「遅いなぁ、リヴァイさん…。」
彼此一時間、待ちぼうけである。元々几帳面な彼の事。きちんと遅れるとうメールは来てたし、納得してる。
大学生の私と社会人の彼。当然時間の自由が効く私が彼に合わせるべきなのは分かっている。しかも彼は忙しい身だ。そんな中でも私のためにと時間を作ってデートしてくれる。
だけど、それが駄目になる事は珍しくない。
ドタキャンだって当たり前。彼なりに悪いと思うのか、必ず約束が反故になると何かしらの贈り物をくれる。それは有名店のケーキだったり、バックだったり、ネックレスだったり。それらは大学生の私には到底ホイホイ買える物じゃない。けど、私が聞きたいのは、欲しいのはそれじゃない。
「まさか、今日もドタキャンだったり…しないよね?」
今日はリヴァイさんから夏祭りに誘われた。
普段忙しい彼からのお誘いに私はとても喜んだ。だから、着てみたんだけどなぁと自身を見下ろした。
白地の赤い金魚が描かれた浴衣。
わざわざクリスタとミカサに頼んで見立ててもらって、ミカサのお母さんに着付けを教わって。髪だってキチンと上げて来たのに。
可愛いって少しでも彼に思って貰えるように。普段そういう事を彼は口にはしない。
だから可愛いって言って欲しくて頑張ったのに。慣れない雑誌を読んでメイクだって勉強したし、髪型だって勉強した。
早く会いたいなと思っていると、携帯が震えた。
「着いたのかな?」
そう言って携帯を開けば、そこには『すまない。行けそうにない。』の文字。
携帯を握る手が震えた。
「忙しい人だから…仕方ないよね。」
けど、
「なんか、馬鹿みたい。」
言葉と裏腹にじわりと涙が浮かんでくる。
何を泣いているのか。
こんな事、何時もの事なのに。
だからいつもすぐに返せるメールが返せない。
けれど、駄々を捏ねる年でも聞き分けられない年でもない。
指は自然と『お仕事お疲れ様です。まだ家に居たので大丈夫ですよ。お仕事頑張ってくださいね。』と書いては目の前には送信完了の文字。
「私の…ばか。」
本当に、馬鹿みたい。無駄に浴衣なんか着て、待ち合わせ場所に三十分も前から着いてて。普段しないメイクと髪型。小物だって今日のために揃えた。
そんな自分が、馬鹿で自分一人だけ浮かれていたみたいでなんだか悲しかった。
「……帰ろ。」
何も食べてないからお腹は減っているのに、この鳥居を潜って露店を見る気になれなかった。ならば帰ってシャワーを浴びて寝よう。
こんな気持ちじゃ何も喉は通らないし、何より今日を楽しみにし過ぎたせいか、酷く落ち込んだ。
ドタキャンなんて、初めてじゃないのに。
早く帰ろうと携帯を仕舞い、顔を上げると見知らぬ男性が二人、私の前に立っていた。
「……?」
通るのに邪魔だったのだろうか。首を傾げながらも二人の横を通り抜けようとすると、一人の男性が私の手首を掴んだ。
「…、何ですか?」
「もう帰っちゃうのー?帰んなら俺らと遊ばない?」
「結構です。私はそういうのはいいです。」
「そう言わないでさー。ここで会えたのも運命感じない?」
「いいえ。私にはもうお相手がいるので遠慮します。」
そうキッパリ言えば男性はニヤニヤと笑ってこっちを見た。
「けど、帰るんなら彼氏来ないんでしょ?可哀想ー。フられたんなら俺ら慰めてあげるからさぁ。」
「そうそう。こーんな可愛い彼女放ってる彼氏より優しくしてあげるよー?」
そう言ってグイグイ近付いてくる男達に押されて後ろへと後ずさると、ドンッと背中に木がぶつかった。
「……っ、」
「こんな時間まで来ないんなら希望ないって。それよか、俺らならめっちゃ可愛がってあげちゃうよ?」
「や、やめて、…」
そんな言葉、聞きたくない。
彼が忙しいのは仕方ない事。ならばワガママを言うべきでは無いし、ある程度は彼に合わせなくちゃいけない。けど…
「淋しいなら俺らが慰めてあげるからさぁ。」
夏祭りを楽しみにしていたのもあったけど、彼に誘われたのが嬉しかった。
だから普段しないお洒落をしたから余計にヘコんだし、凄く寂しかった。
横を通り過ぎる恋人達を見るたびに悲しくなった。けど、そんなこと言ったって仕方ない。彼を、困らせるだけ。
