うさぎとルーク

突然ですが、うさぎの耳が生えました

長いうさぎの耳です。これは長いのでうさぎの耳なのです

僕の頭頂部から、ぴょこんと間抜けに生えたのです。

うさぎの耳が生えたので、僕はうさぎになったのです

うさぎになった僕は、オオカミに食べられてしまうのです。

オオカミは僕の影を食べるのです。影を食べたら、しばらく人間になるのです

「やぁ、トリックスター。どうしたんだい?浮かない顔をして」

そう声をかけてきたのは狩人です。なぜなら彼は狩人の帽子を被っているからそうなのです

羽のついた帽子は狩人の帽子なのです。

狐を狩る男なのです。弓矢で獣を射殺すのです。なぜなら彼は狩人だからです。きっとそうなのです。

だから僕は言うのです

「助けてください」

僕、オオカミに食べられてしまうのです



ルーク・ハントはその切れ長の瞳で、1人の人物をじっと見つめていた

トリックスター。魔力を持たないながら、様々な事柄を知恵と持ちうる全てを使って解決してきた人間

そんな監督生だが、なんだか様子がおかしいのだ

妙に警戒し、怯えている。まるで肉食獣の影に怯える草食動物のようだ

なので声をかけてみた。ほんのちょっぴりの好奇心と優しさだった。

うそ。好奇心9.7割。0.3割の優しさを添えて。コーンスープの上の乾燥パセリより少ない

「やぁ、トリックスター。どうしたんだい?浮かない顔をして」

そう尋ねてやれば、ビクリと大袈裟に肩を震わせた監督生は、何故かルークの帽子を呆然と眺めた後に

「助けてください」

僕、オオカミに食べられてしまうのです

そう言って縋りついたのだ

「Oh la la」

思わずそう零れ落ちた。

真面目な顔をした監督生が言うには、うさぎになってしまったのでオオカミから守って欲しいとのこと

「オオカミとは?」

「鹿の角、鹿の体、蹄を持った鳥です」

「Oh la la」

もう一度、思わず声にした

それはどちらかと言えば羽根の生えた鹿なのでは?とか、オオカミどころか草食動物のようだね?とか、言いたいことは沢山あったけれど

酷く脅えた子うさぎが懸命に伝えるには、自身を脅かす生命は皆オオカミなのだそうで

愛の狩人(ル・シャソゥ・ドゥ・アムール)に声を掛けてきた以上、期待に応えてやらなければならない

「任せてくれたまえ、ユウ君」

ルークは胸を張って、しっかりと目を見て答える

「私がオオカミ ( ルー)を狩ってみせよう」



さて、そんなこんなで始まったオオカミ狩りだが、怯える子うさぎは目を白黒させていた

「まずは準備が必要だよ」

そう狩人に言われて連れられたのはポムフィオーレ寮のシャワールームで、何故か石鹸で身を清めさせられた。

お高そうなボディーソープ等ではなく、ハーブの匂いのする石鹸だった

自分と時を同じくして、同じように石鹸でさっぱりいい香りになったルークは、次に指ぬきとフォークを持ってきた。

「トリックスター、これがなにか分かるかい?」

狩人は目を細めながら尋ねる。

その目が獲物を定めて舌なめずりする獣のように見えて、ほんの少し怯えつつも

「指ぬきと、フォークですよね?」

とユウは答える

間違えることなく、紛うことなき銀の指ぬきと銀のフォークだった。

「いいや、違う」

と狩人は笑う

「これは弓」

ルークがそう指ぬきを示すと、指ぬきはグンと伸びて弓になった

張られた糸すら、鋭利な刃物のような銀色だ

「わぁ!」

思わず見蕩れて、ユウは感嘆の声を上げる

「ふふ、そしてこれは矢だ」

そう言えば、フォークもぐんと伸びて先をとがらせ、矢へと変わった

こちらも矢尻から羽根まで、全てが銀でできていた

「いいかい、ユウ君。オオカミは確かに恐ろしいけれど、君は立ち向かわなければならないよ」

