コーヒーみたいな人

客の女が、薄ぼんやりとした明かりの下で立っていた姿は幽霊のようだった。

一瞬乗せるか悩んだが、手を挙げてこちらを見ていたので仕方なくタクシーを停める

乗ってきた客は見るからに酔っぱらいでべそべそ泣いている

ちょっと面倒臭い客を乗せたなぁと小戸川はミラー越しの客を一瞥した

「駅、は…終電終わってるか…家まで…」

小戸川はいつものように、淡々と

「はいよ」

と答えた



「ねぇ、運転手さん、なんて名前?」

酔っぱらい客ってのは揃いも揃って運転手に絡まなきゃならないという法律でもあるのだろうか

べそべそ泣きはちょっと収まり、すんすん鼻をすする程度になっている

ちょっと身を乗り出して尋ねてくる彼女に、セイウチはまた淡々と

「小戸川だ」

と答えた。何がおかしいのか、女はふふふと笑った。舌で転がすようにおどがわさん、と何度か呟く

鈴を転がすような声という例えがあるが、不思議と心地の良い声に感じる

「ふふふ、私ね、犬飼。」

「そうか」

「ねぇ、小戸川さんさぁ、私、何に見える?」

「……あぁ?」

ミラー越しにちらりと女を見る。その姿は犬だ。耳の垂れた犬。

品の良さそうな長毛の犬

「さっきね、ふられたの。6年付き合ってた彼氏」

犬飼はすんっと大きく鼻を鳴らした

「私ね、キープだったみたい。彼には本命の彼女がいてね、鉢合わせちゃって…本命彼女に泥棒猫!だなんて言われちゃった」

「現実で言うやついるんだな、それ」

「ほんと!私もうおかしくって笑っちゃって!」

「彼氏くんはなんて?」

「うふふ、小戸川さん、ノリ悪そうなのに案外聞くね」

「聞いて欲しいから話してんじゃねぇのか?」

「そのとーり…こんな女狐は知らないって言われちゃった!」

「ひでぇな。そしてそれも現実で言う奴いるんだな」

「ほんと!お似合いなんだよ、きっと、あの二人…」

あはっ、あはっと笑った後、またポロポロと涙を落とす

「お似合いだよ、ばぁか」

「んで、アンタは負け犬よろしく終電逃すまで酒を煽ってたって言うのか?」

「んっふふ、今度は犬だァ」

犬飼はケタケタ笑う。酒のせいか、もともとの性格か…感情が二転三転とコロコロ変わる

「お酒弱いから、頭痛いし気持ち悪くって最悪」

「吐くなよ」

「吐かないよぉ。うぇ」

「待て待て待て、ほんとに止めろよ?」

「あっはは、冗談だよ。」

犬飼はケタケタ笑い、はぁとため息を吐く

「今日のこと、全部、冗談なら良かった…。」

急にまた無表情になる

「なぁ、あんた、ちょっと車停めてもいいか?」

「ん?ええ、構いませんよ」

不思議そうに首を傾げた犬飼に

「メーターはちゃんと止めてやるから」

と軽く笑って、小戸川は車を路肩に停めた。

客を残したままタクシーを降り、数分で戻ってきた

「ほら、やるよ」

ぽいっと渡されたのは、ホットコーヒーの缶だった。

「コーヒーだ」

「見たことないか?」

「ふっふふ、見たことくらいあるし、飲んだこともある。…ブラックじゃなくて、微糖が良かったなぁ」

「要らないなら返せ。せっかく気を使ってやったのに…」

「ふふふ、ふふ、やだぁ」

伸ばされた手を避けて、犬飼はコロコロ笑う

「小戸川さんって、コーヒーっぽいわ。」

酔っぱらいの女はご機嫌になり、鼻歌混じりにそう言う

小戸川は少し呆れたように長い息を吐きつつ笑った



「誰がコーヒーノキという常緑樹に実をつけるコーヒーチェリーの種を原材料とし完熟した実から種を取り出し洗って乾燥させ、適度に焙煎し粉にしてお湯や水を注いで抽出したものだ」

「長い長い。Wikipediaかな?」


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