心臓が持たないよ、小エビちゃん
エース&デュースの活躍によりぐるぐる巻きにされた小エビ誘拐犯は、アズールに引き渡された。
今後どうなるかはアズールの采配次第だ。
まぁ、目先の金に目が眩んでお粗末な誘拐を企てるような能天気かつ空っぽの頭では使い道はそう無い。
せいぜいサメの餌がお似合いだろう…と言いたいところだが、アズールも大人になった。
足がつかないようにしつつ、上手に使い潰すつもりだ
こういう空っぽ頭な輩は使い捨ての駒としてイソギンチャクを生やしておくと後々役に立つ
人権?ボク人魚なのでちょっと知らない言葉ですね
アズールもそうだが、フロイドも大人になった。
学生時代なら「ちょっとこいつ今から絞めるね」と速攻砂時計みたいな体型になるまで締め上げただろう
しかし、今はそんな事に時間を費やすより番と一緒にいたいので、誘拐犯を血祭りに挙げずに見つめている
あまりに慣れた様子で他人をふん縛ったエースとデュースに少し毒気を抜かれたのもあるけど。だってマジ早かった
そんなこんなで子ダコ誘拐事件はあっさり幕を閉じた
フロイドとモーガンとマブ達はあちこちブラブラと歩き回り、学生時代に戻ったかのようにはしゃぎ回った
今どき本物の学生だってこんなに騒ぎはしないレベルではしゃいだ。なんたって、久々の再会なので
オシャレなブティックでファッションショーさながら試着しまくり、目につく店全てに寄って食べ歩く
誘拐犯をどこかに片付けてきたアズールとジェイドが合流すれば、今度は公園で仁義なきバスケシュートバトルになった
フロイドは恋人を頭に乗せたままダンクシュートを決め、あまりの視界の高さにモーガンがちょっぴり泣いたり、子ダコの乾涸び防止の為に水を掛けていたのがいつのまにか水ぶっかけ大乱闘に発展したりもした
童心に帰るというか、もう悪童の塊だった
日が傾き地平線に沈みかけた頃、マブ一行とフロイド一行は駅へと着いた
服は魔法で乾かしたので、誰もびしょ濡れではない。魔法って便利だなぁと子ダコは呑気に笑った
「んじゃ、オレは明日仕事だから帰るね」
「悪い、ボクも仕事なんだ」
エースはあっけらかんと、デュースは少し申し訳なさそうにそう言う
グリムもエッヘンと胸を張り
「オレサマが居ないと、クルーウェルが困るからな。ナイトレイブンカレッジにいるから、そっちから顔出すんだゾ!」
と笑った。なんとこの魔獣、クルーウェルの助手として学園で働いているのである。
あの手のかかる親分が、いつの間にか大人になってしまったものだ。
「今日はありがとう。またこっちからも遊びに行くからね」
フロイドに抱かれたモーガンがヒラヒラと小さな手を振る
「ん。まぁ連絡してくれたら休みとるから。フロイド先輩のスマホにオレらの連絡先入ってるからさ、いつでも電話しろよ」
「僕も連絡待ってるからな。」
チケットを手に、マブ2人もひらりと手を振り返す
「オレ様の連絡先も教えてやるんだゾ」
「え、グリム、スマホ持ってるの?」
「へへん!イデアがオレ様専用に作ってくれたんだ!いいだろう!」
グリムがどこからかスマホを取り出す。普通のスマホより小さく、グリムの肉球に収まっている。
玩具みたいで可愛いと思ったが、そう言うと親分の機嫌を損ねそうなのでモーガンは少し頬を緩めるだけに留めた
フロイドとグリムがスマホをポチポチして連絡先を交換しているのを眺めつつ
「きゅるる。また先生や、他のみんなにも挨拶しに行かないとだね」
とモーガンはへにゃりと笑った
エース、デュース、グリムの3人を見送り、アズール、ジェイド、フロイド、モーガンの4人は家へと戻った
「楽しかったー?小エビちゃん」
フロイドはお風呂上がりでホカホカになった恋人の髪にトリートメントやらオイルやら塗り込んで忙しそうにしつつ、小さな丸い頭に問いかける
「はい!エース達、元気そうで良かったです!まぁ、その、ハプニングはありましたけど…」