ポムフィオーレ寮から出て、人気のない広い場所へと移動しつつ、ルークは優しい声で諭すように語りかける

「どうしてですか?」

哀れなうさぎは、どこからオオカミが襲ってくるかとビクビクしつつルークを追い掛ける

「そういうものだからさ」

「??」

「オオカミは怖いかい?それは未知だからさ。でもね、未知には定義づけが良く効く。生き物の生態を知れば、自ずと弱点も分かるようにね」

ユウはさっぱり分からないと首をかしげ、ルークはそれをみてクスクスと笑った

狩人は迷いなく歩を進め、運動場の端へと来ていた

マジフト部や陸上の声出しが遠くに聞こえる

「いいかい、トリックスター。君は立ち向かわなければならない。決して逃げてはいけない。わかったね?」

ルークは念を押した

監督生は怯えつつも首を縦に振る

オオカミも怖いけど、狩人も十分怖いので



運動場の端はほとんど森だった。

監督生は言われた通りに、森の入口でただオオカミが来るのを待っていた

物音に肩をビクつかせ、影に震えて目を潤ませる

逃げたい。隠れたい。怖い。

しかし、森に紛れてしまった狩人が何処からか見ているのと、決して逃げてはいけないと何度も言い含められたので、ウサギはなんとかその場に立っていた

不意にバサッと羽ばたきの音が響く。

大きくて重たい体を持ち上げるような、ゆっくりとした音だ

何処からかやってきたのではなく、突如その場に出現したかのように、羽ばたきの音がした

監督生は大きく目を見開く

自分の真上に、太陽に覆い被さるかのように巨大な羽根が広げられている。空を鷲掴みにするかのような大きな角がこちらを向いている

「あ、あ、」

思わず踵がじりっと音を立てて下がるが、それでもなんとか逃げ出さずにその獣を睨む

だって、逃げてはいけないから。

オオカミは獲物に狙いを定める為に、大きく羽ばたいて空に留まっている

ユウは潤む視界でなんとかそれを睨みあげ

「逃げるもんか…逃げるもんか!」

まるで自分に言い聞かせて鼓舞しているように呟く。

その声は情けなく震えていたけれど、確かにウサギはその場に立っていた

ルークは、健気に勇気を示した子うさぎの姿に

「マーベラス」

と口にした

母が子へ向けるかのような、穏やかな微笑みを携えて、弓を構える

迷いなく、しなやかに。その動きは機械のように精密で、しかしとても滑らかであった

ビンッ!と張り詰めた糸が放たれ、軽やかな音がする。

オオカミはぐらりと傾いで

やがて本来の鹿がそうであるように地面へと落ちてきたのだ



「はぁ…はぁ…」

ユウは腰を抜かして、地面に座り込んでいた

だって、空からモンスターが降ってきたんだもん。しかも、自分の目と鼻の先に落ちた。腰くらい抜ける

「やぁユウ君、怪我はないかい?」

そう背後から声をかけられ、ユウはビクリと肩を跳ねさせる

「えと、はい。多分。」

「ふふ、手を貸そう。」

「あ、ありがとうございます」

ルークの差し出した右手に自身の右手を預けると、まるで軽い荷物を持ち上げるかのようにひょいと立たされた。

これは筋肉や関節の動きをよく理解しているルークだから出来るのであって、一般人が真似をすれば肩やら手首やらを痛めるので真似しないように。

ルークは監督生をしばらく観察する。

外傷はみられない。

自身をウサギだと思い込む様子もなく、すっかりいつもの監督生に戻ったようだ

「ユウ君。」

「はい。」

「君は、とても生存本能が強いのだろうね」

「???」

それって生き汚いってやつですか?貶されてます?と首を傾げる監督生に、ルークはニッコリ穏やかな声で

「うさぎ(ラパン)ではなくなっただろう?」

と微笑んだ


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