出会いの頃の、小エビちゃん

さてさて、モーガン達がマレウスの登場で賑わっているところではあるが、少し昔の話をさせて頂こう

これは彼女が人間だった頃の話で、まだアズールがオーバーブロッドを体験してない位の時期の話

2つばかしオーバーブロットを解決して忙しく学生の本分を全うしていた監督生が、珍しく授業を休んだ日のこと

1人で授業に出席したグリムは、見知った顔に監督生はどうしたと尋ねられる度に

「ただの風邪なんだゾ」

と素っ気なく答えた。

エースもデュースもまぁそんなこともあるわな。と大して気にすることなく、昼休みと放課後グリムにスポーツドリンクやらパンやら買って渡してやることにした

初めは見舞いに行くつもりだったが、グリムが

「子分が「風邪を移したくないし、寝起きの顔見られるの恥ずかしいから来ないで欲しい」って言ってたんだゾ」

と似てないモノマネ付きで言ったから止めたのだ。

この頃にはよく絡むマブ達は、監督生から自身は女だとこっそり教えてもらい知っていた

なので、自称出来る男達はオトメゴコロを配慮したのだ



そんなことは全く関係ないと我が道を行くのがフロイド・リーチという男

最近気になるちょっぴり面白い奴…監督生こと小エビちゃんが風邪で休みだと小耳に挟んだ彼は、長い足で地面を蹴っ飛ばしすたこらさっさとオンボロ寮へ向かっていた

授業めんどくせぇーから…じゃなくて、小エビちゃん寂しいとイケないからオンボロ寮まで行ってあげよと授業をサボり昼休み前に乗り込んだのである

念の為に言っておくと、この頃のフロイドは小エビのことをちょっと面白い後輩程度にしか思っておらず、当然まだ付き合ってもいない

そして、小エビが実はオスに擬態したメスだなんて可能性をミジンコほども考えたことがなかった。つまりは男だと勘違いしている

「小エビちゃぁーん、お見舞いに来たよォー」

ミステリーショップで買ったよく分からん洗剤みたいな味のするジュースとゲロマズグリーンな栄養剤、そして普通のスポーツドリンクを入れた袋を片手に、ガンガンと玄関のドアを叩く

蝶番の辺りがミシミシ嫌な音を立てた

ドアが壊れる前に手を止めてちょっと待ってみたが、中から返事は聞こえない

「こ、え、び、ちゃーん!!」

もう一度玄関をリズミック連打していると、カチャリと鍵を回す音がした

リズムを刻む手を止め待っていると、ゆっくりとこちらを窺うかのように扉が開く

扉の奥には小エビではなく、すっかり保護者が定着してきているゴースト達が浮かんでいた

フロイドは予想していた小柄な人物が出て来ず、視界が真っ白ボディーで覆われたことにほんのちょっぴり驚く

ゴースト達はその身体で入口を塞ぐようにして密集してふよふよ浮かびながら

「お見舞いはお断りしているんだ、悪いね」

「おやおや?今は授業中のはずだよ?」

「あの子は今寝ているんだ、起きたら君が来たことを伝えておくよ。差し入れ、ありがとう」

「またあの子が元気になったら遊びにおいで」

と次々に口を開き、フロイドの体をくるりと反転させて外へと押し出してしまった

がちゃん。と背後で扉が閉められる

なんならその後すぐに、鍵をかける音までした

「……んぇ??」

一瞬の出来事でちょっぴり呆気にとられたフロイドは、しばらく殺風景な景色を無意味に眺めて目を瞬く

左手に持っていたビニール袋、無くなってんだけど。てか、オレ、何も言ってないのに追い返されたの?酷くね?

オレやジェイドだって、同じ状況で話くらい聞くよ?その後ぎゅーっと絞めちゃうかもだけど

フロイドは玄関を振り返り眺める

いつもなら秒でゴースト達を追い回していただろうが、苛立ちよりも驚きが勝ってしまい、そういう気分になれなかった

しかし、せっかくここまで来たのにあっさりと帰る気分でもないので…

「まぁいいや、窓から入っちゃお

とフロイドはニンマリ鋭い歯を見せつけるように笑った

玄関から離れてオンボロ寮の横側へと周り、品定めするかのように眺め見る

小エビの部屋は、外からでも簡単に目星が着いた

他の部屋はボロボロのカーテンが閉められているか、倉庫替わりにされているのか大きな家具等で塞がれているのが見えるが、一つだけ小綺麗にされているからだ

部屋の位置を確認すると、その場でぴょんぴょんと軽く飛び跳ねて身体を解し、足首を回す

準備体操を終えると、フロイドは助走をつけてから地面を蹴った

「よっ!」

長い足と腕を駆使し、魔法など使わずに壁を駆け上がるように昇る

窓枠に手を掛け、鍵開け魔法で解錠してあっさり部屋の中へと侵入を果たした



侵入したフロイドは、部屋の匂いに眉を顰める

海の中でならばサメを寄せ付けるため、忌避すべき匂い…血の匂いが充満している

本能的にピリつくフロイドを他所に、部屋の主は侵入者に全く気が付かず、青白い顔でベッドに横になり眠っている様子だ

一瞬、血の匂いと顔色の悪さから最悪の連想ゲームをして死んでいるかとも思ったが、布団が微かに上下しているので、生きてはいるらしい

フロイドはおもむろにちまい小エビに近づいて行く

間違いない

鉄臭い匂いはベッドに近づく程に強くなる

フロイドは躊躇いなく布団に手を掛け、小エビに気が付かれないようにそろーっと持ち上げた

そして目を見開くと、窓から勢いよく飛び出した



フロイドは窓から飛び出した後、ゴロンゴロンと転がって衝撃を殺し、転がった勢いのまま走り出しビュンビュン風を切り駆け抜けていく

「んでっ、こんなっ、遠いんだよ!!」

苛立ち紛れにフロイドは空に向かって咆哮をあげる

オンボロ寮の位置は校舎のすぐ隣だが、その間には崖が聳え立っている。

メインストリートの方へ行くなら崖をぐるりと迂回しなければならないのだ

あのちっせぇ小エビは、登下校の度にこんなに歩かされんのかよ。可哀想!!アズールに言いつけてやるからな!!

