ピアノとアズール
食堂にて昼食をとっている時に、不意に思い出したように監督生は口を開いた
「ねぇ、2人ってさぁ、ピアノ弾けたりしない?」
そうエースとデュースに尋ねると、2人とも首を横に振る
「ピアノ?いや、無理無理。猫踏んじゃった位なら何とかイケるけど」
「僕は正直、猫踏んじゃったも弾けない」
「あ、こっちの世界でも猫踏んじゃったあるんだ。」
ハルトはクスクス笑う。異世界のくせに、妙なとこだけ似てるから何だかおかしな気分になるのだ
「なんで急に?」
エースはフォークにパスタを巻き付けながら不思議そうに尋ねる。玉ねぎと挽肉の沢山入ったミートソースを絡めたパスタが口へと入っていく
パスタも良かったなぁ。なんてハルトはどうでもいいことを考える
「オンボロ寮の掃除してたら、高そうなでっけーピアノが出て来たんだゾ」
エースの問いに答えたのは、ツナサンドを頬張るグリムだった
「あー、オンボロ寮、倉庫みたいになってるもんな。」
「最近エースとデュースの他にもジャックとエペルとセベクもよく来るじゃん?」
泊まれる部屋があるといいなぁって思って片付けてたんだよ。と監督生が言う
デュースはいたく感動したようで
「今度僕にも手伝わさせてくれ」
と申し出た。マブ達でお泊まりはさぞ楽しいだろう。
「僕たちが使わせてもらう予定の部屋なら、手伝うのが当然だろう!!」
とデュースが自分の胸を叩いた
「ものが多いから、力仕事を頼まれてくれると嬉しいな」
「任せとけ!」
デュースと監督生の会話に、エースは面倒くさそうにげっ。と顔をしかめる。
お前が手伝ったら俺まで掃除に駆り出されるだろうが。
手伝いの話題が自分に振られる前に、エースは
「で、そのピアノがなんだって?」
と話を戻した。
何か察したらしいグリムが、呆れたように青い目を半分瞼に隠して見上げてきたが、エースは気が付かないふりをする
ハルトはエースの思惑を何となく理解しつつも乗ってやる
「そのピアノがさぁ、んー、なんか妙なの。」
「妙?」
オムライスをスプーンで崩しながら、デュースが首を傾げる
「ピアノの部屋の扉が、何回閉めても勝手に開くんだ」
気味が悪いんだゾ…と言いつつグリムはサンドイッチを齧る
「ゴーストのせいじゃないのか?」
「あー、それっぽい。アイツらイタズラ好きじゃん。」
脅かしてんじゃねーの?とエースがニヤリとするが、監督生はどうも腑に落ちないようでウンウンうなる。
「んー、なんか、ハッキリ言えないけど、違う感じなんだよねぇ。んでさ、ピアノの上の楽譜の本も、何回閉じても開いてるの。」
「毎回毎回、同じページが開いているんだ…。」
「だから、多分弾いてほしいんじゃないかと思ってさ。」
オンボロ寮の2人が話す間に、デュースとエースは顔を見合わせる
互いにちょっぴり青い顔なのは気付かないフリして、日替わりランチBをのんびり食べているハルトの肩をバシッと叩いた
「いてっ」
「…ホラーじゃん!!何でそんなに平然としてんの?!」
「そのピアノ、燃やした方がいいんじゃないのか?!」
「悪い感じはしないんだけどね。それに魔法がある世界なんだから、それくらい普通じゃない?」
「「普通じゃない!!」」
「ハモるじゃん…」
ギャーギャー騒ぎ始めたマブ達とこっそりおかずを奪おうとしているグリムを宥めていると
「おやおや、面白い話をしていますね。僕にもお聞かせ願えますか?」
と隣から声をかけられた
「ん?あ、アズール先輩。こんにちは」
「こんにちは、監督生さん。」
「げ、アズール!」
グリムがぴょいと飛び退いて、ツナサンドを咥え窓の方へと走っていく
「コラ、グリム!行儀悪いよ!」
監督生の声を無視して、グリムは窓から飛び出してしまった
エースはいつの間に食べ終えたのか、さっさと片付けて
「あー、オレら捕まえてくるから、お前はアズール先輩とゆっくり話してろよ」
と言った。一瞬良い奴じゃん。と思ったが、アズールと関わりたくないだけだなコイツと思い直す
「ふぐふもももも。ふがっ」
デュースもオムライスを口に詰め込んで、エースと共に席を立った。
イソギンチャク奴隷の経験からか、どうもアズールにトラウマがあるらしい
あっという間に消えていったマブ達のせいで、監督生はぽつんと取り残される
「……アズール先輩、避けられすぎでは?」
「彼らが大袈裟なだけですよ」
あれだけ露骨に逃げられたのに、アズールは全く気にした様子なく微笑むもんだから、ハルトは何も言えなくなる
「それで、ピアノを弾ける人を探しているんでしょう?」
「えぇ、まぁ。」
「僕なら、お力になれますよ」
ニッコリと営業スマイルを浮かべたアズールに、監督生はちょっぴり困ったように眉を寄せて苦笑いを浮かべた
「このピアノです。」
放課後、アズールをオンボロ寮の一室へと案内する。グリムはイソギンチャクのトラウマからハーツラビュルへと旅立ってしまった。
ピアノが怖い訳では無いそうだ。
「ふむ。おかしな魔力等は感じませんね」
アズールはピアノに触れる。
「随分と綺麗ですが、掃除をしたのですか?」
「いえ、実はちょっと怖くてあまり触ってないんですけど、見つけた時から綺麗なんです」
アズールはハルトを見る。そういえば、先程から自分より前には出ようとしないな、この人
さりげなく後ろに下がっていた監督生をじっとりと見つめてから、楽譜を手に取り、椅子に座る
「このページですか?」
「そうです。題名が読めないんですけど、アズール先輩は読めますか?」
「……なるほど」
アズールはハルトの問いに答えなかった
鍵盤蓋を開き、アズールはピアノを弾き始めた。
その旋律は歌うように楽しげに、それでいて何処か寂しそうにも聴こえる
アズールはまるで取り憑かれたかのように、1時間程ピアノを弾き続けた
「ピアノを弾いた対価として「彼女」はモストロラウンジで引き取りますね」
ピアノの弾き終えたアズールは額の汗を拭いつつ、ニッコリと微笑んだ
気が付けば夢中で聴き入っていたハルトは目をぱちくりさせる
「彼女?」
「ええ。随分と寂しかったようです。あと、あなたに聴かせたかったみたいですよ」
アズールはピアノの鍵盤をそっと撫でる
それが女性に対するような優しい仕草で、ハルトはまた目を瞬いてしまう
「ふふ、「この方」は随分と一途のようだ」
含んだような言い方をするアズールに首を傾げつつ
「まぁ、寂しいのは、イヤですよね」
ちょっと怖がったり、悪いことしちゃったかな
とピアノに手を伸ばす
表面を撫でると、ほんのり暖かい気がした
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