鳥を飼っていた。小さくて可愛らしい、リヴァイだけの小鳥を。
小鳥は自由に空を飛んではきちんとリヴァイの元へと帰ってくる利口な小鳥だった。
小鳥の白い羽根をリヴァイはとても気に入っていたが、同時に誰にも見せたく無いと思った。あの、エルヴィンにすら。
けれど、閉じ込めたら鳴いてしまうのだ。「外に出ないと死んじゃう。」と。だからリヴァイは多少渋りながらも小鳥を自由にしていた。なんにせよ、小鳥は自分の元へと帰ってくるのだから。
だからこそ、油断していたのだ。
まさか思わなかった。小鳥がその白い羽に怪我をして帰ってくるなんて。
「…すみません、兵長…。」
そう言って項垂れるミラ。リヴァイはただミラの足に巻かれた包帯を凝視していた。薄っすら血が滲んでいる。余程傷口が深いのだろう。医療班は何をしているのか。そう思い、思わずギリッと歯を噛み締めた。
しかし、彼女はそう取らなかったのだろう。
小さな肩を更に縮こまらせ、視線を落としている。
スルリとリヴァイはミラの頬に手を滑らせると漸くミラは顔を上げた。そこには苦しそうで悲しそうな顔をしたリヴァイの表情があった。
「足は治るのか?」
「………。」
「時間がかかってもいい。…治るのか?」
「……っ!」
なんて質問だろう。しかし、質問として間違っていない。そう、上司として聞かなくてはいけない事なのだから。
「…あ、足は、…」
しかし、これを口にする事でどうなるか。そう思うとミラは言えなかった。
それを感じ取ったのか、リヴァイは頬を撫でていた手を頭に回しゆっくりと撫でる。それはこの手で数多の巨人を殺して来たとは思えない手つきだった。
「…どうした…?」
「…っ、」
「……ミラ、」
あくまで優しく、そう言ってやれば開きかける唇。
あと、少し。
「俺がミラを捨てたりするはずが無いだろうが。」
「……っ、リヴァイ、さんっ、…!」
ボロボロと涙が流れ、リヴァイを見る目はまるで救いを求める目だった。
「私、…もう、歩けないんですっ!」
ほら、堕ちた。
リヴァイはスッと唇を歪め、笑った。
それをミラが見る事は無かったが…。
「…そうか、」
そう言ってミラをふわりと抱き締めた。
「歩けなくてもミラはミラだ。…生きていてくれて、良かった。」
「……っ!」
「もう、俺の側から離れる事は許さん。」
それは優しく、囁くように。
その優しい言葉にミラは泣きたくなった。
「けれど、歩けない私が…。戦えない私はこの兵団に居ては足手まといです。」
そう。怪我をしてリタイアを余儀無くされた兵士は去るしかない。そんな兵士をミラは見て来た。それが、今回は自分なのだ。
これから、ここを去らなくてはならない。それは必然的に彼から、リヴァイの元から去るしかないという事になる。…たとえ、自分がリヴァイの恋人だとしても。
恋人という理由だけで居続けていい訳がない。それは許されてはいけないのだ。
「…駄目、です。」
そう言ってそっとリヴァイの胸元に手をあてがい、距離を取った。
「……別れて、下さい。」
「………。」
「あなたは、ここに必要な人です。けれど、私が居てはあなたの邪魔にしかなりません。」
「……黙れ。」
「だから、あなたの邪魔になるなら、私…、」
「やめろ。」
「だから、わかれ…」
「やめろ!」
「っ!…、」
突如上げられた大声にミラはビクリと大きく肩を揺らした。
「戦えないから別れるなんてするものか。…むしろ側にいてくれ、ミラ。」
「リヴァイ、さん…。けど、私…」
「ミラが歩けないなら背負ってやる。目が見えないなら俺が目になろう。…ミラが生きているならミラは俺だけのモノだ。」
そう言えばミラは目を丸くした。
誰が一体予想出来ただろうか。こんな、人類最強の姿なんて。けれど、彼とて人なのだ。愛しい恋人を守りたいだけなのかも知れない。
「リヴァイさん、ごめんなさいっ!私…自分ばかりで…っ!」
