ご飯とラギー

ラギーは割と監督生の食べっぷりが好きである

好き嫌いが少なく、嫌いなものでも出されたものは極力残さず食べる

この学園はよく言えばのびのび育った、悪く言えばワガママな生徒が多いので、こんな当たり前のことすら出来ない輩が多い

あと、幸せそうに食べるところが良い。

ここの程よく甘やかされた坊ちゃんどもとは違い、なんでも頬を膨らませてもきゅもきゅ目を細めて頬張る姿が地元のガキ共っぽく、また小動物みたいで好きなのだ

この学園に来てから慣れない自炊やら節約やらで食への有難みが増したユウにとって、おなかいっぱいに食べられる=ハッピーという式が産まれている

この思考も庶民的で、小金持ちの坊ちゃん達にはなかなか無いものだ

そういった面でも意気投合するのかもしれない

そんな食べるの大好き監督生が、数日前からまともに食べていないのだとか

なんだかんだ可愛がっている後輩のジャックが、しっぽをへちょんと垂れて心配そうにしつつ、ラギーに相談を持ちかけてきた

「なんかこう、食べたいのに食べれないみたいなんっすよね。」

不慣れな敬語混じりの話を聞くに、なんとか監督生に食わしてやりたいが、いい案が浮かばないとのことだ。

「どういうことなんスか?それ…さっぱりわからないんだけど。」

思ったままそう口にすれば、ジャックの耳が困惑を表す様にへたり込む

「それが、俺たちが食い物を持っていっても食わないんです。いや、食べようとはするんだが…なんと言ったら良いのか…」

群れないだの一匹狼だのと言う割に、仲のいい同級生の様子が気になるらしい

しかしまぁ、監督生の様子がジャックの説明じゃあさっぱりわからんってことで、珍しくドーナツを持参してオンボロ寮を訪ねた

ラギーが食べ物を分けるなど、レオナが知れば明日は槍が降るかオーバーブロットかと大袈裟に驚いてみせただろう。オーバーブロットは冗談でもやめて欲しいが

いくらラギーでも、可愛い後輩が何故か飢え死にしそうと聞けば食べ物を差し出すのである

……自分の分も多めに作ったし、材料費はレオナの財布から出たけれど。



オンボロ寮の談話室にて

テーブルに大量に作ったドーナツをドンと置いて、ラギーと監督生は向かい合って座っていた

もとより恵まれた体格では無いユウが、さらに少しやつれてしまった様子が哀れに映る

出来たてでホカホカ湯気を立てる美味しそうなドーナツを前に、監督生は何かに怯えるような、または堪えるような妙な顔をしている

表情とは別に、腹の虫はくるくると鳴いて目の前の美味そうなもんを寄越せと言わんばかりだ

「どうしたんスか、ユウ君。食べていいんスよ?」

ラギーは山盛りにしたドーナツのてっぺんのひとつを手に取り、自身の口へと運ぶ

たった1口で、円形の半分ほどが消えた。

素朴な甘みともちもちした食感。

あとでちょちょいと振った粉砂糖もいい感じ。

我ながら上手に出来たと、残りの半分も口に放り込んで甘くなった唇をぺろりと舐める

「自分で言うのもなんだけど、オレが奢るなんて滅多にないよ?」

「食べたいんですけど…」

監督生は恐る恐るといった様子でドーナツに手を伸ばす

「…やっぱり、食べれない」

監督生の目から、ポロポロと涙が零れる

ラギーは目の前で泣き出した後輩にギョッとして耳を伏せる

「お腹すいたぁ〜!!ご飯食べたいぃ〜!!」

年甲斐もなくギャンギャンと、子供のように泣くユウと、スラムのガキどもが重なる

とにかく泣き止ませたいのと腹を満たしてやりたい気持ちになり

「あぁー!!ほら、食べて!食べていいから!」

と、ラギーはドーナツの山からまたひとつ温かなそれを取り、1口大にちぎって泣き声を上げる口に投げ入れてやった

しかし監督生は噛みもせずにドーナツを飲み込もうとし、喉につまりかけたのか反射のままに吐き出す

