ひまわりとリリア

監督生はただただ立ちすくんでいた

ほんの1秒前は、エースとデュースとグリムと一緒に廊下を歩いていたのだ。

授業も終わったし、ミステリーショップで何か腹に溜まるものでも買って食べようと話していて、瞬きした瞬間に違う場所にいた

校舎も少し肌寒い風も海の匂いも消え失せて、季節外れのまとわりつく様な暑い空気と土の香りが支配する

ハッキリとした白い雲と、憎々しいほど明るい太陽が浮かぶ深い青空

気が付けば、ユウはただ1人真夏のひまわり畑のど真ん中に立っていた

自分よりほんの少し背の低いひまわりに果てはなく、どこまでも黄色い花弁が見える

見渡す限りどこまでも平らな土地には、ひまわりの黄色が青空の始まりまで続いている。

「最近、妙にこういうことに巻き込まれる気がする」

呑気なユウも流石にそう愚痴を零したくなった

周りをくるりと見渡してみる。

ひまわり達は、監督生がちょうど両手を広げて回転出来るほどの位の空間をあけて立っていた

なんだかその空間が、酷く居心地悪く感じられた

学園集会等で人がきちんと並んでいる中、自分だけ何らかの理由で避けられているかのような疎外感

自分の後ろに道はなく、前にだけ人1人が通れる程度に開けている

まるでここを通りなさいと言われているようで、若干気味悪く思うものの、地平線の彼方まで続く向日葵を掻き分けて進む勇気も出ない

じんわり汗が滲んでくる。

ブレザーを脱いで腰に結びつける。風がないせいか、まとわりつく空気が暑く鬱陶しい

シャツのボタンを外し、首元を大きく開きながら

「…進むか」

と監督生は誰に言うでもなく、取り囲む向日葵から逃げ出すように歩き出した



向日葵の中、1本だけ伸びる小道を進むことしばし

頬を滑り落ちた汗を首を振って弾き、額に滲んだ汗をシャツの袖で拭って、いつの間にか靴の先ばかり見つめていた視線を上げる

一体、どれほど歩いただろう。体感では1時間は休まず進んだ

しかし、景色は歩き始めた時と変わりなく見える。同じ高さで咲き誇る向日葵の先には青空しか無い

「…?」

監督生はほんの少し、違和感を感じ立ち止まる

前を向けば、ひまわり達はユウを迎えるかのようにこちらを向いていて

後ろを見れば、名残惜しむようにこちらを見つめている

一面に続く向日葵畑の景色は、一向に変わらない。

監督生は数歩進んで、後ろを見る

向日葵の花は全て、茶色部分…管状花をこちらに向けて、見あげている

また数歩進んで、確かめるようにまた振り返る

向日葵の花は、1本残らずこちらを見あげている。

前を向けば、向日葵はユウと正面から向かい合うように咲いている

なのに

監督生は、暑さのせいとは違う嫌な汗が背中を伝うのを感じつつ、ゆっくりとその場で回る

どの花もこの花も、全てが監督生の方を向いている

なんで通り過ぎた向日葵が、こちらを向いている??