だからなのかも知れない。この手を振り解けないのは。淋しい気持ちも本当だから、私はこうして泣く事しか出来ない。
「……っ、…」
「可哀想ー。ね、こっちおいでよ。」ただただボロボロと泣く事しか出来なくて、でも首は嫌々と横に振り続けると目の前の男は痺れを切らせたのか、舌打ちをして私の頬を叩いた。
「いいから来いって言ってんだよ!」
「や、いやっ…、」
そう言った所で所詮は男と女。力の差なんて歴然。
「ったく、グズグズしやがって。」
「そうか。それは悪かったな。」
「……あ?」
男がそう言って後ろを振り向けば、見知らぬ男に友人が踏みつけられていた。
「てめえ!何しやがる!」
「ああ?てめえらが先にミラに手を出したんだろうが。」
「リヴァイ、さん?」
そう、そこには不機嫌丸出しのリヴァイが、スーツを軽く着くずしジャケットを脇に抱えたまま男を踏み付けていた。
「さっさとその汚い手を離せ。豚野郎が。」
「なんだと…っ!ぐ、ぅ…」
「離せと言ったら離せ。…まだわからねぇのか。」
「…っ、離す!離すからよ!」
そう言って男は乱雑にミラの手を離すと、地に伏した友人もそのままに駆け出して行った。
「オラ、てめえも伸びてねえでどっか行け。」
可哀想に。半ば気を失っている男の鳩尾に蹴りを入れて強引に起こして無理矢理立ち上がらせた。
「行けと言ったら行け。グズが。」
「ひっ、」
男はそう言うと少しよろけながらもその場を後にした。
突然現れたリヴァイにミラは涙が止まってしまい、その場にへたり込んでしまった。
「リヴァイさん…どうして…。」
「ったく、見え見えの嘘つきやがって。来てるなら来てるって言え。」
「…お仕事は…」
「終わらせて来たに決まってるだろうが。」
「そう…ですか…」
そう言って俯くミラにリヴァイは片膝を立て、そっと腫れた頬を撫でた。
「すまない…。怖かっただろ。」
「リヴァイさん…、ごめん、なさい、」
「…ミラ、」
「私が…早く、帰らないから…だから、リヴァイさんに迷惑を…、」
「……っ、」
切れ切れにそう話すミラにリヴァイは胸が痛んだ。
守ると決めた女に結局自分が守られていたのだ。思わず頬においた手をするりと背中に回し、その小さな体を抱き締めた。
「…リヴァイさん?」
「言いたい事は言え。ミラのワガママくらい、なんて事はないんだよ。」
「けど、私…」
「生憎、女一人のワガママ聞けないほど甲斐性無しじゃねえよ。」
だから、言え。とミラの耳元で囁けば、はらはらと涙を流しながらもポツポツと言った。
「ほんとは…寂しかった、です。」
「あぁ。」
「ブランドのバックもアクセサリーもいりません。ケーキもいらない。…あなたが、いいの。」
「…あぁ。」
「デート出来なくても、メールだけじゃ淋しいよ。声が聞きたいよ。」
「…あぁ、そうか。」
そう言ってポンポンとミラの頭を撫でてやればまたミラは泣き出してしまった。
「ずっと、ずっと一緒がいいよ。」
それはずっとミラが思っていた心の叫びなのだろう。
グズグズと泣いてるミラの背中を摩りながらリヴァイはカバンから目的の物を取り出すとそれをミラの手に握らせた。
「本当なら卒業したら渡す予定だったんだがな。」「…これ、って…」
「あぁ、俺の部屋の鍵だ。」
「え…でも、私…」
どうして?とミラがリヴァイを見れば、リヴァイは小さくため息をついた。
「一緒に暮らすか。ミラ。」
「…え?」
「親御さんにはまぁ、そのうち時間作って会いにいくか。」
「ほんと、に?」
「嘘でんな事言うか。」
そう言って笑うリヴァイはとても優し気で。
「ずっと、一緒にいられるの?」
「あぁ。」
「もう、一人で眠らなくていいの?」
「あぁ。」
「おはようからお休みまで一緒?」
「夢の中まで一緒にいてやる。」
「リヴァイさんっ!」
そう言ってリヴァイに抱きつけば軽々とリヴァイは受け止めた。
「あぁ、それと…」
「……?」
「浴衣、よく似合ってる。」
遠くで太鼓の音が聞こえる。
けれど今はゆっくりと重ねた唇から伝わる熱だけを感じていた。