小エビちゃ…小エビちゃん?!
一方その頃のフロイドは…
「小エビちゃんが消えた!!!」
胸に抱えていた愛しい番が急に消失したことに大慌てで幼馴染の部屋の扉を蹴破っていた
自室にてベッドに寝そべり、経済誌を読みつつスマホを弄ってのんびりしていたアズールが目をひん剥く
完璧に他人にみせてはいけないプライベートの姿である。アズールは経済誌をぶん投げて飛び起きた
「はぁ?!本当か?!」
「なんか一瞬、変な魔力感じたなって思ったら消えた!!探して!!」
フロイドはアズールの胸倉を引っ掴んでグラグラ体を揺らす。マグニチュード7の勢いだ
「お、おおお、落ち着け!!」
「フロイド!魔力探知機を持ってきました!」
騒ぎを聞き付けた有能秘書ジェイド・リーチは魔力探知機を起動させる
見た目は一昔前の携帯電話のようなこの機械…魔力探知機とはその名の通り魔力を辿ったり、誰の魔力か判別出来る機械だ
魔法を使用すると、大なり小なり必ず魔力の痕跡が残る。その痕跡を分析してくれる優れ物である。
…本来なら警察が持っているような物であり、一般家庭に置いてあるものではないのだが、何のために持っているのかは深く考えない方が良いだろう
ただ言えるのは、取り立ての時に便利です(にっこり)ってことくらい
「まずは魔力の痕跡の洗い出しを…」
「とりあえず動くなよ」
機械をフロイドの胸元へと近付けて何やらピコピコと操作する
「変な魔力を感じたと言いましたね」
「うん。でも、近くに他人の気配はなかった」
「恐らくマーキングされましたね」
「あの誘拐未遂の時か…」
頭の回転の早い3人は、あっという間に小エビ消失の答えを導き出す
モーガンの体には、目に見えない細工をされた魔法陣が貼られていたのである。
モーガン本人の持つ魔力に紛れてしまう程の些細な魔力で貼り付いていたそれは、転移魔法のポータル代わり
もうひとつのポータル(今回の場合はモーガンが閉じ込められていた水槽)に必要な魔力を流せば、物質の転移が可能となる魔法である
このポータル、作成には貴重な材料を多く有する他、転移するものに直接貼り付けておく必要があり手間が多い
しかし、今回のように何も知らないお間抜けな男に誘拐を依頼し、万が一、直接の誘拐が失敗した時のために魔法陣をつけさせておけば、依頼人はなんのリスクもなく誘拐出来ちゃうってわけ
「クッソ…アイツ、ぎゅぎゅーっと思いっきり絞めてやる…」
動くことの出来ないフロイドは、歯の隙間から絞り出すように低い声を出す
機械を操作する手を止めることなく、アズールは
「絞めたところで何も知らないでしょうがね。目先の金に目が眩んだただの間抜けです」
と冷たく言い放つ。
まぁ、ストレス解消くらいは付き合っていただきますけど。あの子に傷一つでもついていたら、どうしてやりましょうかねぇ?
「魔法陣の魔力を検知出来ました。次は追跡ですね。すぐに迎えに行けそうでなによりです。」
ジェイドはいつものようににっこりと微笑んだが、目が全く笑っていない
あぁ相変わらずトラブルメイカーで飽きない面白い方です。しかしね、こういうのはいただけないんですよ
あなたは僕たちの傍で面白いことをしてくれなくては。
こきりと首がなる
「方角と反応の大きさから考えて、大まかな位置は…」
「地図を持ってきます」
サッと机がある場所へ移動し、卓上に地図を開いてペンを走らせる
「オレ、陸のこと嫌いになりそうだわ」
普通こんな短期間に何度も誘拐される?とフロイドは顔を顰める
アズールはわざとらしく肩を竦め
「では、モーガンさんを海へと招待しますか?」
と言ってのける。フロイドの顔がまた歪んだ。あの能天気な子が厳しい自然界を生き抜ける気は全くしないので。
「それはそれで、サメの群れに突っ込んでいきそうですよね」
「否定できねぇわ。」
ジェイドが地図に経路を書き込みつつくすくす笑う。
「さて、あまり時間はありません。さっさと行きましょう」
アズールがマジカルペンを一振りして、全員の服を着替えさせる
さあ!戦争の始まりだ!!
と、勢いよく飛び出したかったのだが、部屋の中にキラキラと緑色の光が爆ぜ初め、フロイド達はピタリと動きを止めた
初めは埃が舞うかのように小さく疎らな光だったものが、徐々に火花のように大きくなり部屋中に満ちていく
「これは一体…」
「転移魔法か?!」
「うおっ、眩しっ!!」
三者三様、驚きつつ思わず目を閉じる。瞼越しに勢い良く光が弾けた
目を閉じていたの言うのに、眩し過ぎて目眩を起こす程だ
そして
「フロイドさん!」
と愛しい声が自分の上から降ってきた
フロイドは眩しさを頭を振って追い払い、番の声のした方に目を向け
「小エビちゃ…小エビちゃん!?」
驚いてひっくり返った
なんとこの図太いの擬人化である小エビ、ちまいお手手でマレウスの角を三輪車のハンドルの如く握ってニコニコしていたのである。
時期妖精王の貴重な肩車だ。おそらく、今世紀最初で最後の肩車であろう。
八本の触腕が無遠慮にマレウスの肩やら首にへばりついている。
モーガンにとってツノ太郎は、昔から一切警戒のいらないお友達なので、触腕も好き勝手ぺたぺたしているのだ。ツノ太郎、マイフレンド
マレウスも多少自由過ぎる触腕が生き物の急所である首に遠慮なく触れまくることや、
妖精族なら(というか、マレウスを知るヒトなら皆等しく)恐れて決して触れないであろう角を無邪気に掴んできたことにほんの少し驚いた
まぁしかし、この子は前から一切の悪意も敵意も無い、幼子同然な生き物だと知っているので好きにさせてやっている。なんせ懐の深い男なので。
仮にセベクが見ていたらこの家が吹き飛ぶ勢いで叫んでいたかもしれないが、いないのでなんら問題はなかった。うん。
アズールはギャグ漫画のごとき後ろへと吹っ飛んだフロイドと今の状況が面白過ぎてバイブレーション起こしているジェイド等目に入らず、不敬罪…と回らない頭で考えていた
だってあなた、次期妖精王ですよ?一国どころか一種族治める王様の象徴である角を引っ掴んで、キラッキラ笑ってますよ?
