...Can't read.
「・・・・・・読めん。」
「・・・あ゛?」
本日は晴天なり。
だからといって健康優良男子である訳もない俺は、狭くてどこか埃臭い、長年使用者の汗を吸った味も素っ気も女っ気もない寮の自室で雑誌に目を通していた。
自主練習も終えいたらしい、これまた素っ気ないハゲが机に向かっている。
俺がたでーまと帰ってきてから机にかじりついたまま口をひとつも動かさなかったオニイチャンが、久方ぶりに岩石のように凝り固まった顎を開いた
と、思ったらキャントリード。俺に救難信号発令だ。
俺の雑誌は役目を終えた。
「あによ雲子ちゃん、どこがわかんねぇの。漢字?英語?はたまた経典?」
雲水が勉強でも何でも、アメフト以外で俺に頼るということを普段しない為、多少なりともはりきりながらこの天才に任せろよと後ろから机を除きこんだ。
「あ゛ー?」
机上にはすっかり教科書あるいは教典があり、雲水がそれにハゲ頭を悩ませていると思っていた。
しかし雲水の前には、何もひろげられておらず
あるのはただ、手の中の携帯電話。
「・・・勉強じゃねぇの。」
「お前に教えられなくても間に合っている。」
協力してやろうとはりきった俺に、味も素っ気もない一言。
「・・・読めないんだ。」
しかし雲水が助けを求めているのは事実であり、対象がなんであろうと協力してやるってのがギリニンジョーってもんだ。似合わねぇけど。
そう思い直し、とりあえず雲水の悩みの種だろう携帯電話の画面を覗きこむ。
from阿含
Re:無題
本文
今から帰る。
ーEND-
まさしくそれは、俺が珍しく雲水の早く帰ってこい。メールに返信した、ほんの数十分前のメールである。
これが読めないということはあるまい。
しかし雲水に目をやれば、しきりに携帯電話を顔から近付けたり、離したり。顔を反らしたり、迫ったり。
「・・・・・・あ゛ー。雲水、出るぞ。」
「・・・・・・やっぱりか・・・。」
雲水は悟ったような、それでいて悔しそうな苦渋に満ちた顔をした。
俺達はそれきり、なんの会話もせずに財布を持って寮を後にする。
雲水の顔は何処か暗い。
それはそうだ。
なんたって奴は
老眼鏡を買いにいくのだ。
正確にいえば、遠視用眼鏡。
まぁ、せいぜいスタイリッシュなフレームを選んでやるくらいしか、今の俺が雲水にしてやれることはない。
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