糸とレオナ

「レオナ先輩ー、いらっしゃいますかー?」

ラギーに頼まれて植物園へとレオナを探しに来た監督生は、ぽてぽてとのんびり歩いていた

一応呼びかけてはいるが、実は言うとハルトは返事を期待していない

仮に居たとしてもきっとレオナは返事をしないだろうし、高い木の上とかで寝てたら文字通り手も足も出ない

わかりやすい所にいてくれると助かるけど…なんて考えつつ、花壇の奥を覗き込む

「あ、いた。」

予想に反して、大きな木の根元でのんびり昼寝している獅子を発見した

芝生のベッドと木漏れ日の温もりでとっても気持ちよさそうだ

昼寝の邪魔をするのは申し訳ないが、ハルトもラギーからの依頼がある。

「レオナ先輩、ラギー先輩が探してましたよ」

とっくに監督生の気配に気が付いていたのだろう。パタンと尾を揺らし、まぶたを少し持ち上げ深い緑色の瞳を覗かせる

「…あぁ?うるせぇ。知るかよ」

「そう言わずに…レオナ先輩起こして補習に行ってもらえたら、明日デラックスメンチカツサンド買って貰えるんです。高いやつ食べたいんです」

「本音が全部出てんぞ」

いつかのようについうっかり尻尾を踏まないように気を付けながら近付き、ハルトは笑う

「レオナ先輩が、ラギー先輩以上のものを奢ってくれるなら寝返りますよ?」

「スペシャルランチ1週間」

「やった!」

どうせラギーのことだ。

奢るといいつつレオナの財布から金を出すつもりだったのだろうし、スペシャルランチ1週間で安眠が買えるなら安いものだ。

案外強かな草食動物にニヤリと笑いつつ、レオナはぽんと自分の隣を尻尾で叩く

お前も共犯だから寝ろってことかな?とハルトは獅子の横へと座り込んだ

さすがお昼寝常習犯のお気に入りの場所、日差しぽかぽかですぐ眠たくなりそう…

「あ、レオナ先輩。髪の毛に糸が絡まってますよ」

レオナの少し癖のある波打つ髪に混じり、赤い糸が混じっているを見つけた

普通の縫い物用の糸ではなく、太めの刺繍用の糸のようだ。

「あぁ?取れ」

「はいはい。失礼しますよ」

端的な命令に従い、ハルトはその糸を慎重に摘んだ。王族の髪を引っこ抜いたりはしたくない。

ゆっくりと引っ張ると、糸はスルスルと持ち上がり

「痛っ」

プツン。と髪を引っこ抜いたような音と感触を残して取れた。その感触が妙に生々しく、監督生は思わず

「うげっ」

と声を上げる。

「てめぇ…」

「誤解です!髪の毛は取れてないですよ!!ほら!!」

身体を起こし睨んできたレオナに、ハルトは慌てて弁明する。手に持った糸には、確かに髪はついていない

「………貸せ。」

「へ?」

「その糸だ。寄越せ」

レオナは監督生の手から赤い糸を受け取り、すんと軽く匂いを嗅いで顔を顰める

「……今夜はてめぇのところで泊まる。」

「へ?え?」

「ラギーに連絡しろ」

自分のスマホをポイと監督生の方へと投げて、レオナは立ち上がり軽く臀部を払う

困惑しつつも指示に従って連絡をし始めた監督生を横目に詠唱し、ユニーク魔法で糸を砂に変える

「ったく、厄介なもんを…」

レオナな誰に言うでもなくそう呟いて、不思議そうにしている監督生の首根っこを引っ掴んで歩き出した



「肉まん」

「あーい!In stock now!!おいくつだい?」

「あー…お前も食うか?」

「食べたいです!」

「めんどくせぇ、10個寄越せ。あとなんか適当に肉」

レオナは珍しく自分の足でミステリーショップを訪れた。

これからオンボロ寮へ向かう前に、引っ掴んだ草食動物と自分の食料を買う為だ

「OK!ちょっと待ってね!他はいいかい?ハーブ類も取り揃えているよ?」

「…ローズマリーとジュニパーの枝、ヤロウの葉、白檀も寄越せ。」

「Thank you!」

何か勘づいているらしいサムに眉間のシワを深めつつ、レオナは財布を取り出し草食動物に放り投げる

「おっと」

驚きつつ(高そうな)財布を受け取り、お会計をする

「レオナ先輩、なんで急にうちに泊まることになったんですか?」

そう不思議そうに首を傾げるハルトを見て、サムが

「おや、小鬼ちゃんは何も知らないのかい?」

と、目を丸くする

「へ?」

「お前は知らなくていい」

「はーん、なるほど。隅に置けないねぇ」

サムはニヒヒと笑って、ハルトにウインクした

真っ白な歯を見せ付けるような爽やかな笑顔で

「いいかい、小鬼ちゃん。オニイサンの言うことをちゃんと聞くんだよ。」

そうすれば何も起きないからね。

と、意味深なアドバイスを授ける。

監督生はお釣りを受け取りつつ、口を噤む

これから何かに巻き込まれるらしい。それだけしか分からないが、なんだかとっても嫌な予感がした



買ってきたランチボックスを適当につまみながら、レオナは包丁で肉まんを切っていた

ハルトはまさか肉まんをナイフとフォークで食べるタイプだったのかこの人、と思いつつ、レオナがあまりに真剣な顔をしているので黙ってただ見つめる

グリムはレオナの指示でラギーに預け、サバナクローで泊まってもらうこととなった。オンボロ寮にいるのは今、レオナと監督生の2人だけだ。

ゴースト達も今日は留守らしく、姿が見えない。

「白い紙とペンを持ってこい 」

「はい。」

