自傷好意
シチューが食べたいなと彼が言ったから、私は出来もしない料理をしようと思ったんだ
『マスター、座っててください』
パートナーのルカリオにぴしゃりと言われ、キッチンから追い出される
私の手はこの短時間で傷だらけになってしまった
ソファーに座って料理の完成を待っていたゲンさんが苦笑して、救急箱を用意している
「ほら、ナガレ。手当てしてあげるよ」
「…はい」
「また派手にやったね、ナガレ。一人で出来るって言ったから手伝わなかったのに」
「うぅ、スイマセン。」
すっかり気落ちしつつもキッチンに未練を残していると、パートナーが鼻を鳴らした
子供でも使えるピーラーでご自分の皮膚を削ろうとするくらいのレベルでよく包丁を持とうと思いましたねあなたは…と追い討ちで流し目をもらい、おとなしくソファーに腰掛ける
言い返す言葉もございません。
テキパキと私の散らかした残骸を片付けて、シチューの下拵えを始めたパートナーは、思い出したように
『ゲンさんもゲンさんですよ』
と咎めるように言う
ニコニコしながら、私の手にバンソーコーを貼ってくれていた彼が、ん?と首を傾げる
かわいい人だな。と思わず脳内で呟くと、ルカリオが波導に乗せず舌打ちした
『マスター?』
「…スイマセン。」
睨まれて、反射的に謝る
一体どっちがトレーナーなんだか…ぐすん
『全く…ゲンさんもマスターは不器用なんですから、料理なんかさせたらこうなることなんてわかるでしょう?』
「はは、そうだね」
「そうだねって、ゲンさん…」
「くすくす。ナガレ、すまなかったよ」
半分は冗談だよ。と誤魔化すように頭を撫でてくる
半分は本気なんですか?とは聞かないことにする
自ら傷口に塩を塗り込む趣味はない
「はい、おしまい」
彼の長い指が離れると、私の手は見事にテープだらけ
『マスター、しばらく水仕事は禁止ですからね』
肉球で器用にジャガイモを回すルカリオに刺々の声で言われ、はぁいと返事する
『前もゲンさんにクッキーを作るんだって無理して…ようやく火傷が治ったのに』
はぁ。と深い息を吐いたパートナーを、ゲンさんがまぁまぁと宥める
「ナガレは私の為に必死になってくれるからね」
つい意地悪しちゃいたくなるんだよね
にっこりと背景にお花でも散らしそうなほど笑って、バンソーコーで凸凹になってしまった指を撫でる
「…ゲンさん、私が怪我するのが好きなんですか?」
「違うよ?私の為に無理して傷を作ってしまう、不器用な姿が好きなんだ」
え?ん?と首を捻った私の額に小さなリップ音を残して、彼は心底幸せそう…
『全く、やっかいな人に好かれましたね。マスター』
いつの間にか、シチューの香りがしてきた部屋で、ルカリオがため息を吐いた
☆☆☆
自分の事、怪我も厭わず何でもしてくれちゃう位好きなんだ可愛いなぁ!みたいな
ヤンデレではないのでございます
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[mokuji]
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