逞しいね、小エビちゃん

ジェイドはモーガンの髪をクルクルと指に絡める。ふわふわでつい隙を見て触りたくなってしまう

フロイドほどでは無いがそこまで警戒されず、気を許してくれているのが分かってしまうので余計に構いたくなってしまう

地面に落ちていたグリムを拾い上げたフロイドが、子ダコを自分の方へと引き寄せる。ジェイドといえど触り過ぎはダメなのだ

「ジェイドォ、用があったから戻ってきたんじゃねーの? 」

牽制する訳では無いが、ちょっと咎めるような言い方だった。触れ過ぎましたねと、ジェイドはほんのちょっぴり反省する。

「あぁそうでした。フロイド、こちらはもう少し時間がかかりそうです」

「んー。」

「1度別行動にしますか?」

「もうちょっと待って、来ねぇなら観光案内してやろっかな」

「分かりました。アズールに伝えてきますね」

「よろしくー」

ジェイドはエース達との挨拶もそこそこに店へと戻って行った。この要件を伝えるために抜けてきただけらしい

フロイドは椅子から立ち上がり、番の髪をくしゃりと撫でる。

「小エビちゃん、カニちゃん達とお話してな。オレちょっと行ってくるわ」

「アズール先輩とジェイド先輩の所へ行くんですか?」

「ん?違ぇよ。カニちゃん達の分もアイス貰ってくるだけ。食うでしょ?」

「ゴチでーす!!」

「ゴチんなります!!」

フロイドに締め上げられ地面と仲良くしていた2人が、椅子へと這い上がりつつ元気よく答える

「オレ様も食べる!!ここのアイスはちょーうめぇって有名だからな!」

グリムもフロイドに乗せられた椅子の上でぴょんっと跳ねた。相変わらず食いしん坊…元気が良くて何よりだ

「小エビちゃんはさっき食べたから、オレと半分こね」

「子分、相変わらず「甘いものは別腹」やってるんだゾ…」

「えっへへへ…晩ご飯は控えます…」

「まぁまぁ、再会祝いってことでいいじゃん!」

呆れた顔のグリムに、子ダコはちょっぴりバツが悪そうに笑い、エースはそんな変わらない様子の監督生に懐かしさを覚えて目を細める

「じゃあアイス貰ってくるけど…お前ら、小エビちゃんに手ぇ出すなよ。本気で絞めるからな」

「わかってますっ!」

「人魚の番に手を出すバカはいませんよ」

元気よく返事をしたデュースとニヘラと笑うエースに、グリムは少し不思議そうな顔をする

「人魚の番に手を出すとどうなるんだ?」

グリムは自身に関係がないからか、ニンゲンの恋愛沙汰に詳しくないのだ。

「地の果てから海の底まで追い掛けてぶっ殺される。」

デュースは真顔でそう言った。種族毎の恋愛感はかなり異なるが、極力トラブルを起こさない為に理解を深めるのは大切なことだ。

特に自分の命がかかってくることはしっかり学んだ方がいい。

「人魚はほかの種族と比べてかなーーーーり一途だ。」

「コイツら飛ぶのは下手くそだから空に逃げればいいんじゃねーか?」

「撃ち落とすに決まってんじゃん」

フロイドはニッコリと微笑んでみせる。目の奥底が笑っていないし、どろりとした執着が見えてグリムは毛を逆立てた

「こえぇ…」

「ま、そーゆー事だから傷1つ付けんなよ」

フロイドはひらりと手を振って店内へと姿を消す

こういう話の流れというのは、フラグになりやすいのだ。

そして忘れてはいけない。彼女は監督生時代からトラブルメイカー気質だったということを



フロイドが離れたのはほんの5分程だ。

人数分のアイスを(列に横入りしてコラボ主催の特権で)受け取り、さて戻るかと振り返った瞬間

深く帽子を被った男がひったくる様に子ダコを抱えて走り出した

「ぎゅい?!」

「……は?」

ほんの一瞬なのに、子ダコの真ん丸な目とバッチリ視線がかち合った気がした。

「か、監督生ー?!」

「はぁ?!誘拐?!なんで?!」

「子分ー!!お前ら!!!さっさと追いかけるんだゾ!!!」

咄嗟のことに一瞬呆然とするも、すぐに追いかけ始めたカニサバアザラシトリオを目で追う

「は?小エビちゃん、トラブルメイカー気質治ってねぇじゃん」

せっかく貰ったばかりのアイスを近くに並んでいた客に

「あげる」

と押し付け、フロイドは長い足をめいいっぱい使って走り出す

かなり余談だが(中身はどうであれ)イケメン美丈夫にアイスを譲られた女性客はときめいたし、マジカメにこのことをアップしてバズった。#イケメンからアイス貰った#お付き合いしたい#フリーかな?

