのほほんとした女の子。そんなミラをハンジはそれはそれは大切にして来た。
そしてそんなミラもハンジにとてもよく懐いていて、ハンジの為に朝は部屋の掃除から始まり、夜はハンジが眠るまで眠らない忠犬ぶりだった。
ハンジが『他人の言う事を聞かなくていい』と言えば例え相手が上司でも言う事は聞かず、『ここで待て』と言われればハンジがよしと言うまで絶対に動かない徹底振りだった。
そんな彼女を見て、ハンジ班の皆が付けたあだ名が"ポチ"だった。

そんなミラが突然リヴァイ班へと異動してしまい、ハンジはとても落ち込んでいた。それはもう腐りそうなくらいに。
ハンジは今までリヴァイにだけはミラの存在がバレないように徹底して気を使っていた。
リヴァイへの書類だけは自分が持って行ったし、壁外調査もリヴァイから一番離れた場所に配置したくらいに。
けど、そんな努力虚しくミラはリヴァイに見つかり、あの手この手でミラを手な付け挙げ句の果てには『本当の飼い主とやらを教えてやる』と言ってミラを調教したのだ。ううん、あれは調教と言う名の洗脳だ。

初めの頃に教えたのだ。リヴァイは危険だから近づくなと。なのにあの男はそれを物ともせず、ミラに近づきあろう事か恐ろしい人から素敵で優しくて部下思いな上司にいつの間にか格上げされ、更に飼い主がハンジからリヴァイにすっかり変わってしまったのだ。
流石のハンジもその手腕に舌を巻いた。
リヴァイがどこでミラを見たのかは分からない。だが、言えるのは今ハンジはミラがいないだけでこんなにも参っているという事。

「あ、ポチだ。」


窓を開けた兵士のその何気無い一言にハンジは勢いよく頭をあげ、窓へと一直線に走った。

「ミラっ!!」

そこには何ともまぁ、微笑ましい上司と部下がいた。
必死に上司にくっ付いて歩き、笑顔を絶やさない。ハンジの目は可笑しいのか、ミラのお尻に尻尾が付いていてそれがブンブンと喜びながら振っている様にしか見えていない。


「リヴァイ…ミラだけは…渡さないっ!」


そう言うや否やハンジは立体起動すら身につけていないのに三階から飛び降り、二人の前に降り立った。

「あ、ハンジたいちょーだー。」

わぁい!と言ってリヴァイの後ろから出てきた黒髪の小さな少女がミラ。
しかし、少女と言うのは身長だけで、出るとこはしっかり出ている。現にその強調された胸元はジャケットでは隠しきれず、その幼い顔立ちとのギャップがたまらない。


「たーいちょー!」

「ミラっ!」

あと、少し、あと少しでミラを抱きしめられる!
あぁ、ミラが両手を広げてこっちにくる姿のなんて愛らしいことか…っ!


しかし、そんな幸せもつかの間。ハンジに抱きつこうとしたミラの体がひょいと持ち上げられたのだ。

「おい、ミラよ。勝手にハンジんとこいくんじゃねぇ。」

「あ、う…? へいちょ?」

「リヴァイ!私のミラなのに!」

「あ?何言ってんだ。ミラの飼い主は俺だ。なぁ?ミラ。」

すとん、とミラを地に降ろし、リヴァイはそれはそれは優しい笑顔でそう聞いた。
ミラはハンジとリヴァイの両方を見たあとにそれはもう輝かんばかりの笑顔で

「私、リヴァイへいちょが大好きですっ!
だからへいちょにずっとずっとついて行きますっ!」

それは無邪気な笑顔で、とてつもなく残酷な言葉だった。
ハンジは眩暈がした。あんなに可愛がっていたミラが、あんな目つきの悪い性悪男に…。
リヴァイはそんなミラの返事に満足したのか、勝ち誇った笑みをハンジに向けた。

「あ、へいちょ!早く行きましょ?ペトラちゃん達が待ってますよー?」

「あぁ、そうだな。」

そう言ってハンジに見える様に態とミラと手を繋いで行くのは凄く性悪だとハンジは思った。
あの潔癖性の男がなんの迷いもなくミラと手を繋いでいる。

「 ハンジたいちょ!またねー!」

空いてる手でブンブンとこちらに手を降るミラのなんて愛らしいことか。
しかし、悲しいかな。ハンジにはもはやそんなミラの笑顔は映ることは無く、いつまでもハンジの目にはミラと手を繋いで勝ち誇った笑みを浮かべるリヴァイしか見えていなかった。



























back