深夜丑三つ時の事件
別に、男装してるわけじゃなかった。
ただ、女だからとかそんなくだらないこで自分の評価を下げたく無いのもあったけれど、やはり彼の事を思うと足枷になりたく無かった。

どうせ兵長に身体で取り入ったんだろうとか、女だから贔屓されてる、とか。…兵長の恋人なんじゃないか、とか。
詮索する声は沢山あったし、私も兵長も相手にしないから噂だけが一人歩きしたりした時期もあった。けれど人の噂も七十五日。噂は綺麗に無くなり、同期や先輩達は私を一人の兵士として扱ってくれる事が多くなった。
きっと、壁外の時の戦闘スタイルが問題なのだろう。新人や後輩の一部では私が男だと思っている人がいる。

冒頭でも言った通り、私は男装してるつもりはない。胸だって普通にある。寧ろありすぎて困っているくらいだ。そんな私も休みなら化粧だってするし、スカートだって履く。恋人とデートに行くし、髪だって伸ばしてる。
最初は髪は戦闘の邪魔になるからとその辺のハサミで切ろうとした私を止めたのは彼だった。綺麗だから、自分の為に伸ばせと言ったのだ。それが嬉しくて髪を伸ばしてる私も私だ。ただ、戦闘の邪魔になるからハンジを真似た髪型になってるだけで、本当は背中の真ん中くらいまでなら長さがある。
彼の、リヴァイさんのあの嬉しそうな顔を見る度にまた伸ばそうと思うのだ。

「ミラさんって女みたいですね。」

「…え?」

立体起動の何時もの練習時に隣の新人が突然そう言った。
確か、名前は何だったっけ?…トーマスだったか、トーレスだったか…。

「線だって細いし、ほら、なんか身体も筋肉質って感じじゃ無いっすねー。」

「ちょ、ちょっと!」

そう言って新人君は私の腰やお尻をやわやわと触り出した。言っとくが、私は男装してないし、男口調で喋っていない。だから新人君は勝手に私を男だと思い込んでいるのだ。

「ミラさんってしかもちっこいっすね。パワー不足とかなりません?」

「いや、私は主にサポートだから。それに力だけじゃすぐに刀がなまくらになるよ。」

「そうなんすか?…ってかマジでミラって男?男にしてはいい匂いしますよ?」

そう言ってくんっと私の頭を引き寄せ、匂いを嗅いだ。

「ちょっと!やめて!」

「えー?いいじゃないっすかー。」

「それに私、男だなんて…」

「おい、ミラこっちに来い。」


それを見兼ねたのかリヴァイさんが助け舟を出してくれた。
もちろん渋る理由も無いので新人君の手からするりと離れてリヴァイさんの元へと走った。


「全く、あんなのをいちいち相手にするな。」

「すみません、彼、しつこくて…。」

「全く…。俺の許可無しに触らせるな。」

「は、はい…。」

そう言ってふわりと頭を撫でてくれるリヴァイさんを見れなくて、思わず俯いていると鼻で笑われた。

「あの新人も馬鹿をしなきゃいいが…。」

そう言ったリヴァイさんの言葉が分からなくて、首を傾げると彼は気にするなと頭をひと撫でして笑った。
その時、こちらを訝しむように見ていた新人君に私は気付いていなかった。
あの時、あの言葉にもっと注意していれば、未来は変わっていたのかもしれないと思ってしまう。












深夜、私はとても疲れていた。結局あの後はリヴァイさんに練習はしなくていいと言われ、その代わりハンジの手伝いをしたのだが、それが大変だった。
ハンジの溜まりに溜まった書類を片付け、散らかりに散らかった部屋を片付け、巨人の実験に勤しむハンジを何度も助けて。
とてもじゃないが、疲れていた。いつもなら本を読んだりしてる時間だけど今日は疲れているため、何時もより少し早い就寝にする事にした。
蒸し暑いこの季節、何時ものようにパジャマを着るなんてすることなく、以前リヴァイさんからもらったシャツ一枚で寝ていた。
鍵が掛かっているかなんて何時もなら確認するのに、しなかった辺り本当に疲れていたんだ。








彼、新人君ことトーレスは一度疑問に、思ったらとことん追求するタイプだった。だからだろう。昼間ミラから香って来た香りは女の物のような気がしたのだ。
よくよく考えれば胸元だって膨らんでる気がするし、触った尻も女の物のような気がした。それに本人は自分が男だとも言っていない。そういえば、一人称は私だし言葉使いも男にしては丁寧だ。
もし、女なら昼間の行動はとてもじゃないが、非礼に値する。ならば、謝らなくてはいけない。しかし、誰に確認するかで彼は何と先輩に聞かずまさか自分で確認に行ったのだ。それは彼の性格故に仕方なかったのだろう。
コンコンとミラの部屋をノックするも返事は無く、トーレスは駄目元でドアノブを回してみたところ、ガチャリとドアが開いた。
これにはトーレスも驚いたが、そうっと中へと入る。

