金魚とリドル

監督生は薔薇をペンキで赤く染めていた

エースとデュースの2人に仲良くしてもらっているので、何でもない日おめでとうのパーティーにも身内のように参加させてもらっている

パーティーの度に美味しいケーキやタルトをご馳走になっているので、そのお礼も兼ねて薔薇塗りにも参加しているのだ

他寮の生徒が出過ぎた真似をして、ハーツラビュルの寮長の機嫌を損ねないかと気にする生徒もいるかもしれない。しかし、心配ご無用

何故なら当の寮長は、ハルトにはトラブル気質のエースとデュースの面倒を見てもらって助かっていると思っているし、リドル自身もオーバーブロットの際に世話になった

自寮遊びに来る回数も他の生徒に比べ段違いに多いので、ぶっちゃけハーツラビュル寮生とカウントしている

なんならエースとデュースの2人や下手な1年生よりも法律を覚えている監督生が可愛くて仕方がないまである。

まぁ、自主的に覚えた訳ではなく、エースとデュースが何度も法律違反を繰り返し、首を刎ねられるのを間近で見たので覚えてしまっただけなのだが…

「エース!第186条:火曜日にハンバーグを食べるべからず…君は今、何を食べておいでだい?…オフイズユアヘッド!」
「デュース…第228条:水曜日に庭の花を摘んではならない、に違反しているよ。オフイズユアヘッド!」

