知らぬが仏/ヤンデレ兵長
ゆっくりと少し膨らんだお腹を撫でるミラを見てリヴァイは歯軋りした。

対するミラは気付いていないのか、薄っすらと頬を染めてそれはそれは愛おしそうにお腹を撫でている。


「絶望しかないこの壁の中でも、希望を持てる子に育って欲しいですね。」

そう言ってわらうミラにリヴァイは思わず音を立てて立ち上がった。

「…リヴァイ、さん?」

「……っ!」


見下ろした先に不安の色を隠しきれない瞳に見つめられ、ハッと息を飲んだ。


「いや、何でもない。」

「大丈夫ですか?どこか調子が悪いとか…」

「大丈夫だ。…それより、ミラの方が大丈夫か?……妊婦なのだから少しは自分を大事にしろ。」

「…はい。」

ふわりと笑うミラにリヴァイはやはり腹がたった。


足を怪我したミラと結婚して一年。周囲は確かに言っていた。子供はまだか、と。
ただ、リヴァイ自身行為はしても子供など作る気など更々無かった。しかし、周囲は"人類最強の子供"に並々ならぬ期待をしており、ミラもまた子供が欲しいと言っていた。

頬を染めて「リヴァイさんとの子供が欲しいです」と可愛らしく言う妻に誰が子供はいらないと言えようか。
だから、必然だろう。行為は数えきれない程してきたのだから子供が出来たのは仕方ない。

周囲は喜んだ。人類最強の子供に未来を期待して。そしてミラもまた喜んでいた。
それは妊娠が発覚してから目に見えてわかる程に。
昼間、何時もならミラは部屋の掃除か本を読むかしか無かったのに今や昼間は子供の為のおしめや靴下や服を作っているのだ。
今までなら帰ればあの可愛らしい笑顔でおかえりなさいを言うのに、今は作業に集中して自分に気付かないのもしばしば。

自分だけのミラだ。その為に彼女の自由の翼を奪い、彼女の夫として今は彼女を手元においているのだから。
だが、子供が出来てからミラの世界の中心はリヴァイから子供へと移ってしまった。


せっかくミラの世界を自分で染め上げ、自分だけのミラになったというのに。


グッと握り締めた自分の手からじわりと血が染みた。…どうやら強く握っていたらしく手のひらが切れてしまった。

「ミラ…」

「はい?」

声をかければ幸せそうに振り返る可愛らしい妻。生活に張りが出来たからだろうか最近の彼女は以前の彼女になりつつある。
再び翼を得て、またこの鳥籠から逃げようとしている。



「(ならば、いっそ…)」


ミラを…殺してしまおうか。


そう思い、フラリとサイドテーブルに置かれた果物ナイフを手にした。

果物ナイフでも、首をかき切れば致命傷となる。ましてやミラの細首を切るのには果物ナイフでリヴァイには調度いいだろう。

しかし、幸せそうに笑うミラにリヴァイがナイフを向けられる訳もなく、思わずリヴァイは舌打ちをしてミラのお腹を見た。


「(全て…こいつが…っ!)」


そう、これがいるから。なら、居なくなれば?

再び悪魔がリヴァイに囁いた気がした。

思ってもない可能性にリヴァイは思わず口角が上がるのを抑えられなかった。
そうだ、そうではないか。今までも邪魔な物は全て切り捨ててきたのだ。なら、今までとなんら変わる事はない。


それからのリヴァイはまるで人が変わったようだった。
正直、子供が出来てからはどこかリヴァイは落胆した様子だったがそれがいってんし、ミラのためにと妊婦のための食事を考えるまでになったのだ。

そんなリヴァイの変化にミラもまた喜び、それこそ身も心も観たされていた。



そんなある日、リヴァイが用を思い出したと言って通路に寄りかかってミラはリヴァイが来るのを大人しく待っていた。
最近ではすっかりお腹も大きくなり、少しの歩行でもかなり大変になっていた。


「(階段とか大変だなぁ。)」


ただでさえ片足が不自由なのに階段はもうミラ一人では上り下りは出来ない。
以前のリヴァイならばミラを抱き上げて階段を上り下りしたのに、何故か最近のリヴァイは手を引いて歩きたがった。


「やっぱり妊婦は運動不足になりやすいしね。」


ただでさえ運動不足気味なのにそれに拍車をかけてはいけない。だからきっとリヴァイなりの優しさなのだろう。
元々言葉にしない人だから。

そう思い笑うミラ。
この時、もっと周囲に気をつけていれば、と後にミラは後悔した。

いきなり背中を強く押され、思わずふらつく。


「きゃっ、!」


その隙に目を塞がれ、目の前が暗くなると腕を引かれて立たされた。
目隠しが外され、目に入ったのは中央階段。
ゴクリと生唾を呑み込む暇もなく、さっきより強い力で背中を押された。