あ、でもマレウスさん、何故かドヤ顔ですね。良いんですか?…いいのか、そうか。じゃあいいや。
アズールはもうなんか全部面倒くさくなって自己完結した。マドルにならない余計な思考はしない主義なのだ。
「久しいな、アーシェングロッド」
マレウスは呑気に、とりあえずこの中で同じ時期に寮長をしていた1番顔見知りのアズールに声をかける
「お、お久しぶりです、マレウスさん。その、頭の上の彼女は…」
「あぁ、助けを求められたから応えたまでだ」
「はぁ…」
この人、学生時代からさっぱり読めないし、わからないんですよねぇ。とアズールはわりと失礼なことを考える
何故かドヤ顔のマレウスと、ドヤ顔のモーガンに見下ろされ、そっとため息1つ。
なんで僕の周りはこうマイペースな奴が多いんだ…
ようやくバイブレーションから復帰したジェイドが、スマホを取り出しパシャパシャ撮影を始めるのも見えないふりだ。
フロイドもようやっと立ち上がり
「もうどーなってんの小エビちゃん…」
と独り言ちる。俺の番、予想外過ぎね?
若干カオスになってきた場の空気など全く意に解せず
「きゅい!!あのね、フロイドさん!私、魔法が使えたんですよ!」
とモーガンがはしゃいで言う
「まほう」
「きゅいっ!!その、なんかこう、ツノ太郎にね、テレパシー送ったんです!」
「てれぱしー…」
小エビちゃん、オレさっぱり訳が分からないよ。とスペースウツボを晒すこと数秒
ジェイドが何故かスペースウツボの写真を5枚ほど撮っている時に我に返り
「つかいつまでウミウシ先輩に乗ってんの!小エビはこっち!!」
と子蛸を確保した
「きゅっ?!」
勢いよく引き剥がされ、驚きの鳴き声を出したモーガンに笑いつつ
「懐の浅い男だな。」
とマレウスが言う。直ぐにフロイドのヘテロクロミアが見開かれ、威嚇の体勢に入る
「あ゛ぁ゛?!」
「ぎゅるる…ダメですよ、フロイドさん!ツノ太郎は私を助けてくれたんですよ?」
「それはそれ!番が他の雄に引っ付いてんのがおもしろいわけねぇじゃん!!!」
「やれやれ、嫉妬とは見苦しい…人の子よ、お前はこんな男でよかったのか?」
「きゅっ!ちょっとヤキモチ焼きだけど、優しくてかっこいい人なんだよ!」
「ほぅ?他の男と話すだけでこれ程取り乱す狭量な奴が?」
片方の眉を持ち上げて、悪ぅく微笑むマレウスに、小エビはちょっぴり苦笑いする
ツノ太郎ったら、フロイドさんで遊んでるなぁ…と思いつつ、ギュイギュイ唸り始めた恋人の頬を宥めるようにぺちぺちする
なんせ娯楽の少ない時代から生きている長命な妖精族、エンタメとは他人の色恋沙汰と昔から相場は決まっているのだ。
色恋沙汰は見るのも聞くのも良いし、なんなら下世話に引っ掻き回すのも大好き。妖精族はわりかしこういう所で厄介なタチなのである
「ちょ、もう小エビちゃんと喋んないで」
すっかりへそを曲げたフロイドは、番を長い手脚で抱え込んでしまった
ぎゅうぎゅう抱きしめられ、少し苦しいけど落ち着くなぁとモーガンはニコニコである。タコだし、狭いところが落ち着く。
「小エビちゃん、オレじゃなくてウミウシ先輩呼んだのぉ?」
唇を尖らせ拗ねた声色で尋ねつつ、番の丸い頭に顎を乗せてグリグリしてやる。
頭頂部の刺激にモーガンはキャッキャしながら
「違うんですよ。フロイド先輩の所にワープしようとして、ツノ太郎パワーにあやかったらテレパシーが出ました」
と答えた。
ワープがテレパシーにはならんやろ…つか、ツノ太郎パワーってなに?
「???」
スペースウツボ再びである。この小エビ、説明が下手だ…
「ふぐっ…ふっふふふふ」
子蛸が渾身のドヤ顔で平らな胸を張る様子に、ジェイドが再びバイブレーションの化身となった
ちなみに、先程から喋らなくなったアズールはもうとっくの前に理解を諦めて新メニューについて考えている。
シルキーメロンのデザートとかよさそうだな…でも仕入れ値が高いから元を取るには…あぁ、この時期だとガッツリ系の肉もいいな…夕焼けの草原とのコネが欲しい…
「…まぁいいや、おかえり、小エビちゃん」
フロイドはドヤ顔の番に匂いを自分の移すように頬を擦り付けて、とりあえず無傷で帰ってきたことを素直に喜ぶことにした
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