レオナは監督生に持ってこさせた白紙に何やら紋様のようなものを描き、真ん中に肉まんを並べた

丸い肉まんを雪だるまのように縦に2個並べ、下の肉まんには4分の1に切った肉まんを放射状に並べる

その形はまるで

「人形?」

「まぁ、正解だ。こっち来い。」

「?はい。」

肉まん人形を2体拵え、監督生の髪を1本引っこ抜く

「いたっ」

「ふん」

獅子は口の端をつり上げて意地悪く笑い、肉まん人形に監督生の髪と自分の髪を置いた。

「手ぇ貸せ。」

「…はい。…いだっ!」

レオナの指示通りに手を貸すと、今度はガリッと指を噛まれる

牙で穴の空いた皮膚に赤い雫が丸く膨れ上がってくる

それも髪の毛のように肉まんを人形にポタリと落とした

「あの、」

「お前はこれに触るな。」

死にたくねぇならな。

そうレオナは牙をちらつかせて笑う。

人形に使われなかった残りの肉まんを放ってやると、哀れな草食動物はなにか言いたそうにしつつも大人しくそれに齧り付いた



寝室の四隅に、ミステリーショップで揃えたハーブで作った香を置く

それに火を灯すと、不思議な香りが部屋を満たした

「いい匂いですね」

なんて、ハルトは呑気に笑う。レオナは何も答えずにベッドへと横になった。

監督生も部屋の明かりを消し、自分のベッドへと向かう。

本来なら監督生は自室、レオナは客間と別々の部屋で寝る予定だった

しかし、今日は何故かレオナが「お前もこっちで寝ろ。」と言ったため、監督生も客間のベッドを使うこととなった。

大抵エースとデュースが急に遊びに来た時用に掃除してあるので、特に困ることは無かった

部屋の明かりを決して10分程経った時だ。ギシ、ギシと床の軋む音がして、監督生は目を開ける

なんだか、空気が冷たい。そして、お香に混じり、ドブ川の様な嫌な匂いがする。

「レオナ先輩、レオナ先輩」

「分かってる。黙ってろ。」

ギシ、ギシと床の軋む音は、何故かこの部屋の前でぴたりと止まった。

ハルトは音を立てないようにベッドを抜け出し、レオナの方へと移動する

コンコン、とノックの音がした。監督生が返事をする前に、素早くレオナが口を塞ぐ。

「ハルト、返事をするな。いいな。」

監督生が頷くと、レオナは口を塞ぐ手を離した。

コンコン、コンコンとノックが続く

こんな夜に、一体誰が尋ねてくるというのか。

サムの「いいかい、小鬼ちゃん。オニイサンの言うことをちゃんと聞くんだよ。そうすれば何も起きないからね。」と言うセリフが頭の中をクルクル回る

ノックの音が大きくなる。

「レオナ先輩、ボク、怖いです…」

「返事をしなけりゃ何も出来やしねぇ。」

「でも、でも、なんか、増えてる…」

監督生は、レオナにピッタリと引っ付いた。その身体はカタカタと小刻みに震えている。

雷に怯える子供が親の布団に潜り込むように、ハルトはレオナのベッドに上がり込み腕にしがみついている。

いつもなら鬱陶しいと振り払うなり、脅して引き剥がすなりするであろうレオナだが、今回ばかりは草食動物の好きにさせてやっていた

巻き込んだ立場で、レオナに非があるからだ

寝室のドアが絶え間無く叩かれている。

ノックなんて可愛い勢いではない。扉が撓むほどの強さで、ドンドンドンドンドンと複数人で殴り付けているような音がする

そして、男とも女ともつかぬ声が

「ここに居ますか?ここに居ますか?」

ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?ここに居ますか?と一定のリズムで淡々と尋ね続けていた

「レオナ先輩、なんなんですか、コレ」

監督生の声が震えて掠れる。

レオナの自室で一晩中大暴れしたり、オーバーブロットを見ても大して怯えなかった奴と同じ人物とは思えないビビりっぷりに、レオナは少しだけ笑って、甥にするように頭を撫でてやる

「お前が知らなくてもいいもんだ。ほら、耳塞いで寝てろ。」

まるでノックの音もここに居るかと問い掛ける声も聞こえないかのように穏やかに、レオナの低い声が告げる

マジカルペンを片手にトンと草食動物の額を小突くと、監督生はこの場に似つかわしくない穏やかな眠りへと落とされた

レオナとハルトを呼ぶ声は、一晩中続いていた





強制的に魔法で眠らされた監督生は、談話室で立ち尽くしていた

机に乗せられた肉まん人形は、何故かたった一晩で腐敗しきっている

昨日は熱帯夜なんかじゃなかったし、こんな泥のように溶けて腐臭を放っているなんて絶対おかしい

てか、コレ、どうすんの?触って片付けるの?触ったら死なない?大丈夫なの?

そういえば、強制的に眠らされる前のあの声とかノックとか色々聞きたいこともあるんですけど?

「あの、レオナ先輩…」

「世話んなったな。じゃあな、草食動物」

レオナはんあーと大口を開けて欠伸をしつつ何事も無かったかのように帰ろうとする

ハルトは咄嗟に尾を掴んで引き止めた

眉間に深い皺を刻み込んだレオナだが、監督生が震える声で

「今日も泊まってって…」

と泣きそうに言ったので、思いっきり吹き出して笑った




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