手放す覚悟は2
「どうしたの?ミラ。相談事って。」

クリッとした可愛らしい目をこちらに向けて親友、ペトラはにっこりと笑った。

「ん。…ペトラにだけしか言ってないんだけど…。」

「うん。ばーんと言っちゃいなさいよ!」

何時だってあなたの味方よ!とペトラは言った。
ちょっと声が大きいかも、と思ったが流石金曜日の居酒屋。全然問題ない。

「…あのね、」

「お飲物はお決まりですか?」

言おうとした瞬間に店員さんが来て思わず俯いた。
やだ、タイミング悪い…。

「私はやっぱビールかな?ミラもビールでいい?」

「あ、私はウーロン茶で。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

そう言って店員さんはそそくさと行った。


「んで?何があったのさ。チーフが浮気したとか?…無いよねぇ。あんたにチーフベタ惚れだし。あ、もしかしてこの間チーフが告白されてたとか?…無いか。あの凶悪顔だし。むしろ告白したあんたは勇者だよ。」

「え…リヴァイさんは優しいよ?私が入社した時も不慣れな環境だろうって懇切丁寧に教えてくれたし。上手くいったらいい子いい子してくれるし…。」

「いやいや、ミラだけだから。潔癖性なのにあんたの頭撫でるとかもうあからさまでしょ。」

「そ、かな?」

「そーだよ!だってあの人上司ですら車に乗せないんだよ?!しかもあんたは助手席でしょ?ほら、やっぱ愛されてんじゃん。」

「えへへ。そうかなっ?」

「素直に照れるミラってホント可愛いー!私が男なら絶対付き合ってた!」

「私もペトラが大好きだよー。」

何時もと変わらない親友にようやく身体の強張りも取れて、自然と笑えた。
やっぱり高校からの親友は違う。


「そ、それでね。ペトラに相談なんだけど…。」

「うん。」

「この間病院行ったんだけど…」

「うんうん。」

ぐびっとペトラは運ばれたビールを飲み始めた。私もそれを見習ってウーロン茶を一口飲み、ペトラをじっと見て、


「私…妊娠したの。」

そう言った瞬間、ペトラはゴブっとビールを吹き出した。


「やだ、ペトラ汚いよ。」

そう言っておしぼりでテーブルを拭くとペトラはごめんごめんと言いつつ、「マジで?」と言った。

「チーフ知ってんの?」

「まだ…。言うべき…だよね?」

「あったりまえでしょ!っていうか一番に言ってやりなさいよ!」

いやーしかし、あのミラがねー。と言うペトラはすっかり笑顔だ。けど…


「だって、リヴァイさん来月に転勤決まってるし…。」

「あー、そうだよねぇ。」

「ただでさえ忙しいのに、なのに心配…かけたくない。」

「けどさ、普通自分の彼女妊娠したら喜んでくれんじゃない?」

「リヴァイさんは優しいから喜んでくれるかも知れない。けど、もし私のせいで転勤の話蹴ったら嫌だもの。…私、足手まといになりたくない。」


ギュッとスカートを握ってそう言った。
じわりと涙が浮かぶ。ダメ、泣いちゃダメ。
けれど一度溢れ出した涙はとどまる事を知らず、ボロボロと流れて行く。


「私っ、リヴァイさんが好きだけど、邪魔したくないのっ!知ってるの!今回の転勤は彼だって喜んでた!なのにっ…なのにっ!」

結局私が邪魔してる。そう言ってぐずぐずと泣き出してしまった私をペトラはあわあわしながらも、隣に来てポンポンと頭を撫でてくれた。

「チーフはさ、ミラの事一回も足手まといなんて思ってないよ。」

「だって、だって…っ!」

「だってさ、あんたを見る目は会社でも優しい目してる。…私、チーフがあんな顔出来る人だなんて知らなかったよ。」

「そ、れは…。」

「ね、ミラが一番分かってるんじゃないかな?…だから、チーフに言いなよ。ね?」

「ん…ん。」

「もしも酷い事言われたら私んとこおいで。私が養ってあげるから!ね?」

「ペトラ…ふふ。ありがと。やっぱりペトラに言ってよかった。」

「あったりまえでしょ!親友のためなら一肌抜いじゃうんだから!」


だから元気出しなさい!と言われてぐりぐりされていると、後ろの席から突然声が聞こえた。


「ちょ、リヴァイ落ち着いてっ!」

「あぁ?充分すぎるほど落ち着いてる。」

「だったら座ろうよ!ミラはリヴァイに言うって言ってたじゃん!」

「あぁ?うるせぇよクソメガネが。」

「睨まないでよー!」



なんと、真後ろの席には話の中心であるリヴァイさんとその友人(リヴァイさんは拒否ってた)であるハンジさんがいた。

こちらに来そうなリヴァイさんをハンジさんが必死になって止めていた。それはもう、全力で。


「テメェ、ミラ…俺に言わない理由はそんなんだったのか。」

「あ…う、」

「心の準備ってなら納得してやるつもりだったが、んなくだらない理由か。なぁ、ミラよ。」

「だ、だって、…私…。」

何時の間にか私達の目の前に来たリヴァイさんはそれはそれは物凄く睨んでた。テメェめっちゃ怖い。

「だって、リヴァイさんの迷惑になりたくなかったんですっ!」

涙ながらにリヴァイさんを見てそう言えば、リヴァイさんは盛大に舌打ちをして、私の腕を掴むとずんずんと歩き出した。

「ま、待って下さい!」

「あぁ?」

「だ、だって、ペトラがっ!」

「クソメガネと呑むだろ。」

「けどっ!」

気付けばもう車まで来ていて、リヴァイさんは私を助手席に押し込むと、それを見てから自分も車へと乗り込んだ。

「さて…しっかり話してもらおうか…ミラよ。」

「そのままです…。妊娠…したんです。あなたの子供を。けど、もし、邪魔なら、別れる覚悟だって…っ!」

「んな覚悟ねえくせに意地張るんじゃねぇ。」

「だって、…私…、」

「…ミラ、」

そう言ってリヴァイさんはするりと私の頬を撫でた。

「お前を手放すなんざするか。」

あまりにもその声が優しくて、泣きたくなった。

「まぁ、とりあえずは、だ。」

そう言ってダッシュボードから青い箱を取り出した。…もしかして…、

「結婚するか。ミラ。」

「うそ、…こんな…」

幸せなことってあるの?
ボロボロと泣き出す私の目元にそっとハンカチをあててくれた。

「わ、たしで…いいんですか…っ?」

「ミラだからだ。…ちなみにガキが出来たのはついでだ。転勤を期に言おうとはしてたんだが…。」

まぁ、お前の泣き顔は悪くないと笑っていた。

「リヴァイさん…私…、」

「まぁ、答えなんざ決まってるがな。」

「…、はいっ!」

そう言ってぎゅうっと抱きつけば、「まったく心配させやがって」と頭を撫でてくれた。


きっと彼のそばにいれば幸せになれる。だって、今もこんなに幸せなんだから。














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