右手と資料
「と、ゆーわけだ。頼んだぞ、クリーム」
『――!』
自室の簡易ベッドに腰掛け、ベトベトンのクリームに資料の入った鞄を渡すと、彼は右腕に挟み込んでそれを隠した
説明する迄もなく、クリームは俺の手持ちである
ベトベトンは進化して左手が強化された代わりに、右手が退化し小さくなっており、殆ど使われない
しかし使えないわけではない
申し訳ないが、下手にどこかにおいて置くよりも、クリームに持っておいてもらったほうが、俺も安心できる
ベトベトンという種族は、図鑑でも酷い言われようだが、体や呼気に強い毒性を持っている
威嚇のためにか、強い悪臭も放つというおまけつき
攻撃どころか、懐いてもいない人間が無闇に近づくだけでも毒で体内から蝕まれる事になるだろう
俺も初めて会った時は、知識もなく触れてしまって熱を出した
しかし逆を言えば、懐けば普通に触れられるし、不思議と匂いもしない
炎ポケモンなどでもあるが、相手の精神次第で熱さを感じず火傷もしない
いかに科学が発達しようとも不思議とは沸いてくるものである
ポケモンの謎は多い
全くの余談だが他地方の…ソケットだかバケットだとかいう組織から送られてきたこいつは、マスカットの親でもある
遺伝子上だけであるが
「さて」
資料の安全は確保できた
場所が解ったとしても、俺にしか触れられないのだから、本当頼れる良い子だ
近々、プラズマ団を率いたゲーチスが、新人トレーナーをかどわかしに
初の旅立ちを迎えるトレーナーと塾通いの子供たちの多いカラクサタウンに行くんだとか
それに引きこもり王子様も付いていくので、護衛に行けとのご命令が下されたため、ご挨拶に上がらなければ
ちなみに、何故俺が任命されたかといえば
まわりの下っぱがミネズミとヨーテリーと言う、扱いやすい進化前ポケモンにさえもてあそばれているのを見れば、察することができよう
ランクルスという種族値、能力共に優れた手持ちを持っていることも一因であろうか
「行くぞー、おまえら」
寝ていた焼林檎を抱え、浮遊するパートナーと伸びをしていたクリームに声を掛ける
王子様はいつものごとく、お部屋にいるだろう
という、甘い考えは呆気なく裏切られた
N様がお部屋にいらっしゃいません。何故だ
引きこもりといえど、外に出ないと言うだけで、建物は広いのである
どれだけアクティブな引きこもりだ
「…、マスカットー王子様の居場所知らん?」
『――?』
『――』
俺と一緒に居たのだから、知るはずもないが、聞きたくなるのは人間の心理であろうか
マスカットはもちろん、クリームも尋ねる前に頭を横に振る
可愛いなまったくもぅ
まぁ、またあの異質な空間に足を踏み入れなくて済んだのは幸いか
眠ったままの焼林檎をマスカットに託し、何もしないよりかは良いだろうと歩きだす
「N様ー居たら返事してくださいー」
建物内を彷徨いながら呼んでみる
まさかポケモンじゃあるまい、呼んだら来るとは思っていないが
「呼んだかい?」
綺麗に俺の真後ろから聞こえた早口に驚き、その拍子に足を滑らせてクリームに突っ込んでしまう
久しぶりに、死期を予感した
☆☆☆
マスカットがすぐにサイコキネシスで持ち上げてくれなかったら、窒息するところだった
「大丈夫かい?」
「……げほごほ、お気になさらず…念の為モモンの実は持ち歩いてますから」
『――』
「悪いなクリーム。ビックリさせて…」
「へぇ、君はクリームと言うんだね」
王子様、もしかして今の心配はクリームにじゃないだろうなぁ、おい。
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