「異世界人とタコの人魚のメス…価値で言えばわりとどっこいどっこいかもなぁ」

もう二度と奪われることなどしやしない。

フロイドは人混みもベンチも軽々飛び越えて走る

「小エビちゃん!」

ただただ、番が無傷で帰ってくることだけを考え、フロイドはエース達に追いついた



「ぎゅるるる…ぎぃぃ!!」

一方、こちらは攫われた子ダコ

急な衝撃と激しい揺れに襲われ、先程食べたアイスが逆流しそう…うぇっぷ

痩せ型の男はマスクに目深に被った帽子と、見るからに悪いことしますよって容姿

これは遠慮しなくて良さそうですねぇ。

監督生時代は非力な乙女であった。周りはガタイもタッパもある男子が多かったし、魔法も使えるとなっては手も足も出ない。

(物理的になら、肉体のみで喧嘩をするならば)という註釈がついてしまいそうだが、そんなことはどうでもいい。

エースとデュースの怒号と情けない半泣きのグリムの声をバックに、稚魚は喉の奥から威嚇音を響かせる

「ぎぃぃぃ!!私、やられっぱなしじゃないんですよ!」

モーガンはかぱっと口を大きく開き、自分を抱える腕に思いっきり噛み付いた

ちょっと口の中が鉄臭い気がするが、そこは見ないふりだ。

「いっでぇ!!!」

魚をバリバリ丸ごと齧る稚魚の牙はさぞ痛かろう。しかし、男はまだ子ダコを離すつもりは無いらしい

そりゃこのタコ1匹で数ヶ月は遊べる金が手に入る。治療費を引いてもまだ儲かる

なるほどならば奥の手だと、モーガンは噛み付く力を緩めることなく、男の腕に触腕を絡める。

当然、信頼するフロイドにするようなキュッと抱き着くような可愛い仕草ではない

タコは、強靭な筋力によって甲殻類の殻を砕き、二枚貝の殻をこじ開けることができるそうだ

そんなパワーのある触腕を力一杯巻き付け、雑巾搾りの要領で思いっきり捻る

腕からみぢっみぢっと嫌な音が聞こえた気がした

「んぎゃー!!!」

誘拐犯から汚い悲鳴が上がる

「うぇー…」

と思わず呻いたのは、陸上生活がままならないレベルで身体を搾られた経験のあるフロイドだ

あぁ、なんか、今は無いはずの尾ビレがクソいてぇ気がする…

ついに地面をのたうち回り痛みから逃れようとし始めた誘拐犯に追い付いたフロイドは、子ダコに手を伸ばす

「小エビちゃん、汚いからぺっしな。おいで」

「きゅいー!」

モーガンはちょっぴり誇らしげに鳴いてフロイドの腕へと触腕を移し移動する

無い胸を張る番は可愛いけど、口の端に血が着いてるんだよねぇ…

ポケットからハンカチを取り出し、桜貝のように可愛い唇を拭う。

「うぬぬ…どんなもんですか!私ひとりで誘拐犯を撃退出来ましたよ!」

「んー、今回は運が良かっただけだから、無茶しないで」

クルクルと色んな角度から番を観察し、怪我がないことを確認する

よしよし。ちゃんと無傷だ。後でうがいしようね。

さて、小さなパートナーがお世話になったお礼を…と誘拐犯を見下ろすと、デュースがやけに手馴れた様子でギチギチに縛り上げていた

両腕を背中に回して一纏めにして手首を縛り、膝を折り曲げて背中側で足首も纏めあげる。無理やり海老反りで固定するような縛り方だ

流石のフロイドもドン引きである。何その…確実に動きを封じる縛り方…ちょっと怖いんだけど

「…サバちゃん、どっから出したの、その紐。めっちゃ頑丈なロープじゃん」

「エースから借りました!」

「俺の手品用のロープです!」

「え、ツッコミ待ち?カニちゃんもそんな紐さっきまで持ってなかったじゃん。手品用の紐って持ち歩くもん?ねぇ」

流石に困惑するフロイドをよそに、グリムが半泣きで監督生にしがみつく

「ぶなぁ〜…子分、またいなくなっちまうかと思ったんだゾ…」

「また、か…ごめんね、グリム」

小さな身体で、自分と同じかもう少し大きいグリムの、まぁるい頭をヨシヨシと撫でる

グリムは同じ部屋で眠っていたのに、子分が殺されたことに気が付けなかったことをずっと悔いていた

魔法で眠らされていたので仕方がなかったのだ。誰もグリムを責めたりしなかった。

しかし、でも、それでも、もし自分が気が付いていれば…目を開けることが出来るだけで良かったのだ

そうすれば自慢の魔法で追い払って、子分を守ってやれた。監督生は殺されることなく今も笑っていられたのだと、ずっと後悔していた

子分が転生したと聞いた時、とても嬉しかったのに… 誘拐のショックで当時のトラウマを引き出され、グリムはグズグズ鼻をすする

せっかく帰ってきた監督生を再び失うかと、一瞬でオーバーブロットしてしまいたくなるほどの絶望を感じた

「大丈夫だよ、グリム。今度はね、私もやり返せるようになるから。」

みんなを後悔させないように、わたしもしっかりするからね

モーガンは相棒が落ち着くまで、穏やかに微笑み頭を撫で続けた



「っし、マジホイに縛り付けて市中引き回しの刑に処すか…」

「出た出た、元ヤン思考。あ、そーいやオレ、串刺しマジックの練習台探してんだよねぇ」

「え、それは普通に見てみたいな。」

「いや待って?今小エビちゃんとアザラシちゃんのめっちゃ感動のシーンじゃん。お前らちょっと黙ろ??ね??」

エースは肩を竦めてみせる。

あーやだやだ。湿っぽいのは5分で十分だっての。

俺らだって強くなったし、もし同じことがあればすぐに助けに入れるようになってるんだっつーの。

だからあんな思いはもう二度と、誰もしないんだよ。ばーか。

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