答えは二つに一つ/現パロ

結婚して早一年と三ヶ月。初めてミラと喧嘩をした。
原因は覚えていない。それ程ちっぽけな内容だったのだ。ただ、人間というのは不思議な生き物でそのちっぽけなきっかけで今まで流せた事が流せなくなる。昨日の自分達がそうだ。だが、昨日は何だかんだでミラが折れたのだ。
よくよく考えれば知り合ってもう五年も経つのだ。自分の性格だってわかって一緒にいるのだ。だからか、ミラと喧嘩した記憶は殆ど無くしかも全てがミラが先に謝って全てが終わっていた。だから、油断していたのだ。

確かに今日のミラは可笑しかった。何時もより二時間も早く自分の腕の中から起き出して、そろりと部屋を出て行った。始めはトイレかとも考えたがその可能性は消えた。
何故ならキッチンの方から物音がしたのだから。

昨日、あれだけ激しくしたのだからもっとギリギリまで寝ていると思ったのだが、そうするつもりは無いらしい。
かと言って自分までも早起きする理由はない。必要があるならばミラが起こしているはずだ。
時計を見ればまだ起きるまで二時間半はある。浅くではあるが、まだ眠れる。
今日だって会議だけでもう午前中は潰れるのは知っていた。午後だってきっと月末だからそれなりに書類だってたまっている。それらを考えれば休めるならば休むに限ると思い、リヴァイは目を閉じた。







きっかり二時間半後、ミラはリヴァイを起こしてしっかりと朝食を二人で摂り二人で片付けをして二人で家を出た。
それまでは普通だった。だが、一つ違うのは弁当を渡す時のあの笑顔だろうか。…何時もより笑顔だったのは気のせいだろうか。


リヴァイは会社へ、ミラは学校へ。
ミラは一応学校で科学教師をしている。だから通勤は一緒に行く事が多いし、ミラの学校はリヴァイの通勤道の途中にあるのだ。
ミラは学校の横に車を停めたリヴァイに向かって言った。

「行ってきます。…お昼、ちゃんと食べてくださいね?」

「……?…ミラの弁当は残したことがないだろうが。」

「はい。ですよね。ただ、言いたかったんです。大丈夫です私、リヴァイさんは絶対食べてくれるって信じてますから。」

「……?」


「…じゃ行ってきます。道、気をつけてくださいね?」

「あぁ。」

バタン、とミラは扉を閉めて校門の前に立つと笑顔でこちらに手を振っていた。…笑顔が不気味と思ったのは初めてだった。
この時、もっとミラに詰め寄っておけば、未来は変わっただろうか。



リヴァイは呆然とした。長閑な昼下がり。
昼食を摂ろうと自販機でお気に入りのお茶を買い、弁当を広げようとしたらふと違和感に気付いた。
…いつもの無地の包みでは無く、それはそれは可愛らしいうさぎの桃色の包みだ。

ぶはっ!と後ろで誰かが吹き出した音がした。クルリと振り返ればもう顔を真っ赤にしたハンジがそこにいた。


「…ちょ、リヴァイって実はそういう趣味?」

「あぁ?」

「やっだー!しかもこれ限定物のうさうさバンダナじゃん!…ププ。リヴァイちゃんは可愛いねー!」

「うっせ。黙れクソメガネ。…大方ミラが間違えたんだろう。」

「えー?じゃあ、その手紙は?」

「あ?……!」

そう言われて箸と弁当の間に挟まっていた手紙を開けばミラらしい丸字で「残したら今日から三ヶ月しませんからそのつもりで。」と書かれていた。…つまり、これは間違いではなくてミラはわかってやったという事だ。

…まさか。そう思ってゆっくりと包みを解けばそれはいつだかミラがお気に入りなのだと言っていた某ドーナツ店のお弁当箱だった。
後ろでハンジがゲラゲラ笑っていたがリヴァイはそれどころでは無かった。タラリと冷や汗が流れた。…まさか…。
恐る恐る蓋を開ければそれはそれは子供が喜びそうな世界が広がっていた。
ゆで卵はニワトリに、卵焼きはカニ、ウインナーはタコ、よく見ればレタスだってキャンディのようなデコレーション。極め付けにご飯はピカチ○ウではないか。
もはやハンジは腹を抱えて笑っているし、隣の席のオルオはコーヒーを吹き出し、ペトラは写メっている。気付けば周りには人だかりが出来ていて、女子社員はしきり完成度を褒めては写真を撮っているし、男性社員は言葉を失い、箸を落としてフリーズしている。
蓋を開けた本人ですらフリーズしたのだ。周りの衝撃たるや否や。ハッとして周りに睨みを効かせたところで遅い。

「そんな顔しても照れ隠しにしか見えないよー!リヴァイ!」

そう言ったハンジを本気で殺そうと思った。

だが、リヴァイは初めて本気で迷った。
食べなければ三ヶ月、ミラとするどころか恐らく触れることすらままならない。しかし、食べれば今までの自分が築き上げたものが…っ!


ギリッとリヴァイは歯を噛み締めた。
…怒っているなら怒っていると言えばいいものを。…いや、待て。そう言えば昨日ミラはこう言っていた。今まで一度だって謝られた事が無い、と。…それか、それの報復なのか。リヴァイは頭を抱えた。いや、しかし、これは…

するとぽん、と肩を叩かれ振り向けば凄まじいくらいに輝かんばかりのエルヴィンがいた。

「リヴァイ、愛妻弁当なんだ。食べるよね。」

それは最早疑問でも問いかけでもない。確定事項だ。
…そうだ、ミラは確かエルヴィンの従兄弟だった。
チラリとリヴァイは報復弁当ならぬ愛妻弁当を見た。…とても可愛らしい弁当だ。自分には不釣り合いな。

「リヴァイ、わかっているとは思うが…まぁ、ね。君の事だからわかってはいると思うよ。」

「…もちろんだ。エルヴィン。」

…食べるしか、無かった。
エルヴィンの異常なまでのミラへの溺愛ぶりは知っていたし、何よりエルヴィンが恐ろしいだけでは無かった。食べずにミラに避けられエルヴィンの報復を受けるか恥を偲んで食べて平和を勝ち取るか。そんなの答えは決まったようなもの。

この時、リヴァイは初めて弁当の味がわからなかった。
そしてリヴァイは誓った。たまには自分も謝る事を覚えようと。























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