「もぅマジ勘弁だわ。にしても、カニちゃん達、すごい手際だったね。」
ちょっぴり眠そうにしつつも嬉しそうに答えた小エビちゃんに、フロイドは茶化すように肩を揺らす
誘拐事件のせいでほんのちょっぴりトラウマが蘇ったけど、何事もなくこの手の中に恋人がいるならそれでいいのだ。
大きな少し骨ばった手が髪を梳くと、弱っちい小エビはなんの警戒もなく気持ちよさそうに喉を鳴らす
これが幸せの音ってことね。OK。とフロイドはご満悦である
「きゅるるる。そういえばあの人はどうなったんですか?」
まん丸のお目目でフロイドを見上げる。ウツボの人魚はゆーっくりと目を細めて、わざとらしく子首を傾げつつ
「さぁ?」
とだけ答えた
「…きゅい。触らぬ神に祟りなしってやつですね」
「小エビちゃんの、そーゆー賢いとこ好きぃ」
「光栄です」
番の髪の手入れを終え、今度はお肌の手入れにはいる
クリームやら化粧水やらコットンやら…複数の瓶を取り出し机に並べていく
顔にぺたぺたと色々塗られていくうち、モーガンのまん丸お目目は重そうな瞼に隠れていく
優しい刺激とちょっと冷たいのが気持ちよくて、眠気が限界を超えそうになっている
こっくんこっくんと船を漕ぎ始めた小エビの顎を、大きな手のひらで下から支えてやりつつ
「ふっふふ、眠たい?」
と優しく尋ねる。モーガンの頬は、眠気のせいか少し温かい
「きゅー…少し…」
「寝てていーよ。小エビちゃん」
「きゅるる」
お言葉に甘えてと言うように鳴いて、モーガンはフロイドの手のひらにすっかり体重を預けて目を閉じてしまう
フロイドは無警戒で安心しきって身を委ねきっている子ダコの頬をむにむに揉みつつ、マジカメで時折バズる野生を忘れたネコの写真を思い出してにっこり蕩けるように笑った
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「きゅ?」
目を覚ました子ダコは、キョロキョロと周りを観察していた
いつの間にか、身体より一回りだけ大きな水槽に閉じ込められいる。
フロイドさんにお肌の手入れをしてもらってて、凄く気持ちよくてウトウトしちゃって…
そこから記憶が曖昧だ。まさか寝ちゃったから怒ってこんな水槽に閉じ込めた?なんて、一瞬だけ考えるが、番Loveなフロイドがそんなことするわけが無い
つがい相手にのみ、フロイドの懐は海より深くなるので
「まさか、また誘拐…?」
目を凝らして水槽の外を見る。よくよく見れば、自分と同じように人魚の稚魚が窮屈そうに収まっている水槽がいくつも並んでいる
鳥籠にはいつぞやのキャンプで出会ったような手のひら大の小さな妖精たちが入っているし、
透明のケースには鱗粉が魔法薬の材料になる高価な蝶々や、狩猟制限のある専門家しか採っちゃいけないタイプの魚等、どう見ても怪しいラインナップ
君の欲しいものは(倫理感以外)インストックナウ!!!さながら、闇のミステリーショップ…なんて言ったら、サムさんに怒られるだろうか
「んきゅぅ…」
現実逃避にも限界があったか、モーガンは頭を抱える
まずい。これはとってもマズイ。絶対密猟者とかバイヤーとか、そういうのだ。何とか脱出しなければ
とりあえず水槽のフタを八本の触腕で押し上げてみる
ほんの少しだけフタが動いてガチャガチャ音を立てるが開かない。しっかりと鍵がかけられているようだ
「きゅー…困ったなぁ」
フロイドさん、心配してるかな…迎えに来てくれるかな…
転生してすぐの孤独な生活を思い出してしまい、思わず脚を縮めて丸くなる
「きゅるる…ここからワープでも出来ればいいんだけど……あ!」
そこでモーガンちゃんはピコンと閃いた
人魚に転生したし、多分魔力は持っている。つまりは、魔法が使える可能性があるのだ
魔法はイマジネーション!できると思えばできる!私はやります!