と、こんな調子で友人の首が軽率に跳ぶのだ。いやでも頭に残る

「この辺は塗り終わったかい?監督生」

「はい!結構重労働ですね。魔法が使えるのが羨ましいです」

寮生の監視と薔薇の塗り残しの確認をしながら歩いてきたリドルに、監督生はペンキ塗りで疲れて重くなった肩を回しつつ答える

「魔法が使えても、上手く塗れるとは限らないよ?」

リドルが視線で示した方を見れば、グリムが色変え魔法で薔薇をピンクにした所だった。

デュースが放った色変え魔法では白と赤の斑な薔薇が出来上がり、エースの放った魔法に至っては薔薇に当たらず茨を赤く染めてしまっている

これには監督生も思わず苦笑い。ペンキで地道に塗った方が、結局は早く終わりそうだ。

「あっははは…あぁそうだ、魔法といえば…この世界には空を飛ぶ金魚がいるんですね!」

「空を飛ぶ金魚?」

聞きなれない言葉に、リドルは首を捻る。

空を飛ぶ魚だとか、スカイフィッシュだとか、確かに居るには居る。しかし厳密には「魚のような形状をした」生き物で、どちらかと言えば精霊に近い

そしてそれらは人里離れた土地に住んでいることが多い。学園に現れたとは聞いたことがない。

スカイフィッシュが金魚の見た目と似ているなんて話も、どの文献にも載っていなかったハズだ

「最近よく見るんです。…ほら、あそこ!脚立の所に真っ赤な金魚!」

監督生は無邪気に脚立を指さした。ヒラヒラ、ゆらゆら、半透明の尾を揺らした金魚は脚立の脚の間をクルクルと泳いでいる

しかしリドルの目には何も映らない

「懐かしいなぁ、金魚と言えば夏祭りの金魚掬い…赤いのと黒いのが沢山泳いでいるのを見るのが好きで…この世界にも金魚掬いってあるんですかね?」

監督生の視線は脚立の周りをウロウロとさ迷っている。何かを目で追っているような仕草だ。

幻覚魔法か何かだろうか。とリドルが監督生をよく観察しようとした

その時

「寮長!薔薇塗り終わりましたよー…うわぁ!!」

薔薇の木の影で視覚になっていたのだろう。走ってきたエースが脚立に足を引っ掛けてすっ転んだ

「いってー…なんなのマジで…」

「エース、大丈夫?!」

すぐさま友を起こしに駆け出す監督生の様子に、リドルは少し微笑ましくなる。素直で優しいいい子だ。

エースの後からデュースも出てきて、一気に騒がしくなる。少しうるさいくらいだが、今日もうちの子達は元気で結構。

「薔薇を塗り終えたなら、パーティーの準備を始めるよ。返事は大きく口を開けて」

「はい寮長!」
「はい寮長!」
「はい寮長!」

3人とも姿勢を正して元気よく返事をした。先に歩き出したリドルに続き、トランプ兵のように歩く

そんな様子に、満足そうに頷いたリドルだが

「あれ、金魚いなくなっちゃった」

と零すように呟かれた言葉が何故か耳に残った



何でもない日おめでとうのパーティーは滞りなく進んだ。

前回のクロッケー大会で2位だった者から注がれた紅茶を飲みつつ、リドルは穏やかに微笑む。何事もないのが1番だ

パーティーを終え、片付けに入ろうとした時だった

「あれ、あの皿に金魚が集まってる」

監督生が不思議そうに空の大皿を眺めていた。

リドルはそういえば先程、幻覚魔法をかけられている疑惑を持ったのだったなと思い出す。賑やかな乱入者のせいですっかり忘れていた

「ハルト」

「はい、なんですか?リドル先輩」

「また金魚がいるのかい?」

幻覚だとして、いきなり「そんなものはいない」と否定するのは良くない。

自分の見ているものが偽物だと急に伝えられると「じゃあ自分は何を見ていたんだ」と怯えパニックを起こす場合があるし
本人にとって見えているものを否定されることで馬鹿にされたと感じ攻撃的になってしまう可能性もある。