唾液まみれのドーナツが机の上を転がり、監督生は涙をボロボロ零しながら盛大に噎せた

「げほっ、ごほっ」

「ちょっ、何してんスかアンタ!そりゃ噎せるに決まってるでしょ」

慌てて後輩の背を摩ってやる。

監督生は嗚咽と咳の間で

「食べ方が、わからなくなるんです」

と震える声で言った

「食べ方がわからない?」

「お腹すいてて、食べたいのに、食べようとするとわからなくなって……ぐずっ…水しか飲んでないんです…」

相当弱っている様子のユウを見下ろす。

空腹ってのは嫌だ。命の危機を感じ、些細な不安を増長させる。

たった数日、何も食わないだけで生き物は死ぬ。1番身近に感じる死の予感は空腹なのだ。それを満たすことが出来ないなど、考えたくもない

普段からなんでも美味しそうに食べるユウが空腹に喘ぐのは酷く哀れで、心底同情した。

それと同時に、この程度で泣き出すこの子は、餓死の恐怖など今まで知ることもなかったんだろうなと、どこか羨ましくもなった

裕福ではないが「普通の家庭」で育ったのだろう。自分たちとは違って。

ラギーは、監督生の涙をそっと親指で拭って

「水は飲めるんスね?」

と確認するように尋ねる

「…はい…ぐすっ…」

「なら、ちょっと待ってて」

ぱぱっとテーブルの上を片付けて、ラギーは優しく子供にするように頭を撫でる

「今、美味しいもん持ってきてあげるから」



ラギーを待つ間にちょっぴり落ち着いた監督生の前には、湯気のたつマグカップが置かれていた

「……あの…」

「ユウ君、どうぞ召し上がれ」

マグカップの中は、見慣れた白い液体が揺れている

小さい頃、眠れない日に母が淹れてくれたホットミルクだ。と監督生は頬を緩めて温かなカップを包み込むように持つ

顔にカップを近付けると少し甘い香りが鼻腔を擽った。蜂蜜でも入れてくれたのだろうか

何度かふーふーと息を吹きかけて、少し冷ましてからミルクを口に含む

懐かしくて、なんだかまた少し泣きそうになる。空腹を満たすには足りないけど、温もりがほんの少しお腹を落ち着ける

ラギーは慈愛に満ちた、歳下の兄弟でも見守るかのようなブルーグレーの瞳が細められる

「…ユウ君はいつも美味しそうに食べるから、羨ましかったんスよね。」

「…へ?」

「…全部飲んだら少し寝ましょうね、ユウ君」

まるで子守唄でも聞かせるような声で、ラギーはそう微笑む

「そしたらきっと、食べられるようになるっスよ」



ラギーの言うがまま、ホットミルクを飲んで少し眠った監督生は、恐る恐るドーナツを頬張る

すっかり冷めてしまったが、噛めばもっちりとした弾力があり、口の中に柔らかな甘みが広がる

文字通り噛み締めるように咀嚼し、飲み込む

「食べれた…美味しい…!!」

堰を切ったようにドーナツをもきゅもきゅと頬張る

ここ最近、何故か食べ方を忘れてしまっていた。食器の使い方も、咀嚼することすら、何故か理解出来ず行動出来なかった

空腹は確かに感じていて、お腹を満たしたくて仕方が無いのに、食事という行為がわからなかったのだ

必死に今までの分を取り戻すかのように食べる監督生を見つめ、自身の口にもドーナツを運びつつ

「ユウ君はいつも美味しそうに食べるっスね」

と笑った

ユウが、口内がドーナツでいっぱいで返事ができないのをいい事に、ラギーは穏やかな声色で続ける

「1度も腹を満たしたことがなかったから、羨ましかったんスね、きっと」

監督生はドーナツを食べる手を一瞬だけ止めたが、またすぐに頬張りを再開する

なんとなく、またあの甘いホットミルクが飲みたいなと思った




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