魔法でなんかこう、瞬間移動的な感じで、フロイドさんの元へと帰ります!と一気に気合十分でフンスフンスする
…この世界の常識にまだまだ疎い彼女には仕方がないのだが、身体ひとつで行う瞬間移動とはかなり高度な魔法であり、例えナイトレイブンカレッジ卒業生であっても容易に使えるものでは無い
例えば学園長であったり、マレウス・ドラコニアであったり、色々と規格外な魔法士のみに許された魔法である
仮にモーガンに才能がありこの魔法が使えたとして、転移魔法とは何かと事故が付き物だ。
座標ミスで壁の中に出てしまったり、物質と一体化してしまう等、写真でも見ればトラウマになってしまうような事故が多い
しかしモーガンはそんなことは知らないので、身体の中でぐわぁー!っとエネルギーを集めるイメージを練っていた
魔力を込めているつもりである
子ダコが人間時代にみたテレポート(ノンフィクション)はマレウスのものだったので、それを脳内で描きつつ
「んー、こう、ツノ太郎パワー的な感じで!!ぎゅいぃ!!」
と水槽いっぱいに脚を広げて力む
「ツノ太郎パワー!!」
目を閉じて、力いっぱい叫ぶ。学生時代、デュースが魔法を放つ時によく気合を入れて叫んでいたので、そのイメージである
そしてその気合いが思わぬ奇跡を起こすあたり、モーガンの悪運は尽きちゃいない
瞼の向こう側で緑の光が弾け、思わず驚いて目を開けると、長身の麗人が立っていた
「僕を呼んだか、人の子よ」
その麗人はふわりと微笑み、水槽越しに子ダコの頬に指を滑らせるように動かした
「ツノ太郎?」
「あぁ、僕だ。久しいな、人の子よ」
姿形は大きく変わったが、この臆することなく自分を見上げる、真ん丸の瞳の煌めきはなんら変わりやしない
マレウスは、能天気で恐れ知らずな異世界から来た友人を大層気に入っていた。
学生生活を終えたらいつか国へ招待してやろうとも考えていたくらいに
なのに、それは叶わなかった。突然の訃報を知らされた時にはもう全て終わっていて、亡骸を見ることすら叶わなかった
人が長命の自分より早く死ぬなど当たり前のことなのに、天候を嵐へと変えてしまうほど動揺した
いかに優秀な魔法使いとて、死者を生き返らせることだけは決して出来ないのだ
自身の無力さに打ちひしがれたのは後にも先にもこの時だけだ
マレウスは優しく目を細める
あぁ薄情な人の子。僕を呆気なく置いていったくせに、何事もなかったかのように戻ってくるとは。
死んだ後のことを知りようがないとわかりはすれど、マレウスは思わずそう考える
故郷を完全に捨ててまで、あの人魚の元へ帰らねばと魂から願ったのだろう
相も変わらず、想定外のことばかりしてくれる
ほんのちょっぴりの怒りと呆れ、喜びとたくさんの友愛に溢れるマレウスの心境など全く知らない小エビは
「ツノ太郎!!わぁ、久しぶり、髪の毛伸びたね!かっこいいよ、ツノ太郎!」
ととてつもなく呑気に笑う
「人魚に生まれ変わったのだな。」
「そうなの!…あれ、ツノ太郎、よく私だってわかったね」
「ふふ、魂の気配でわかる」
「かっこいい…」
ちょっぴりマレウスは得意気にする。
魂や魔力には、人それぞれ個々に違いがある。もちろん、簡単に見分けられたのはマレウスの実力あってのものだ
素直に関心していたモーガンだが、ふと気が付き
「ところで、なんでここに?呼んだから来てくれたの?」
と尋ねる。
だって、ツノ太郎ったら急に来たんだもの。転生自体に気がついていたら、もっと早くに会いに来てくれそうなものだし。
「ふむ、無意識か。」
「きゅ?」
マレウスは水槽上部の鍵を指さす。魔力を軽く流すと、パキンと軽い音を立てて呆気なく壊れた
