薔薇とトレイ

トレイはサイエンス部の備品を取りに、倉庫まで足を運んでいた

昨日うっかり爆破してしまい、機材を破損してしまったのだ

派手な爆発な割に怪我人はいないし部室も無事なあたり慣れている

それがなんともNRC生らしいところである

あそこは火鳥の羽根ではなく、足を使うべきだったか…等と考察していると

「うん……うん……そうなんだ」

と誰かの話し声が聞こえた。その声は親しい友人と話すようになんの警戒心もなく、楽しそうだ

「…うん…へぇ…赤が好きなの?…」

しかし妙なことに、相手の話し声は聞こえない。

こんな倉庫しかないような場所で話し込んでいる変わり者は誰かと、ちらりと視線をやれば、見知った小柄な生徒が立っていた

その生徒は、何故か壁の方を見ている

「監督生?」

トレイがそう声をかけると、監督生はパッとこちらを振り返りニッコリと笑った

「あ、トレイ先輩!こんにちは」

「どうした?こんな所で」

「いつものですよ。」

「いつもの?」

「学園長の雑用」

「あぁ…」

監督生の手には小さい木箱が2、3積まれていた

「中を見ずにとって来いって言われたんですけど、何が入ってるんですかね…?」

と軽く木箱を揺らしている。

「貴重品だとまずいし、振るのはどうかと思うぞ?」

「あ、確かに…」

「…ところで、お前、1人か?」

先程まで誰かと会話している様子だったのに、ここにいるのはユウ1人だ。

話し相手になりそうな生き物もいない

トレイの質問に、監督生は

「はい、そうですよ?」

と心底不思議そうに首を傾げつつ答える。

「誰かと話してなかったか?」

「え?そうでした?」

「………。」

トレイは監督生が向いていた方の壁を見る

薔薇が1輪、小さな白磁の花瓶に飾ってあるものの、他におかしなものは何も無い。特に魔力も感じない

「そうか、勘違いだったかもしれん。すまんな」



パチンパチンと枝切り鋏を動かす

薄ピンクの小さな可愛い花を密集して咲かすハルオミナエシ、まん丸で黄色く大きな筒状花をもつカモミール、いい香りのするラベンダー

採取用にと持ってきていたポリ袋にそれぞれ入れて、屈んで作業していた為に痛んだ腰を伸ばす

パキポキとちょっぴり嫌な音がした

植物園で明日使う為の薬草の採取をしていたのだが、集中が切れた為か、ボソボソと話し声がすることに気が付いた

「………白が嫌いなの?……綺麗なのに…」

声のする方へ向かっていくと、木の裏側に人影があった。割と近くにいたらしい

どこかぼんやりとした瞳で、和やかに話しているようにみえる

どこか危うげな雰囲気に

「監督生?」

と、そう思わず声をかけると監督生はぱちぱちと目を瞬かせ

「あ、トレイ先輩!こんにちは」

と能天気に挨拶してきた

「…お前一人か?」

「はい!グリムはマジフト部に遊びに行ってて…」

「そうかそうか。悪いが、時間があるなら少し手伝ってくれないか?薬草採取が大変でな」

「いいですよ!…その、出来たら…」

「あぁ、分かってる。手伝ってくれたらタルト焼いてやるからな」

「わぁ!」

トレイが声をかけてから、監督生が全く見向きもしなかった場所を見る

そこには雪のように真っ白なキレイな薔薇が1輪だけ植えてあった



「最近、よく見るな…」

トレイは思わずそう呟く。本当に最近は、妙に様子のおかしい監督生を見かけることが多かった。

決まって1人の時、ぼんやりと薔薇を眺めているのだ。

声をかければ何もかも忘れてしまったように振る舞うし、記憶を操作するような魔法を使われた痕跡や魔力も何も感じない

面倒事には関わりたくないが、可愛い後輩の1人である監督生を放っておくのは流石に気が引ける

今日も声くらいはかけてやるかと、トレイは監督生の方へと歩を進める

ユウはトレイの気配に気が付く様子なく、じっと壁の方を見つめていた。

今回は会話はしていない様子で、ガラス玉のような無感情な瞳でじっと白い薔薇に視線を向けている

白磁の一輪挿しに、たった今摘まれたばかりのようにみ瑞々しい薔薇が寂しげに生けられている

ユウの唇がゆるりと開く

「……赤が欲しいの?…赤いものなんて、」

血しかないなぁ

監督生が薔薇へと手を伸ばす

白い薔薇は当然ながら何も言わず、沈黙を守っている

トレイは何となく、ただ本当に何となく薔薇に触れさせてはいけないと思った

ユウの指先が茨に触れる寸前にその手首を掴む

「ユウ」

「………。」

いつものように声をかけても、監督生は反応しなかった

手首を掴まれていることに気が付いていないかのように、じっと薔薇だけを見つめている

「ユウ、聞こえるか?ユウ」

「……ぁ、」

「あ?」

「……赤が…好きなの…」

「赤?」

監督生はうわ言のように赤が良い、赤が好きだと繰り返す

「赤。」

トレイは少し考えて、薔薇にペンを向ける

最近はスイーツ作りを任されていてめっきりやる機会がないが、1年生の頃から体に染み付いた魔法を唱える

「『薔薇よ、赤へと変われ』」

パーティーの準備の際、飽きるほど使った色変え魔法。薔薇を染めるのは、ハーツラビュル寮生にはお手の物だ

魔法の光が弾けると、じわじわと白い花弁が、端の方から徐々に赤へと変わっていく

布に色水を染み込ませるように、ジワジワじわじわ侵食していくように赤くなる

薔薇がゆっくりと赤に染まり切ると

「ありがとう」

と、監督生はそう言った

微笑むように柔らかく、妙に艶っぽい声だった

隣にいるのが別人へと変わってしまった気がして、トレイは勢い良く監督生を見る

トレイの妙な焦りと胸騒ぎなど全く知らない監督生は、ただただ不思議そうにトレイを見上げていた

「あの、トレイ先輩、なんで僕の手を掴んでいるんです?」

「……あぁ、悪い」

パッと弾かれたように手を離して、薔薇の方を見る

赤い薔薇があるはずのそこには、白磁の一輪挿しだけが残っていた






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