誰に対してか分からない怒りを胸に、植物園や魔法薬学室の横を走り抜け、吊り橋を渡る

フロイドが大慌てでドアを蹴り開けて飛び込んだのは、ミステリーショップだった

周りに人の気配が無いことをざっと確認すると、突然の乱暴な来訪者に驚きの声を上げた店員に詰め寄る

授業中は客が少ないので、とっても油断していたサムはカウンターの中でコーヒー片手に寛いでいたのだが、フロイドが取り立てのように迫ってきたのでちょっと零してしまっていた

そんなことは全く気にせず、人魚は鬼のような剣幕で

「セーリ用品ちょーだい!!専用のパンツも!」

と叫んだ

「…what?」

サムは珍しく目をまん丸にして、口を間抜けに大きく開けた

皆も知っての通り、ナイトレイブンカレッジは由緒正しき男子校である

一般公開日ならともかく、普段生理用品を買いに来る客は、生徒では当然居ない。

…いや、嘘をついた。たまに痔が酷い生徒が小さいヤツをこっそり買いに来ることはある。イグニハイドの小鬼ちゃんが多い。次にスカラビアの小鬼ちゃん

でも生理用パンツまで買いに来た生徒は前代未聞である

「…人魚の小鬼ちゃん、オスには生理はないよ?…いや、まさか、人魚って性転換するのかい?」

ちょっぴり声を潜めて、気を遣うようにコソコソ話すサムに

「はぁ?!」

と、フロイドは顔面をクッシャクシャに歪めて切れた

陸に上がる人魚専用の訓練学校に通うのだ。その際人間の身体の構造等もしっかり教わる

そんじょそこらの人間より余っ程、人体の仕組みには詳しいっつーの!!!誰がメスだ!!

オレは性転換しねぇわ!!!

「ウミウマ君、ばっかじゃねーの?!俺じゃなくて、小エビちゃん!!小エビちゃんがメスなの!!!」

「………Seriously?(マジ?)」

「………すぅーーー……」

フロイドは手のひらで顔を覆い、思わず天を仰ぐ

ガチで驚くサムの様子に察してしまった。これ、教員も誰も、小エビの性別把握してねぇんじゃね??

男子校で唯一の女という不利すぎる事実を隠し身を守るため、男のふりをせざる得なかったのだろうか

先程部屋に侵入した際、小エビちゃんは腰の辺りにバスタオルを敷いて眠り込んでいた。

布団を捲られ流し込まれた冷気に小エビが眉を顰めて身を縮めた際、バスタオルが赤く汚れているのが見えてしまったのだ。

ご丁寧にバスタオルの下には、血が浸透してシーツを汚さないようゴミ袋が敷かれているのも見えた

頭の回転の早いフロイドは、その時点で怪我じゃないのに血が出てる=生理=メスじゃんと気が付いたのだが、もうひとつ嫌な可能性に思い当たってしまった

やけに念入りに漏れないようにしてんなって思ったけどさぁ、これさぁ、漏れないようにってレベルじゃねぇよな……これさぁ、これさぁ、この子、生理用品買えなかったんじゃ無いの???と

「監督生誘って麓の街に行こうとしたらさー、保護者同伴じゃなきゃ学園から出るの禁止って学園長に言われたんっすけど、今どきそんなんありえます??」

と、部活中に口を尖らせたエースがジャミルに愚痴っているのを聞いたことがあった

つまりは、小エビが1人で買い物をできるのはこのミステリーショップだけである。なのにサムが把握していないと…

フロイドは若干頭痛がしてきて頭を軽く振る。サムも同じタイミングで同じ仕草をしていた

彼もまさかオンボロ寮の小鬼ちゃんが女の子だなんて思いもしていなかった。

ブラジャーとかどうしてんの?まさかしてないなんてことないよな?そういえばあの子、特売品とか安いものしか買わないけどお金足りてない?

女の子にひもじい思いさせて生きてたの??Oh my Gosh

サムは今まで生きてきた中で1番深い罪悪感を抱え、思わず神を拝む……無神論者だけど、今だけは心をちょっと清らかにして欲しいので

男のふりをするために買う訳にはいけなかったのか、金銭的に買えなかったのか、それはフロイドにはわからない

しかしそんなことはどうでもいい。メスが困っているという事実が確かにここにあるのである。

それに気付いちまったなら、オスは手を差し伸べなければならないのだ

「ウミウマ君、とりあえずセーリに必要なもんちょうだい。あとなんか食いもんと、毛布と…あー、あとメスって何がいんの?」

とりあえず寝床でちまく丸まって青い顔で眠っているであろう小エビを救うことしか、フロイドの頭にはなかった

サムは若さと青き春の気配に、真っ白な歯を見せつけ親指を立てる

あと普通にオンボロ寮の小鬼ちゃんが可哀想&罪悪感ヤバいので、これから贔屓する所存である

「このサムにお任せを!!必要なものはIN STOCK NOW!!ついでに学園長のカードから支払いは済ませておくよ!!」

「待って、なんでここにカードあんの?」



と、こんな感じで、フロイドは小エビを意識するようになっていくのである




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