ルシイー小説書いてみました。




神に祈りを捧げる彼の姿は
美しい。



常に光で満ちているこの天界の上でも、
この大天使の前であっても、
全く引けをとらないその真っ直ぐで、真っさらな姿。


大柄な体を、小さな子供の様に縮こまらせて、
見た目によらず綺麗で整った文字を生み出すその手を絡み合わせ、結ぶ。
いつもは意思の強い色を滲ませる緑色の瞳を、瞼の裏に隠し、蜂蜜色の睫毛で縁取っている。


なんとも、まぁ、完璧じゃないか!


ただひとつ、たったひとつを除いてね。




彼は今、神しか見ていない。




その閉じた瞳の闇で、お前はあの神々しい光を思い、描き、語りかけているのだろう。

それを許せなくなったのは、いつからだったか。
何度も巻き戻した時のせいで、それすら思い出せず、時の砂の中に埋もれていく。
ただただそこを、黒く、昏い砂嵐のような『働き』が、私の胸をざわつかせる。


・・・本当に天使にこんなヒトのような『働き』があるなんて、私は今の今まで知らなかったよ。





―――パチン





カリカリと、ペンを走らせる音以外の音が聞こえたのは、久方ぶりだった。

イーノックにはその音が何を示し、誰がこの書記官室にやって来た音なのかわかっている。

「ルシフェル」

振り返りながら、音を発した張本人の名前を呼ぶ。

「やぁ、イーノック。順調か?」

案の定そこにはいつもと変わらない黒い衣を纏っている、大天使ルシフェルの姿があった。

ルシフェルの問い掛けに、頷きで返したイーノックの耳に、衣擦れの音と、自らの髪が耳元でさらりと流れる音が聞こえた。


・・・どうにもおかしい・・・。


いつもとはどこかが微妙に違う空間の中で、イーノックは思った。


・・・、そうだ、音だ。音が聞こえる。


そう、イーノックの耳に届いた、自らの奏でる小さな音こそが、違いであった。
いつもだったらイーノックが頷けば、そこに間髪入れずにルシフェルが次の言葉を落とすだろう。だが今はそれがなかった。


ぼんやりといつもとの些細な違いに気付け、満足したイーノックの頭の中に、またひとつ疑問が湧き上がった。

・・・彼は何故黙っているのだろう?


その疑問の答えを探る為、どこを見るともなく漂わせていた視線をルシフェルに合わせた、

はずだった。



目の前に黒が拡がった。



ぱちん。



無口な奴は私の挨拶代わりの問い掛けを頷いて返した。

その際に耳に掛けていた髪が、さらりと顔に掛かり、まるで、先程の神に祈りを捧げていた時・・・、まぁ、私にとってはついさっきだが、彼にとっては大分前になるだろうか?・・・まぁいい。話を戻そう。・・・神に祈りを捧げていた時の、彼の傅いた姿と重なった。


ずくり、と。また砂嵐が巻き起こる。


・・・あぁ、その瞳が写すのは、

私だけでいいんだ。


そう、この『働き』の名前は、



嫉妬。



天使にあってはならない、

『感情』。



・・・私は、この『感情』の赴くまま、
どこを見てるか見当もつかない彼の目の前へと動いた。



ぱちん。



目の前に拡がった黒は、あまりに昏くて、イーノックは表情を伺い知ることはできなかった。


目の前の黒――ルシフェルは、イーノックがまだ状況を理解していないうちから、まるで急いているかのように、イーノックの唇に噛み付いた。


「っ?!」


急な出来事に反応ができていなかったイーノックも、やっと理解が追いついてきたのか、それともただ噛み付かれたことによる本能的な反応だったのか、
驚いて、ルシフェルを引き離そうと、彼の胸を押した。


しかし無駄な抵抗であった。
ルシフェルが、身体的な力以外の力でイーノックの頭と腰を押さえつけていたのだ。逃れないように、と。


「んむ・・・っ、ぅ・・・っ!」


引き離すことが不可能ならば、と、イーノックは隙あらば自らの舌をイーノックの咥内へと滑り込ませようとするルシフェルを拒むように、唇を固く結んだ。

それに、更に煽られたかのように、動きを妖しくさせるルシフェル。
それは最早、天使がヒトに施す祝福とは遠く掛け離れており、欲を多分に孕んでいた。

ルシフェルの舌が、イーノックの唇を撫でる程、生身の体であるイーノックには毒だった。


「・・・ぐ・・・っ、ん・・・!」


ルシフェルが、唇を端から端まで舌でなぞる程、唇を甘く噛む程、口の端から溢れた唾液をゆっくりと嘗め取る程、イーノックの体は熱く、溶けていった。


嘗められた箇所が、熱い・・・。


イーノックは、ルシフェルを受け入れた。




ぱちん。




私がイーノックへ、祝福ではないキスを落として、しばらくが経つ。
最初こそ、必死に暴れ、抗っていたが次第に唇が緩んでいった。

そのまま私は、奴の唇の先へ、舌を進めた。


ふっへへ。なんて熱くて、柔らかいんだろうな、イーノック!

「ふ・・・っ、は、ぁ・・・」


暫く咥内の温度と柔らかさを堪能した後、奴の熱っぽい声を聞きながら、私は舌で歯列をなぞった。


「ひ・・・っ?!る、・・・るし、ふ・・ぇ・・・・っ」


肩を飛び上がらせ、上擦り、うまく呼吸をできていないであろうその侵された唇で、微かに私の名前を呼ぶ。


・・・いいぞ、イーノック!


もっと、もっと私でいっぱいになれ。


私は唇を離し、二人の吐息が絡まる位置で留まった。

苦しそうに息を吸い込み、逞しい肩を頼りなげに上下させるイーノック。
既に抵抗の為で無く、私に縋り付き、崩れないようにする支えの為に私の胸元に掴まれた手。
そして、涙が滲み、不安と恐怖、そして確かな欲で蕩けた瞳を開き、蜂蜜色の睫毛をわななかせていた。



その瞳は、濁り、澱み、闇色を湛える。


そう、その瞳に映っているのは、

私。


神々しい、君の光じゃない。


イーノック、お前は私だけのものになった!!




そうしてまた、光を取り戻す前に、


私達は深く口付ける。


今より、もっともっと深く、


その先の黒を見る為に。



あぁ、イーノック

愛しているよ。


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