「ミラさん…? 起きてます?」

そう言って中を見渡せば目的の人物はベッドで眠っていた。


「なんだ、寝てるのか。」

ならば、部屋を出ようと思ったがふとトーレスは思った。
そうだ、何て事はない。今確認すればいいのだと。

そうっと足音を立てずにミラへと近づくとトーレスはその見事な黒髪に思わず息を飲んだ。

「なんて、綺麗なんだ。ってかこんなに長かったのか…。」

思わずさらりとトーレスはミラの髪を撫でた。時折兵長がミラの頭を撫でる理由が分かった。
男にしては指通りが良く、さらりとしていて触っていて気持ちいい。


「うう…ん、リヴァイ、さん?」

突然、ミラが唸り寝返りを打つとトーレスは大袈裟にビクついた。
そろりと様子を見ればまだ眠っている。思わずホッと胸を撫で下ろし、再びミラを見た。

「布団の下、見るだけ…。」

そう、見るだけ。見て帰ろう。男か女かそれだけが分かればいい。
そう思い、トーレスはそっと布団を捲った。
ミラ
布団を捲ったその先には第二ボタンまで外されたやや乱れたシャツ一枚しか無かった。まさかと思い、布団を全て捲れば下は履いていない。
そのシャツはやや大きいからミラにはパジャマ変わりにはいいのかも知れない。だが、その隙間から溢れんばかりの胸が、白く瑞々しい太腿が、悩ましい項が、全てがトーレスには目の毒すぎた。
何事も過ぎるのは良くない。トーレスもそうだった。見て帰るだけ。最初の決意は何処へやらトーレスはゴクリと唾を飲み込むと思わずミラの第三ボタンへと手を伸ばしていた。
一つ、二つと開けば成熟した大人の女の身体がそこにはあった。
あんなにも訓練をしているのにも関わらず、胸は小さくないし腹も割れていない。
そこには白くてふくよかな瑞々しい二つの胸があった。


「女…だったのか。…けど、いい女じゃねえか。」

するりと太腿に手を伸ばせばまるで陶器のようで、もう片方の手を胸へと伸ばせばまるで吸い付くように。「……っ!」


もともと兵団は閉鎖的な空間だ。どうしたって禁欲的な生活になりがちになる。ましてやトーレスのような若い新人なら尚更。

トーレスは思わずシャツのボタンを全て取り去り、ミラに跨った。その際ぶるりと揺れた二つの胸を鷲掴むと、片方の胸にしゃぶりついた。
流石にその衝撃に深い眠りについていたミラも何事かと目を覚ました。


「…っ、え?だれ、どうして、私…ぁ、やあっ!」

ぢうっと嫌な音を立ててトーレスは反対の胸へとしゃぶりつくと、片方の手で暴れるミラの両手を抑えた。
なんと細い手首なのだろうとトーレスは頭の片隅で思った。


「ぁっ、や、やめて!いや、たすけ、助けて!リヴァイさんっ!いやぁぁっ!」

「ちょ、そんな声だしたらっ、」


バレる。そう言おうとしたらバタバタと荒々しい足音と共にバンッと扉を開ける音がした。
ハッとして扉へと目を向けた時トーレスは後悔した。それは扉に鍵を掛けなかったことかミラの口を塞がなかったことかはたまたは見て帰るという選択をしなかったことか。

扉へと目を向ければそこには正に視線でひと一人殺せそうな勢いの人類最強の兵士長がそこにはいた。


「てめえ、トーレス・ワグナー。何してやがる。」

「何って、俺はただ…」

なんと言い訳しようか。思い切って恋人だと言い張るか。そんな浅はかな考えを巡らせていると自分の下でひっくひっくと嗚咽を漏らして泣いているミラがいた。その涙すら綺麗だと思う自分は末期だろうか。
そう思っていると、ガンッと横っ腹を殴られてしまいトーレスはそれに耐え切れず床に倒れ込んだ。


「いっ、つぅ…。」

痛みの余り、歯を噛み締めていると足を下ろした兵士長の姿が。え?殴られたんじゃなくて蹴ったのかと思っていると、ドスッと鳩尾に兵士長の足が入った。


「もう一度聞いてやろう、トーレス。俺の女に何してやがる。」


リヴァイのその言葉にトーレスは完全に固まった。
バッとミラを振り返れば、いつの間に来たのかペトラとハンジが啜り泣くミラを必死に宥めていた。
周りを見れば騒ぎを聞きつけてやって来たらしいオルオやエレンなどリヴァイ班の面々や他の兵士まで来ていた。


