夜勤と珈琲
涼しい顔して、先程自分が煎れたばかりで湯気をたてる琥珀色の液体を啜る上司を、資料越しに盗み見る
あんな苦いもの…こっちは砂糖がそこにへばりついて残る程に入れて、漸く飲み干せるくらいなのに
よくもまぁ水のようにゴクゴクと喉を通っていくものだ
なんて思いつつ、ちゃっかり自分のテーブルにも同じものが置かれているのだけれど
ボスの珈琲を煎れる際に、一緒に自分のも用意してみたのである
タバコでもお酒でも苦手と思いつつ、他人が美味しそうにしていると手を伸ばしてしまう
実は美味しんじゃないかなと期待してしまうのだ
結局、文字通り苦い現実に直面して裏切られてしまうオチ付きだけれど。
猫舌の自分は、上司が着々と珈琲を消費していくのを見守りながら、コップの中の琥珀が冷めるのを待つ
無意味にスプーンで琥珀色を掻き混ぜていると、先程まで資料と睨めっこしていたボスが不意にこちらを見ていたことに気が付く
何だか先程から考えていたことが考えていたことだけに、少しの気恥ずかしさと後ろめたさを覚えた
そんな自分にボスは
「ナガレ様、」
嫌いだと申しておりませんでしたか?と小首を傾げ、指差されたカップにはやはり珈琲がなみなみと注がれている
まさか「ボスが美味しそうに飲んでいたので、自分も飲んでみたくなったんです」なんて恥ずかしいことを言えるはずもなく
曖昧に笑った自分に、何かを思いついたように口の端を緩めてボスは笑う
双子の弟さんと似た、普段は見られない意地悪な光を灯した瞳が、ゆっくりと細められていく
ありありと感じる嫌な予感からどう逃げるべきか
脳内会議に議題があがると同時に、おもむろに立ち上がって距離を詰めてくる
今このタイミングで自分が立ち上がるのも不自然だし、生憎逃げる術は残されてないらしい
ただ成り行きを見守るしかなく、呆然と見上げた自分との距離をさらに詰めて、まるで挨拶でもするように腰を折る
耳たぶに彼の唇が掠める距離で
「ナガレ様…今度、甘いものでもご一緒にいかがでございましょう」
苦い味も緩和されて、少しは飲めるのではございませんか?
距離を詰めてきたときとは違い、潔くスッと身を退いて背筋を伸ばした彼に、思わず目を奪われて見惚れてしまう
飲めもしない珈琲をわざわざ飲もうとした理由を見透かしたように、細められた目が、思ったよりもまだ近い
ボスの吐息から零れる珈琲の香りに、頭がくらくらした
(いつも私を見つめる貴方様に
砂糖やミルクの要らない甘い一時を)
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[mokuji]
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