蛇とジャミル

監督生が珍しく真剣な顔をして何かを見つめていることに気がつき

「どした?なんかあった?」

とエースが尋ねる

監督生の視線の先には同じ部活の先輩…ジャミル・バイパーがいた

いつものようにカリムに対し何か言っている。

遠目に見ても表情がイラついており、何かやらかしたのだろうカリムが、頭を掻き笑いながら謝っている

「使い魔かなぁ」

「へ?何が?」

監督生はジャミルをじっと見ている

「ほら、蛇」

「蛇?」

「ジャミル先輩の肩に乗ってる」

エースは目を凝らす。寮服の時は蛇を模した飾りをつけていた気がするが、今はそれらしいものは見えない

蛇いるかぁ?と目を細めたり大きく開いたりしてみるが、よく見えない

「お前、目がいいのな。俺には見えねぇわ」

「そう?…げ」

監督生が大袈裟に肩をビクつかせて、エースの背中に回る

「え?何?」

「シャーッてされた。怖っ」

「威嚇?」

「多分。」

「蛇も目がいいんだな」

「エース、蛇以下じゃん」

「うるせぇ」

エースと監督生は、年相応にはしゃぎながら食堂へと向かう

じゃんけんで負けて、先に席取りに言ったグリムとデュースが待っているはずだ

そんな2人の背中を、ジャミルの肩から顔を覗かせた蛇が、じーっと睨むように見ていた



カツン、カツンとヒールが廊下を叩く音がする

通常の男子校ならありえない音だが、お洒落男子の多いこの学園では割とよく聞く音である

寮服付属の靴がパンプスの場合もあるし、逆に普段から履き慣れていないと苦労するだろう

自分なら無理だなぁ

監督生は、すっかり聞き慣れた足音を耳にしつつ自身の冴えないスニーカーを見下ろす

そろそろ新しいの欲しいなぁ。かっこいいローファーとかでも良いんだけど

「あぁユウ、少しいいか」

そう声をかけられ、ゆっくりと振り返った監督生は、不思議そうに首を傾げる

「あれ、ジャミル先輩?」

「なんだ、俺じゃ不満か?」

「いや、不満じゃないんですけど…」

ユウはチラリとジャミルの足元を見る

「…ヒールじゃない……?」

「??」

足音が聞こえるほど近くにいるのはジャミルしかいないようだ。コツコツと去っていく足音も無かった。

「よくわからんが、頼み事をしたい。また宴の手伝いをして貰えないか?」

カリムが急に宴をやると言い出して困ってるんだ。とチャコールグレーの瞳を瞼に隠れさせながら重い息を吐き出す

ジャミルのこのなんとも言えない呆れ顔が、監督生は割と好きである

苦労人でちょっぴりひねくれているけど、真面目に取り組む彼らしい顔だと思うから

「あぁ、余った食事は持ち帰ってもいい。やってくれるな?」

「ふふふ、僕でよければ」

ユウはにっこり笑ってOKを出す

美味しいご飯が食べれて、お土産まで貰えるならなんだってやりますとも。

「じゃあ放課後に迎えに行く」

とジャミルが離れていく

コツコツとした高い足音を響かせて



「じゃあ、準備が出来るまで任せたぞ」

ジャミルがそうカリムに言う。が、その言葉のうち7割は監督生に向けられたものだろう

「あぁ、客人の持て成しは任されたぜ!」

とカリムが元気よく返す少し後ろで、監督生も人差し指と親指をくっ付けてOKマークを作って笑った

宴の手伝いをとスカラビアに招かれたユウだが、料理や飾り付けを任された訳では無い

宴の準備の間、カリムが勝手に動き回って余計なことをしたり、急な思い付きをしたり、魔法の絨毯を引っ張り出したり、宴の準備を引っ掻き回したり余計なことをしたりとにかく俺の邪魔をしないように動きを止めていてくれ!!

…という、料理から手を離さずに飾り付け等の指示を飛ばしつつカリムの面倒等見ては居られないジャミルの代わりに、客人のもてなしという名目で大人しく座っていて貰う作戦である

談話室のクッションの上にカリムと監督生を座らせ、茶の準備と軽く摘めるものをいくつか並べつつジャミルはユウをちらりと見る

任せたぞ。と視線で告げ(念を押したとも言う)キッチンへと踵返す

その際に翻った黒の長髪から、ツンと鼻を突くような不思議な匂いがした。

監督生は何の匂いだろう?とほんの少し身を乗り出す

するとジャミルの髪の隙間から、蛇がちらりと顔を覗かし、首をもたげた。

ねっとりと絡みつくような嫌な視線だった。恋の執着を溶かし込んだ女性を思わせる目だ

「っ!」

蛇は驚いて固まる監督生を睨み付け、口を大きく開けてシャー!!と威嚇した

剥き出しの口内と、鋭く光る牙に

「み゛」

と監督生はカリムの後ろへと逃げる。

「ん、どした?」

「また威嚇されたや…」

「???…何にだ?」

カリムは首を傾げ、ジャミルの背中を見送る

監督生とカリムは互いに目を丸くして、キョトンとした表情で見つめ合う

まさかこの至近距離であの蛇が見えないはずがないだろうとカリムを見つめるユウ

それに対し、何もしていないジャミルに急に怯えて威嚇されたと言い出したユウを不思議がるカリム

そういえば、エースも蛇を見つけられなかったなぁと思い至ったユウは

「もしかして、あの蛇、ボクにしか見えてない?」

と思わず零した

「蛇?」

ジャミルのことか?と不思議そうなカリムを無意識に放置しつつ、そういえば、蛇の睨め付ける目は僕だけを見ていたなぁとユウは顔をちょっぴり顰める

履いていないヒールの音、先程香った、いつものジャミルとは違う違和感のあるきつい香水のような匂い

「ねぇ、カリム先輩」

「ん?なんだ?」

「不躾なんですけど、もしかして、ジャミル先輩に、こう、恋慕している女性がいたりしません?」

ジャミルが置いて言ってくれたナッツを手に取りつつ、ユウがそう尋ねると、カリムの視線が空を泳ぐ

「あー、その、1人…」

カリムは言い淀む

カリムの脳内には、ジャミルとぜひ婚約をと迫る女性がチラついている

婚約と名ばかりで、アジーム家に仕える優秀な従者を引き抜きたいのがありありと見て取れた

本当に想いあっているのなら、カリムも諸手を挙げて喜び賛成するし、挙式も盛大にするし宴三昧にする

しかし、ジャミルの意思も関係なしに無理やり連れていこうとするのだ

何度か父親から断って貰ったが、どうも執拗いのである

「早めに対処した方がいいかもしれませんね」

付き纏ってますよ、その方

ユウは平然とそう言ってナッツを口に入れ、カリカリと噛み砕く

カリムは困った顔でその横顔を見るが、すっかり茶菓子に夢中になっているユウは全く気が付かなかった



数日後

「そういえば、肩が軽いな」

そう呟くジャミルに

「片想いって厄介ですよね」

とユウがケタケタ笑う

カリムはなんとも言えない曖昧な笑顔でその様子を眺めていた





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