そのまま水槽内の海水を操って、自身の目線の辺りまでモーガンを持ち上げる
水の球の中でふよふよ浮かびながら、前回オークションから助け出された時もこんなんだったなぁと子ダコは呑気に考えていた
目の前のツノ太郎の存在に、すっかり安心しきっているので、緊張感の欠けらも無い
「魔力をのせて叫んだだろう?」
人魚は声帯を使う魔法と相性がいい。とマレウスが続ける
「えと、なんかこう、テレパシーみたいになったってこと?」
「ふふ、まぁ、相手が僕でなければ伝わらなかっただろうがな。」
言葉少ななマレウスに代わり説明させて頂こう。
人魚は歌で獲物を誘き寄せると伝説にあるように、声帯に魔力をのせて扱うのが得意な種族である
転移魔法を使おうと気合を入れて叫んだ際、魔力をのせたその声が糸電話のように名を呼んだマレウスと微かに繋がったのである
それに気がついたモーガンと同じ部屋に閉じ込められていた妖精たちも少し助力をし、さらに繋がりを太くした
そして、何かと規格外なマレウスがそのか細い糸電話によるむしのしらせを受け取り、
魔力の元を逆探知してみたら何やら懐かしい気配と日の元の眷属ではあるが同胞の気配を感じ、転移魔法でひとっ飛びしてきたって訳
「凄い!魔法みたい!」
ときゃっきゃするモーガンにマレウスはくすりと笑う。みたいではなく、間違いなく魔法である。
「ところで、ここは?」
マレウスがくるりと部屋の中を見渡す。
同胞達や人魚の稚魚、端の方の檻には獣人の子供が丸くなって眠らされている
「きゅい。目が覚めたらここにいたの。多分、悪い人に誘拐されたみたい」
「誘拐…」
「あのね、ツノ太郎、会って早々申し訳ないんだけど、みんなを元のお家へ帰してあげられない?」
「みんなを?」
「うん。そのね、」
帰れないのは、辛いから。そう、ほとんど息を吐くかのような声で、その子は言った
その寂しげな笑みには覚えがあった。消して涙は流さなかったが、泣いているような顔だった
あれは彼女がまだ人間で、ツノ太郎の正体など全く知らなかった頃
夜にオンボロ寮の近くまで散歩していた際に、ぼんやり窓から身を乗り出して月を眺めていた人間に、なんとなしに声をかけたのだ
その時、彼女が語ったのだ。恐らく友人や親しいものには、親しいが故に打ち明けられなかったそれ
「あのね、私、異世界から来たの。」
「ここのみんなも好きだけど、やっぱり家族に会いたい。」
「些細なことばかり思い出すの。お母さんのちょっと焦げた卵焼きとか、早起きして近くの公園まで散歩した時とか」
「家族に会いたい」
「………帰りたい」
その月明かりに照らされた横顔は酷く寂しく、そして同時にとても美しかった。彼女を思い出す時に、いつも1番に出てくるのはこの時の故郷を想う横顔だった。
「いいだろう。ふふ、僕には造作もないことだ」
マレウスは穏やかに微笑んで、右手を掲げる
キラキラと緑色の煌めきがマレウスの手に集まり始めると、モーガンも目を輝かせてそれを見つめる
この子は、どんな些細な魔法もとても楽しそうに、小さな子供が宝物を見るときのような眼差しをする
あぁ、この子は本当に変わらない。
「さぁお前たち、元いた所へ…待つ者がいる場所へと帰るがいい。」
マレウスの手のひらから光がこぼれ落ち、部屋を満たす
目を開けていられないほどの眩い光だが、どこか木漏れ日のように優しく暖かくもあった。
そしてその光の洪水が引くと同時に、部屋の中にあったものは全て波に攫われたかのように跡形も無くなっていた
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