食事と秘密

毎日、朝に行われるゲーチスとやらいう王様の、お説法を欠伸を噛み殺しながら聞き流す

これは一種の洗脳だろうか

暇すぎてマスカットの入ったボールを指で弾くと、カタカタとボールが答えるように揺れた

現実を見ずに夢を語るだけでは、世界は変わらない

あの王様は、王子様や沢山の人間を理想だけで飾られた言葉で操るつもりか

俺の捻曲がった心は揺るぎもしないが、絵空事の希望ほど、距離を見失って間近に見えるのだ

きっとこの組織は、指先の明るい未来に引き寄せられているのだろう

王様のありがたいお言葉の後、それぞれの割り振りを確認する

新入りの俺に任務などはまだ無いらしく、下っぱどものポケモンの管理を言い渡された

それも、ミネズミとかヨーテリーばかり

「全体的にレベル低いね。育て方も雑、環境も最悪。適当に野性で捕まえてそれきりか、信頼関係もてんでダメ。なぁマスカット」

『――』

大きな一部屋に集められたポケモン達への評価を上げる

マスカットがその通りだと言いたげに、短い腕を組んで頷いていた。器用だな

実験で産まれた高固体値のポケモンばかり見ていたせいで、この部屋のポケモンは物足りない…と考えてしまい、頭を左右に振る

命の価値に、弱い強いは含まれない。忘れろ

「に、しても酷い」

ポケモンに遊ばれる下っぱの惨めなこと惨めなこと

ポケモンは賢い。

相手が自分達に慣れていないとわかれば、良い玩具になると知っている

その証拠に俺のことは遠目に見ているだけで、飛び付いてこない

一人黙々とポケモンフーズを準備し、それぞれの器に小分け

ヨーテリーに噛まれた女の子の悲鳴を聞きながら床に並べ、手を一度だけパンと鳴らす

ポケモンと人間の隔てなく、注目が自分に向いた

「後で遊んでやる。みんな並べ」

『――!』

マスカットが俺を真似てか何かを叫ぶと、一斉に器に群がり餌を食べだす

どんなポケモンも食べているときは静かなんだなと、頬が緩む

『――』

「こら、お前は食うな」

『――!』

ミネズミから餌を貰っているマスカットに注意し抱き抱える

さっきお前は食べたばっかだろうが

不満そうなマスカットを撫でまわしていると、カチャリとドアノブの回る音が背後でした

場の空気が僅かに重くなったため、恐らく下っぱ仲間ではなく上司が来たのだろう…

呆然としていた下っぱどもが俺に…正式には後ろに入ってきた誰かに頭を下げた

「へぇ、初めてで上手にご飯を食べてもらえたんだね」

無機質な早口が俺の耳元で笑った

「ん?あぁカナタ、君だったんだね」

ゆっくりと振り向くと、王子様が俺…でなく、腕のなかのマスカットを見ていた

「ねぇ、カナタはプラズマ団に入る前、どこでなにをしていたの?」

『――』

「…ふぅん」

王子様は、マスカットの答を聞いて、詰まらなそうに頷く

「カナタの昔のことは話したくないんだって。君は何かを隠しているね?」

「さぁ?」

深い深い、深海みたいな目が探るように俺を見る

マスカットに向けるような優しい目で俺も見てもらいたいものだ。

大切な鞄は、今は部屋に隠してあるし、マスカットも黙秘してくれたから情報は何もないはず

しかし、プレッシャーで内臓吐きそう

「ふぅん、まぁいいか。トモダチ達のこと、任せたよ」

一瞬で踵返して、俺への興味を欠落させたように歩きだす王子様

トモダチとは、おそらくポケモンのことを指すのだろう…人間の所有物としてポケモンを扱う世界を変えたいと、この組織は存在しているのだから

自分から離れた視線に安堵の息を吐きながら、その背中に声を掛ける

「Nさまー」

「?」

「俺、ポケモン…トモダチの育成に関しては詳しいですよ」

「そぅ。」

王子様はきょとんとしたあと、ほんの少しだけ笑った

無機質な印象から一転、ふわりとやわらかい雰囲気に、戸惑う

過去は酷い事しましたが、今はポケモンの力になってやりたいんです

そういう気持ちを込めた言葉に肯定されたようで

違うとわかっているのに、僅かに許された気になった



☆☆☆
「マスカット、ありがとな」

『――!』

賢いパートナーを撫でる背後で、遊ばれる下っぱの惨めな悲鳴を聞こえないふりした

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