リドルは金魚がいるものとして問い掛けた

監督生は先程のように指差す

「はい。ほら、あの大皿の周りに3匹…タルトの欠片でも食べるつもりなんですかね?」

「金魚はタルトを食べないよ」

「ふふ、普通はそうですけど、空を飛ぶ金魚なら食べるのかも」

「ふふふ、面白いことをお言いだね。ふむ、でももしかしたら、水槽の中に入れてあげれば、普通の金魚でもタルトを食べるかもしれないね」

リドルが至極真面目な顔を作ってそう言うものだから、ハルトは冗談か本気か分かりかねて緩みそうな口を引き締める

本気だった場合、笑ったらオシャレな首輪をつけられてしまう。

魔法が使えないハルトには大したダメージにならないと思われるだろう。しかし、シンプルに重いのだ。肩がこる。そして派手なのでよく目立って恥ずかしい。

さながら反省看板をつけられた猫の気分になる

リドルは監督生が妙な顔をしていることに気がつき、破顔した。

「冗談だよ」

「ふっふふ、冗談ならそれらしい顔して下さいよ。笑っちゃダメなのかと思いました」

ケタケタと素直に笑うハルトとのんびり話しつつも、しっかりと観察していたリドルは内心首を傾げる

特に精神に影響を受けている様子はない。話しにも仕草にも何ら異常はないようだ。

ただただ金魚が見えているだけ…これが幻覚魔法だったとしたら、こんな無意味な魔法をかける意味がわからない。

幻覚を使って怯えさせる訳でも、引き寄せるわけでもない。ただ金魚が泳ぐだけ…

全く意味がわからない

リドルがふーと目を閉じため息を吐いた時だ。

パリン!と派手な音がした

音を辿れば、先程監督生が指差した大皿が派手に割れていた

近くにいたデュースが慌てて皿を片付けようと破片を拾い上げ

「いてっ!」

指を切ったようで、顔を顰める

「デュース、素手で触っちゃダメだよ!ほら、これ使って」

監督生が慌ててポケットから取り出したハンカチでデュースの指を包む

「こっちは俺達が片付けるから、デュースは念の為に保健室へ行ってこい。破片が傷に入り込んでいると危険だからな」

「監督生ちゃん、デュースちゃんが大人しく保健室へ行くように付き合ってあげてくれる?」

トレイとケイトが手際よく指示を出し皿を片付けていく

リドルの視界の端に、金魚の尾鰭が見えた気がした



今日の錬金術は、2年と1年の合同授業だ。

2年生が指示を出し、1年生が作業する。2年生は知識と指導力を試され、1年生は指示通りに従う理解力を求められる

リドルとペアになったのはハルトだった。

ハルトとグリムは別々のペアに振り分けられた。

「マンドラゴラの乾燥粉末はスプーン擦り切れ1杯。粉末を入れたらどうするかお分かりかい?」

「えと、固まりやすいので、すぐに撹拌するんでしたっけ」

「その通りだ。よく勉強しているね」

「ありがとうございます!」

リドルと監督生のペアは順調に進んでいた。

リドルに褒められたハルトはえへへと嬉しそうにはにかんでいる

「しっかりと混ざったら、あとは水銀花の花弁を入れて万年雪の…ハルト?」

リドルはふと、監督生が遠くのペアの鍋を見ていることに気がついた

「どうしたんだい?」

「…黒い金魚」

「黒い、金魚?」

「最近見る金魚は赤ばっかりだったので…黒は初めてだなぁ」

監督生は不思議そうにしている。リドルは、なんだかとても嫌な予感がした

理由は分からないが、例えるならジェイドが毒キノコを持ってニヤニヤしているのを見かけてしまった時のような、このあと絶対にろくな事が起きないと察してしまうあの感じ

監督生は

「あんないっぱい居るのも初めてだ」

と呑気に言った

エースが転んだ時の金魚は1匹だった。デュースが怪我をした時は3匹。

その他にも何度か監督生は金魚を指差した。

トレイが火傷をした時は5匹、ケイトが箒から落ちた日は7匹

もし、もしこの金魚が関係しているなら…

リドルは監督生が見ているであろう金魚がいる場所をじっと睨むように見つめ…

「っ!!ウォーターショット!!」

何かに気が付くと魔法を放ち、大釜に入れられようとしていた薬品を弾き飛ばした

ハルトは突然の事に目を丸くし、他の生徒達も一体何事かとザワザワし始める

「静かに!quiet!」

クルーウェルの鞭がしなり、近くの大釜を弾いて鋭い音を立てる

「何があった、ローズハート」

「…間違っていたらすみません。彼が入れようとしたあの瓶の中身は、万年雪の結晶ではなく霧の結晶ではありませんか?」

「何?!」

クルーウェルはリドルが弾き飛ばした小瓶を魔法で引き寄せる

「あの、霧の結晶って?」

監督生が小声でリドルに尋ねる。まだ習っていない範囲の材料だ

「万年雪の結晶の効果は分かるかい?」

「急速に冷やして、こぅ、薬品をぎゅっと濃縮した氷塊にするんでしたっけ」

「ふむ、まぁ正解だ。凝縮することで効能を高め、持ち運びも便利になる。必要な分だけ溶かせばいいからね。…一方、霧の結晶は万年雪の結晶と見た目はそっくりだが、薬品を霧状に拡散してしまうんだ」

「わぁ、毒ガスみたい」

「みたいでは済まないよ。霧の結晶の厄介なところは、毒性のあるもの程、揮発性を高めてしまうんだ」

魔法薬の材料としてポピュラーなマンドラゴラも、今回使用する水銀花の花弁も、そのまま摂取すればヒトの神経に作用し幻覚や幻聴を引き起こし、昏睡状態に陥らせてしまう毒を含んでいる

もし霧の結晶があの大釜の中に混入したなら、この教室は文字通り毒ガスで満たされることとなっていた

「…霧の結晶だな。」

クルーウェルの静かな声に、教室内がざわめく

下手をすれば、全員死ぬ可能性があった

「Good boy!良く気がついたな、ローズハート。」

随分遠くにいたのに、どうして気が付いたんだ?

クルーウェルがリドルの髪をわしゃわしゃと撫でながら尋ねる

リドルはなんと答えるべきか迷い

「先生は、空を飛ぶ金魚を見たことがありますか?」

と尋ねる

クルーウェルはしばらく目を瞬き

「は?」

と一言だけ、心底意味がわからないという顔で発した。

リドルは苦笑いし

「そうなりますよね。ボクもです」

と笑って監督生の首刎ねた。

「え、なんで?!」

「まぁ、君のおかげだと言うことだよ」

「…え、なんで?」

リドルはそれ以上答えず、何故か首輪も外して貰えなかった。解せぬ。



「そういえば、金魚見なくなったなぁ」

そう呟いているのをリドルが聞いたのは、霧の結晶混入未遂事件から3日程たった頃だった





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