手招きとカリム

監督生が1人で歩いていると、廊下の端から手が見えた

曲がり角に体は隠れ、手首から上だけが見えている

ちょいちょいと指が曲げられる。こっちへ来いのジェスチャーだ

「誰?」

その手は何となく親しい誰かのものに思えた。流石に手だけで誰かまでの判断は出来なかったけど

「エース?」

監督生は招かれるまま廊下の角を曲がろうと歩き出す

手は相変わらず呼んでいる。自分の手を伸ばす。あぁ、届く

「ハルト!! 」

「へ?」

後ろからグイッと手を引かれる

バランスを崩し、そのまま倒れそうになった所を抱きとめられた

突然のことに目をまん丸に見開く監督生を、逆さまから覗き込むルビーの瞳

「よぉ!驚かせて悪かったな、監督生」

「カリム先輩、こんにちは」

ニッカリと眩しい笑顔を至近距離に浴び、監督生はちょっと目を細める

「何か用でしたか?」

「んー?用っていうか…そうだな。今夜、飯食いに来いよ!グリムも誘ってさ」

「え、急にいいんですか?」

「あぁ、勿論だぜ!なぁ、ジャミル!」

カリムが後ろを振り返る

ジャミルは少し離れた位置で渋い顔をして立っている。

「さっきキッチンでゴキブリ見たけど殺す前にどっか行っちゃった☆」と言われた時と同じような顔をしていた

「えと…」

カリムの誘いは嬉しいが、ジャミルの迷惑になりそうだから断ろう…そう思ったのだが

「今夜は泊まっていくといい。」

と彼は言った。カリムもそれがいいと頷く

「?…ありがとうございます?」

不思議そうにしつつ大人しく腕の中に収まっている監督生を見下ろし、カリムは人好きのする顔でニッコリと笑った



「おいハルト!最近ぼーっとし過ぎなんだゾ」

「あぁ、ゴメン。」

監督生はグリムは、学園長から頼まれた倉庫整理の為に、一通りの少ない三階の廊下を歩いていた

カリムに急に晩御飯をご馳走になったあの日から、ハルトは誰かに呼ばれ続けている

窓の外から、廊下の角から、教室のドアから、手招きされて呼ばれている

「たっく、俺様の子分としての自覚が足りないんだゾ。」

きっとそれは親しい誰かで、ハルトは行かなきゃと思って毎回そちらへと歩いていく

「今日だってボケッとして熱々の鍋に手を突っ込んで火傷して…クルーウェルにめちゃくちゃ怒られたじゃねーか。もう少ししっかりするんだゾ」

しかし毎回、計ったようにカリムが現れて後ろへと手を引かれるのだ

「最近は急に遠くを見て立ち止まったと思ったら変なこと言い出すし…」

カリムと話す間に、呼んでいる誰かは居なくなってしまう

「行かなきゃいけない…会いたい…」

「子分?聞いてんのか?」

「ん?あぁ、うん。早く片付け終わらせよ」

監督生は訝しがるグリムに誤魔化すように笑って、見えてきた倉庫の扉の方を向いた

少し開いた扉の隙間から、手招きがみえる

「あ、呼ばれてる…」

「子分?おい!…おい!!聞いてんのかハルト!!」

おいでおいでと手招かれている

自分を呼んでいる。行かなきゃ。早く行かなきゃ

邪魔される前に、早く、早く!あそこへ

「ハルト!」

グイッと後ろへ引かれる。いつもと同じだ。黄金の映える褐色の手が、自分の腕を掴んでいる

決して離すまいと、少し痛いくらいの力で掴んでいる

「カリム先輩」

「……監督生、そっちは良くない。」

「でも、」

「良くないんだ。ほら、美味いもんでも食いに行こうぜ。こっちだ」

カリムは笑う。しかし、目は全く笑って等おらず、腕を掴む力は緩むことなくとても強いまま

グリムもいつもなら「美味いもん」の話題に食いつくはずなのに、静かに踵返す

「俺様も、あっちには行きたくねぇんだゾ」

カリムに引き摺られるように元の廊下を戻りながら、ハルトは名残惜しそうに後ろを振り返る

手は相変わらず自分を誘うように指を動かしている

ふと、その手に火傷があるのが目に入った

今日、熱々の鍋に突っ込んでしまった右手。そういえば、どうして、手だけで親しい人のものだと思ったのか

どうして、まるで見慣れ親しんだ誰かの手のように思っていたのか。

包帯の巻かれた自分の右手を見る。

そしてもう一度後ろを振り返る

扉の隙間から覗いていた手は、ゆっくり、ゆっくりと引っ込んでいった

「………、カリム先輩。あれは、僕の手ですか?」

早足で進む背中に問いかけると、カリムは1度足を止めて振り返り、ニッコリと微笑んで

「………。」

何も言わなかった

そしてカリムに無言で続いていたグリムが

「何の話だ?「手」なんてどこにも無かったんだゾ?」

と言うと、監督生は青い顔で黙りこくってしまった



「監督生、これやるよ。」

招かれたスカラビア寮の談話室にて

ジャミルが作ってくれたタンドリーチキンを頬張っていたハルトの手を取り、カリムは何かを巻き付けた

「アクセサリー?」

腕に巻かれたのは、小さな宝石の散りばめられた金のブレスレットだった。シンプルで日常使いがしやすいデザインだ

「んー、どっちかと言うと御守りだな」

お前に似合うように作ったんだ、貰ってくれ。と先手を打つように言われ、値段が気になって仕方がない監督生は苦笑いする

「えと、せめて、何かお礼をさせてください」

「ん?そんなもん気にすんな。お前が無事ならなんでもいいぜ」

しれっとそう微笑まれ、ハルトはなんとも言えない表情を浮かべる

「急ぎで作らせたんだが、間に合ってよかったぜ。なぁ、ジャミル。」

「そうだな。手遅れになる前でよかった」

二人は知ったふうにそう言って、それ以上その話題には触れなかった

ハルトはブレスレットを見る。

「何が間に合ったんですか?」「手遅れとは?」なんて聞ける勇気はどこにも無かった

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