まるでそれは、街中で突如奇声を発した人物を見るように

まるでそれは、珍しい虫の入った籠を覗き込むように

興味と好奇心と観察じみた視線

「っ!」

ユウは耐えきれず走りだした

………のだが

「お、いたいた!こんな所におったのか!」

と目の前に逆さまの笑顔が降ってきたことに驚き、尻もちをついて座り込んだ



「いやー、エース達が必死になってお主を探しておっての。もしやと思ってここへ来てみたのじゃ」

まさか本当に見つかるとはのぉとリリアは呑気に笑う

背中には、向日葵畑を歩いた疲労と知り合いに出会った安堵と驚きとで腰が抜け、動けなくなったユウをおんぶしている

「あの、ここってなんなんですか?」

監督生はリリアのぴょこぴょこ揺れる毛を眺めながら尋ねる

リリアはツノ太郎やシルバーやセベクに比べれば小柄だが、監督生を背負っても重みなど感じていないように軽々と歩いている

彼は近所を散歩するかのように黄色い花弁に囲まれた小道をずんずんと進んでいきながら

「ん?あぁ、害はほぼないから気にするでない」

とカラカラ笑う

監督生は頬をひきつらせて

「ほぼ…」

と復唱した。充分怖かったし害があると思うんだけど

少しリリアの背中から身を起こして後ろを見る。相変わらず、向日葵はこちらを見ている

というか、通り過ぎてく向日葵の首がゆっくりとこちらを追跡してくるのをまじまじと見てしまった

その様子が、動物園で檻の向こうの生き物が歩き回るのを眺める子供の姿と被る

監督生は鳥肌を立ててぶるりと体を震わせ、暖を取るかのようにリリアの背中にぴとりと身を寄せた

リリアは監督生の幼い子供のような仕草に、クフフと独特な笑いの声を漏らす

ひまわり達の視線に晒されながら、監督生を背負ったリリアは軽快に歩き続けていた

のだが

「あっ」

と声を上げ、急に立ち止まった

「え?」

「大事なことを聞き忘れておったわ」

リリアはほんの少しユウを振り返る

髪に阻まれ、視線があうことはなかったが、ユウはビクリと肩を跳ねさせる

なんだか、見えないはずの紅い目が、鋭く自分を突き刺したかのように感じた

「ユウよ。ワシと会うまでに、花をむやみに傷つけたりしておらぬか?」

「……へ?」

「花を傷付けたり、何かを尋ねられ答えたり、ものを渡されてはおらぬか?」

「え、えと」

リリアの顔は見えない

声は明るく、普段と変わりなく聞こえる

しかしどことなく張り詰めた空気が、ユウの喉を締め付けるようだった

全く知らない他人のミスを押し付けられそうになっている時と同じような、嫌な気持ちになる

何か言わないと、暖かな背中から下ろされ、ここに置いていかれてしまうような不安に駆られる

「あの、花を、傷つけては、いません。」

喉から出た声は掠れていた。唾を飲み込んで、ほんの少しでも喉を湿らせて

「誰もいなかったから、話してもないし、何も貰っていません」

と言い切った。ちゃんと言えた、と何故かとても安堵した

「そうか」

リリアは止めていた足を動かし、歩きだしながら、小さな子供を褒めるかのような声色で

「なら良い」

と穏やかに笑った

つい先程まで果てなど無いように見えていたのに、いつの間にか向日葵畑の端に辿り着いていた

リリアは向日葵畑から出ると振り返る

全ての向日葵が、リリアとユウを見つめている

ユウは視線から逃れるように身を縮めて、リリアの肩に顔を埋めた

「異世界の子が気になるのはわかるが、子が怯えるでの。このようなことは二度とせんでくれ」

リリアは穏やかな声色で、子供のイタズラを咎めるようにそう言った

消して背中の子には見せぬように、悟られぬように

その深紅の目は業火のように向日葵を鋭く睨みつける

ユウが顔を上げた時には、目に焼き付くような青空を背にしたひまわり畑は消え失せ、冷えた空気に包まれていた

「へくしゅっ」

と監督生が気温差に鼻をやられてくしゃみをすると、リリアは

「これはいかん」

とオンボロ寮に向けて急いで歩き出した



オンボロ寮で暖炉の火にあたり、リリアに淹れてもらった紅茶を飲んでいたところに半泣きで飛び込んできたマブ達曰く、監督生は1週間も行方不明だったらしい

あちこち探し歩いたんだぞと代わる代わる文句を言う子供たちに

「1週間で済んで良かったでは無いか」

と、エース達にも魔法で出したポットで紅茶を入れてやりながら、リリアは笑う

「お主が珍しくて、近くで見てみたかったんだろう」

そうリリアの白い指がユウをゆっくり指差すと、エースが無言でユウに抱きつく

その指先が、ユウを攫ってしまいそうな気がしたのである

「まぁ、気に入ったら、そのまま連れていく気だったかもしれんがな」

妖精は鋭い牙を見せつけるようにカラカラ笑う

デュースもぎゅっと監督生に抱きついた

なんだか大切な友人を奪われてしまう気がして

「良かったな、たったの1週間で済んで」

人間より寿命の長い生き物が、目を弓なりにして笑う

グリムも言葉に出来ぬ恐怖を本能的に感じて、監督生の膝に乗り上げ抱きつく

マブ達はしばらく、いつもの騒々しさが嘘のように、震えて団子になっていた






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