「きゃあぁあ!」


踏ん張る力もなんて片足のミラに出来る訳もなく、重力に従いそのままミラは階段から落ちて全身を強打した。


「っ、ぐぅ、…」


不幸なことに受け身も取れずに俯せで落ちた事に気付き、ハッとしてミラはお腹を抑えた。


「私の、赤ちゃん…っ!…っ、つ、う…」


意識がハッキリしてくれば、次第に訪れる激痛。
マズイ、これは。そう思い、階段の上を見ればそこには誰も居なかった。


「…っ!…誰か!誰か助けて!…お願い!誰か!」


真っ昼間の兵団は人気もなく、しんと静まり返っていた。


「リヴァイさんっ!…たすけて…」


私の、赤ちゃんを、助けて。お腹から来る激痛と下肢がじわりと濡れて来る。
恐る恐るスカートを捲って見てみればそれは紛れもなく自分の血で。


「いやぁぁぁっ!」



叫んで、ミラは意識を失った。

ミラの叫びに気付いたらしい人が足音を立てて来る。
けれどミラに目を開ける力は無く、けれど確かに自分を抱き起こしたのは愛しい人のぬくもりだ。


「 」



何を言ったかは聞こえない。
けれどそれよりミラは赤ちゃんが気になって仕方なかった。


「た、すけ、……」

「あぁ、助けてやる。」


お前を。そう言われ、ミラは完全に意識を手放した。















かおを両手で覆い、啜り泣くミラ。そんな彼女の肩を抱き寄せ、そっとあたまを撫でてやり医師を見る視線は鬼よりも鋭い。
今なら視線だけで人を殺せるだろう。


「…ミラ、お前は悪くない。必ず犯人は見つける。……ミラだけでも無事でよかった。」

「リヴァイ、さんっ!…せっかく、…喜んでくれたのに…っ!」

「お前の代わりなんていないんだ、ミラ。…お前が生きててくれて、よかった。」

「リヴァイさんっ!」


なんて優しい夫だろう。ミラはそう思いまたわんわん泣き出してしまった。
あの後、駆け付けたリヴァイによってすぐに医務室に連れられたが、もうお腹の子供は駄目だと言われ、母体のためにも体外に出さなくてはならないと言われリヴァイは渋々それを承諾した。ミラあっての子供だからな。リヴァイはそう言った。



ミラが目を覚ました時には既に処置を終えて暫くしてからだった。
段々ハッキリしてくる意識の中、ミラは自分を心配そうに見つめるリヴァイに恐る恐る聞いた。


「私たちの、赤ちゃん、は…?」


膨らみの無いお腹に薄々感づいていた。けれど、目の前の彼に否定して欲しかった。あれは悪い夢だったと。
だが、目の前の彼は更に険しい顔をして、ハッキリと言ったのだ。


「俺たちの赤ん坊は、死んだ。」


それはミラの心を壊してしまうのに十分過ぎる程の台詞だった。


私、生きてる意味が無い。そう言ったミラをリヴァイは更に強く抱き締めた。


「お前がいなけりゃ、俺はもう息も出来ん。…だから、お前だけでも生きててくれて、よかった。」


誰かに押されたとは言え、受け身を取れなかった自分の過失を責めない優しい夫。
リヴァイの優しさが今のミラにはとても染みた。



それから、ミラが流産したのは誰か犯人が居るということで兵団はその力の限り犯人を探した。
一方のミラはそれから無気力になり、部屋から一歩も出ることは無く、虚ろな毎日を過ごしていた。
後から判明したのだが、その流産のせいでミラはもうその身に子供が宿せなくなってしまった。

それを聞いて絶望したミラはまともに食事も摂れずにいた。
それを見兼ねたリヴァイは少しずつミラに死なない程度には食事を与え、今まで通り彼女を抱いた。

今までと変わらずに愛してくれるリヴァイ。
今までと変わらずに抱いて、中に出してくれるリヴァイ。

どちらにもミラは泣きたくなるくらいに嬉しかった。
もう子供が出来なくても夫は以前と変わらずに中に放ってくれる。
ただの気休めに過ぎなくても、彼は行為が終わると優しくお腹をさすってくれた。…可能性は、ゼロじゃないから、と。

ミラはそんな優しいリヴァイに更に愛情が深くなった。
だからだろう。悲観はすれど彼女は自害すること無く生きている。


自身の腕の中ですやすやと眠るミラを見て、リヴァイは笑った。


「邪魔者は全部消す。…そうだろう?ミラ…。」


たとえ、己の子供であっても。
返事もなく、安らかに眠るミラの柔らかな頬に口付けを落として、リヴァイは笑った。
彼女に優しさを見せれば彼女は生きる。ならば魅せてやればいい。ただし、自分と彼女を引き裂くものがあってはいけない。
ひっそりとした闇の中、勝ち取った勝利にリヴァイは笑みが止まらなかった。

知るべきか知らぬべきか。ただ、そこには歪な幸せがそこにあった。














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