そう言ってミラはリヴァイの胸で泣き出した。
好きです。大好きです。
本当は別れたくなんかない。
ずっとあなたの側にいたい。
そう言って泣き続けるミラをリヴァイはしっかり抱き締め、泣き続けるミラの左手薬指にそっと指輪を通した。
「リヴァイさんっ!これ…」
「コレは安物だからな。…包帯が取れたらちゃんとしたの買いに行くか。」
「…私で、いいんですか?」
「ミラがいい。……結婚、するか。」
「っ!…はい…、」
そう言ってはにかむミラはとても可愛らしかった。
ミラは知らない。全てはこの人物の筋書き通りなのだと。
きっかけは些細なものだった。ある日、リヴァイが廊下でミラを見かけ声をかけようとした時、不意に彼女がはにかんで笑ったのだ。
よく見ればエルヴィンと話していて、彼はそっとミラの頭を撫でていた。
なんて事はない。エルヴィンに褒められて嬉しかったというのは普通に伝わったし、エルヴィンへの信頼もある。彼を疑うわけではないが、リヴァイは吐き気がした。
誰かに、自分だけのミラが触れている。それを受け入れるミラにすら。
ただの嫉妬は嫉妬だけで終われなかった。そもそも嫉妬深いリヴァイのこと。きっかけは些細なものでもそこからだろう。考えていたのだ。ずっと、誰にもミラを見せる事無く愛する事が出来ないかと。
あからさまに監禁したらミラが逃げだしてしまう。それはいけない。なら、どうするか。それを考えれば答えはすぐに出た。…結婚しようと。
しかし、それが素直に出来ないのはミラの兵団への忠誠心の厚さが邪魔をした。
兵団が唯一の居場所と言い続けた彼女。家族も無く帰る家さえないのだ。兵団がいつしか家になり、仲間が家族になった。
そんな彼女が素直に首を縦に振るとは思えない。ならどうするか。
ならば、いっそ小鳥の羽根を手折ればいい。
誰かが自分に囁いたと思った。
そうだ。いっそ折ってしまおう、と。その小さな自由の翼を。
そう思えば行動は早かった。
いつもより前線に彼女を置き、わざと彼女のベルトに傷をつけさせ、医療班に釘を刺した。
案の定、彼女は巨人との戦いで立体起動が故障してしまい、巨人に足を握り潰されかけた。もちろん彼女の動きを見ていたリヴァイがすぐに助け、医療班へと引き渡した。その際、気を失っていた彼女は知らない。
「右脚の腱、切っておけ。」
そう言った時の医療班の顔は忘れられない。
いいのかと。正気かと言われたが、リヴァイは早くしろの一点張りで医療班は諦めて彼女の足の腱を切ったのだ。
その時、目を覚ました彼女に言ったのだ。一生歩けない、と。
もしもその医療班が生きていたらリヴァイの杞憂は晴れなかった。いつかボロっと話す可能性も、エルヴィンへ報告する可能性はある。だから、手を抜かなかった。
わざと医療班へと巨人を誘導して、医療班のテントを襲わせ、彼女は助けだした。
聞こえる悲鳴と断末魔。けれど、リヴァイは晴れやかな気分だった。
コレで、あとはミラを堕とすだけだ、と。
その通り、彼女は自然とリヴァイへと堕ちた。
その小さな羽根を手折った張本人の手へとゆっくりゆっくりと堕ちて行った。
リヴァイはミラに嵌めた指輪をそっとなぞった。
こんな小さな足枷だけで彼女を繋ぎ止められるなら安いものだ。
彼女にとっては誓いの証の指輪ですら、リヴァイにとっては首輪に過ぎない。
やはり、小鳥は籠に入れてやらなくてはならんな。
これからはこの小さな鳥籠がミラの世界となるのだ。自分だけの、ミラになる。
ならば、足は不要だったのだ。自由に動き回る足なんて。
リヴァイは笑うと彼女も笑った。お互いに幸せならば、いいのだろう。しかし、ミラは一生気付くことは無い。その歪んだリヴァイの愛情なんて。
ゆっくりゆっくりミラを、小鳥を飼いならせばいい。
そう思い、リヴァイは笑った。
それはまさに勝利者の笑みだった。