「俺は、ただ、…ミラが女かどうか、知りたくて…っ!」

「知ってどうするつもりだった。」

「ただ、…知りたかっただけなんですっ!」

そう、ただ知りたかっただけ。確かに最初はそうだった。

「だが、てめえはミラを穢そうとした。…違うか?」

「そ、…れ、は…」

「巨人の餌になるより俺に殺されたいと見える。」

ギリッと足に力を込めれば流石のトーレスもグッと息を漏らした。

このままでは本当に殺してしまう、そう誰もが思った時、すっとリヴァイの目の前に手を下ろす人物がいた。


「リヴァイ、そこまでだ。」

「…エルヴィン。なぜ止める。」

「リヴァイ、君の気持ちも分からなくはないがここは抑えるんだ。」

「………、」

「ミラの為にも、だ。」

「………了解した、エルヴィン。」

リヴァイはそう言うとガンッとトーレスの横っ腹に蹴りを入れて背を向けた。その時羽織っていた薄手の黒の上着をミラにそっと掛けてやりなるべく優しくミラを抱き寄せた。
すんすんと啜り泣いていたミラだったが、リヴァイが抱き寄せた事によりリヴァイの胸に顔を埋めてまた泣き出してしまった。
その時、トーレスは後悔した。

怖かった。
犯されると思った。
あなた以外に触れられたくない

そうミラは泣きながらもリヴァイに言っているのを聞いてなんと自分は浅はかなことをしたのだと後悔した。

「あの、ミラさん…」

そう言えば大袈裟にビクつく肩も、不安気に揺れる瞳も全ては自分の過ちだ。


「…今の君の言葉はミラに届かないよ。君は私と来なさい。これは厳重注意で済ませていい問題ではないのは君でも分かるだろう?」

「…はい。」


そう言ってフラリとトーレスは立ち上がりエルヴィンに続いた。歩く度にズキズキと蹴られた所が痛む。かなり容赦無しに蹴ったらしい。チラリと見た横っ腹にはもう青々とした痣が出来ていた。

部屋を出る間際、ミラを見てみると兵長に頭を撫でられ、額にキスされていた。
その表情だけでもわかる。あの二人は愛し合っているのだと。
あの安心しきったミラの顔にチクリとトーレスは胸を痛めた。やはり、自分は最低なことをした。






トーレス・ワグナーがその後どうなったのかはミラは知らない。知りたいとも思わないし、思い出したくない。あれは物凄い恐怖だった。初めて巨人と対面した時よりも。
基準が巨人なのも可笑しい気がするが、深夜の部屋に年若い男が居て、しかも自分はほぼ全裸だし、男が自分に馬乗りになっているのだ。恐怖でしかない。
彼に舐められた所も触られた所も気持ち悪い。


「ごめっ…なさ、い、…っごめんなさいっ!」


ただただ謝ることしか出来なくて、けれどまだ顔を上げられない。
顔を上げた先にリヴァイでは無くトーレスがいたらと思うと震えが止まらない。


「大丈夫だ。ミラ…。」

その声が、優しくて。思わず彼を見ればとても優しい目をしていた。


「もう、彼奴はいない。」

そう言われて恐る恐る周りを見ればトーレスどころかハンジやペトラもいない。…野次馬達も。


「取り敢えず、俺の部屋に行くか。」

そう言ってリヴァイは軽々とミラを抱き上げ、部屋へと向かった。何時もならやれ恥ずかしいだの重いだの喚くミラが大人しく自分にしがみついている。やはり、よっぽど怖かったのだろう。まだ肩は震えている。


部屋へ着き、そっと彼女を下ろしてから部屋の施錠をした。
クルリと彼女の方へと向き合い、抱き寄せればふわりと香る彼女の甘い香り。

「…怖かった…。」

「あぁ、彼奴を殺そうかと思った。」

「すごく、こわかった…。」


すん、と啜り泣くミラに胸を痛めた。
ミラは滅多な事で泣いたりしない。そんな彼女がこれ程までに泣いているのだ。
ただ、自分に出来るのは…。


「今は、俺しかここにいない。」


そう言って抱き寄せた身体をきつく抱き締め、ベッドへと入った。
ミラはそれに抵抗しない。


「取り敢えず、今は寝ろ。」


寝て、また笑って欲しい。
自分が泣かせた涙ならいい。しかし、あんな奴を思って泣くミラは見たくない。
それでも努めて優しく頭を撫でれば安心したようにミラは目を閉じた。

どうか今日くらいは安らかな夢を見て欲しい。そう思い、リヴァイも目を閉じた。

























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